小説・『記者カイ見』・1
十二時を少し廻った頃に、一台の車が、コンコースを曲がりながら、緩やかな傾斜(カーヴ)をなめらかに走ってきた。
運転席に一人、後ろに控えるのは今年九十歳を迎えた、現代国文学を代表する作家である。
この老人は、プルーム・テック+XXXを豪快に噴かしながら、頭をウンウンと云わせて、この車を転がす若者を、いささか恐縮させるばかりだ。
ひたいに汗を走らせる一人の若者を他(よそ)に、この老人は、本日開かれる大きな式典でのかるいスピーチ、ーこの老大家は、自身の膨大な作家業を讃えるこの式典を、半ば嫌々引き受けていたー、に逡巡を重ねていたのだ。
このしめやかな式典は、とある仏文学者や、その他大勢の著名人たち、ーそれは、彼ら老人に影響を受けたと公言して憚らない中年や壮年、もちろん後期高齢者までもが、こぞって参加する予定だった。
非常にものものしい雰囲気の中で、「果たしてわしは、ことばが上手く回るだろうか」着流し姿の老人は、思いあぐねて居た。
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