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2008 経営の悪循環(株式会社藤大30年史)

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 この時期のハルコは、とにかくさまざまな手を打ちながらアイデアや突破口を探し続けた。
「場所だけあって、持て余しててもしゃーないやん」
 名案が見つかるまで何も試さないのが一番もったいない。場所があるならまず使ってみる。アイデアはそこから生まれ、採算はその先で見えてくるはずだ。

 早速、年度始まりには健康診断を新工場で実施した。これまではよそで受診してもらっていたが、太田工場の敷地なら健診車が入れる。例年と違う健康診断は社員にも新鮮だった。
 そして新年度の忙しさが落ち着いてくると、次は仕事の合間のリフレッシュに目を向けた。
「せっかく広いスペース空いてるし、たまには体も動かさへんとね」
 機材や資材が何もない一階フロアはバドミントン会場になった。今しかできないことだった。

 当然、それらの活動は何も利益を生まない。しかし弾みをつけるには効果的だ。新工場の採算を合わせようと、従業員と一丸となって営業や研修に力を入れた。新規開拓、能率改善、福利厚生、ビジネス書に載ってそうなことはひと通り実践した。
 そして実際に、成果も少しずつ出始めた。今もお世話になっているホッコー株式会社も、この頃にから初めて受注をいただいた。加工グループが主となる初めての仕事だったから全員で喜んだ。新たな働き手も必要になり、2008年には従業員数が56名に増えていた。

 しかし、仕事が増え、受注や売上は増えているはずなのに、借入金はなかなか減らなかった。それどころか、むしろ少しずつ膨らんでいた。みんな懸命に働いているはずなのに、経営状態は悪化していたのだ。そのカラクリはこうだ。

 ① まず、紹介や営業活動で新たな取引先が見つかる
 ② 受注が増え、現場の生産や納品が追いつかなくなる
 ③ 人を増やすことで、納期に間に合わせられるようになる
 ④ しかし新たな人件費がかかるため、利益が圧迫される
 ⑤ 受注量は市場の影響を受けるから、時に仕事がなくなる
 ⑥ 増えた人件費をカバーできず、新たな借入で補填する
 ⑦ 借入を返済すべく、また新たな取引先を増やす(再び①へ)

 忙しい時期は、とにかく納期に追われて一日が終わる。ハルコは現場にも入らないと回らないし、経営管理も責任を負っていたから、人の倍忙しかった。この時期は家庭を顧みる余裕もなく、リンゴをかじってお昼を済ませるような日々が続いた。
 一方、受注が落ち着く時期は仕事が一気になくなった。取り扱う製品によっては、市場のニーズや世間の流行の影響を受ける。しかし、人件費だけはそれに合わせて調整できない。(正確にはしたくない)会社都合で従業員の生活を左右するのは、ハルコが望む経営ではなかった。

 従業員の生活を守るには、効率を改善するしかない。この時期のミーティングや通信で、ハルコはことあるごとに「効率改善」を訴えかけた。

「よそは同じやり方で利益を上げてるのに、うちがそれをできてないのは、単なる実力不足や」
「女性が仕事を持つことは、ただ使われることやない。プライドを持って働くことや」
「女性だから、パートだから、ではなく、一人の社会人として責任を持たなあかん」
 それでも、事態は一向に改善しなかった。

 ハルコたちが現場に追われている間にも、世の中はどんどん変化していく。この頃には東洋電波の親会社にあたる松下電器が、社名を「Panasonic」に変更した。グローバル化を見越しての対応であり、あらゆる業界で変革が進められていた。
 ハルコがそういった大きな視点で経営を考えられるようになるのは、もう少し先の話である。しかし現場で必死に働いたこの頃があったからこそ、後になって気付く価値も多かった。事実、女性の社会進出やSDGsの観点では、フジテックスは先進的な取り組みができていた。理屈や計算ではない真剣に働く現場の態度こそが、次の時代や社会のスタンダードを築くのだ。

「最近停まる車が増えてきて、順調そうやな」
 ある日のお昼休み、ハルコは工場の外へ出たタイミングで声をかけられた。向かいの太田保育園の鈴木園長だ。工場が稼働して以来、今日に至るまで太田保育園とは懇意にしている。
「忙しいばっかりで、全然経営になってないんです」
 ハルコは見栄を張らず、感じたままを話す性格だ。この時も、あいさつがてら本音をそのまま話していた。鈴木園長も社交辞令で済ませるより、人情を大切にするタイプだった。ハルコの言葉をそのまま受け取り、親身に寄り添おうとした。
「うちも保育園を開園した時はホンマにしんどかったんや。せやけどな……」
 経営者同士だからこそ、何か通ずるものがあったのだろう。鈴木園長はまっすぐハルコを見つめると、言葉をためてエールを贈った。

「先の方に、一点の光がある。それだけ見つめて、ずっと追い続けてたら大丈夫や」

 ハルコはその言葉を胸に刻み、苦しい時はことあるごとに思い返した。それは同時に、ハルコが従業員や知人経営者に贈る言葉にもなっていく。その間も厳しい経営状態は長らく続いた。
 この時期、ハルコはとにかくたくさん本を読んだ。頼れるものが他にわからなかった。経営書や成功哲学を読み込んでは考えた。経営者としてどうあるか、人としてどう生きるか……目先の売上を気にしながら、それ以上の「何か」をハルコは求めていた。

(コツコツ努力する人には、神様は未来をちゃんと準備してくれている)
(働いてくれる従業員がいる、教えてくれるお客さんがいる、この人たちを裏切ったらあかん)
 根拠はなくとも、ハルコに悲壮感はなかった。フジテックスが傾く未来は想像できなかった。


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(制作元:じゅくちょう)



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