拝啓 〜親愛なるご家族の皆様へ〜
"どこにいてもどんな状況にいようとも自分の光を見失わず夜空に光り輝く星のような存在に"
という意味を込められて私は"光星"という名前を付けられた。
私は次男であり1人の兄貴がいる。
大きな星で"大星"だ。
幼い頃から兄貴が大好きだった。
どこへ行くのにも一緒で常に背中を追っかけていた。
常に笑い合っていた。兄貴が笑う時はつられて笑っていた。
常に好奇心旺盛な弟の先を行く兄貴とは身長差以上の差があった。
私には忘れられない出来事がある。6歳とかだったか。
ある日家族で海に行った時の事だ。
好奇心旺盛な私は誰よりも先に海に飛び込んだ。
そこはまだ浅くて膝を擦り剥いた。
それでも皆に褒めて貰いたくて誰よりも先に行きたくて遠くまで泳いだ。
今日こそは大好きな兄貴を超えてみせようと必死に泳いだ。
振り返りここまで泳いだよと自慢しようとした。
手を挙げ大きな声で呼ぼうとしたその時高い波がやって来た。
気付いたら皆の顔が見えてなかった。唯一見えたのは自分の足だった。
パニックになった。水はいつもよりも冷たい。足は着かない。呼吸をしようにもうまく出来ない。
あぁ俺は今溺れているのか。
悟った。自分の力ではどうにも出来なかった。
ただただ苦しかった。声も出せなかった。
生まれて初めて味わった恐怖だった。
嫌だ。死にたくない。助けてくれと強く思った。
気が付くと僕は浮いていた。誰かの背中に乗っていた。
良かった助かった。何も考えられなかった。
私を背中に乗っけながらその人は振り向きこういった。
「大丈夫か?もう安心して良いぞ。」
よく見ると大好きな兄貴のいつもの笑顔だった。
緊張の糸が切れ心と体が一瞬にして軽くなった。
やはり兄貴は超えられなかった。常に先を行っていた。
その背中はとても大きく私は優しく包み込まれた。
兄貴はなぜいつも俺より先をいくんだ。超えられないな。
「俺はお前のお兄ちゃんだからな。」
この時ばっかりは兄貴は笑って私は泣いていた。
小さいがとても大きな背中の上で私は涙の小さな海を作った。
「母ちゃん急いで!走ろう!」
「怪我したら危ないからゆっくりと行こう。」
「ダメだ。走ろないと遅れる!」そう言って競争を始めた。
小学校低学年の私は走るのが好きだった。
母ちゃんが躓いて転んだ。膝から血が出てる。かなり深そうだ。
明らかに俺のせいだ。無理やり同じペースで走らそうとした。
母ちゃんは微笑み少し転んじゃっただけ。と言って来た。
痛いのを我慢しガキな私に心配は掛けぬようしている笑顔だと分かった。
この時ばかりは自然と言葉が出て来た。
「ごめん。俺が大きくて強かったら母ちゃんを支えられたのに。」
母ちゃんにこう言った。
母ちゃんは俺から目線を逸らした。一瞬笑顔が消えるのが見えた。
「母ちゃん俺中学どっちに行ったら良いかな」
「好きなようにして良いよ。」
「母ちゃん俺大学関西に行っても良いかな」
「良いじゃない?行って来なさい」
中学から私立に行こうか悩んでた時も関西に行きたいと言った時も、母ちゃんは否定せず好きなようにして良いと受け入れてくれた。
なんだ、割と冷たいんだなとも思った。
一人暮らしを始める日、兵庫まで車で向かった。
荷物を部屋に入れ終えると小さな部屋で皆で休んだ。
時間が過ぎて行くにつれ別れだけは近づいて来る。
徐々に口数は減り不器用な笑顔だけが増える。
親父のそろそろ行くかを合図に立ち上がる。
車に乗り込む前に親父から頑張れよ。とだけ声を掛けられる。
おう。と2文字だけ返事をした。
母ちゃんが頑張ってね。と言って来た。
おいどうした母ちゃん。
その時の母ちゃんの表情はあの日、転んだ時、目線を逸らした時の表情に似ていた。
いやきっとそうだったに違いない。あの時も、今も堪えていたんだな。
全ての感情が込み上がって来た。
母ちゃんは俺よりもかなり強かった。
いつも誰よりも早く起き、温かいご飯を準備する。それも当たり前のように。
どれだけ振り返っても母ちゃんが弱音を吐いてるのを聞いた記憶がない。
きっと辛い時も悲しい時も全部堪えてたんだな。
私は言葉は発さず首を2回だけ縦に振った。いや声が出なかった。
皆が帰り部屋のドアを開けるとやけに広く感じる空間に荷物だけが残されている。
母ちゃんは偉大だ。心にはこれからの困難に立ち向かう勇気さえも残してくれていた。
ドアのバタンと閉まる音で堪えていた物が緩み少しだけ涙が流れた。
「お前らパーマはしない方が良い。俺みたいにハゲる。」
「高校の時に俺はリーゼントにしたからな。」
「卒業文集には"俺は俺だ"って残してるぜ」
「いいか、男は"背中"で語るもんだ。そう俺みたいに。」
親父は終始笑顔でこんな話をよくして来た。
昔の面影は全くない。我が家のカーストでは底辺にいる。
いつも皆からバカだなぁと言われている。
「大星はラーメンの上に生卵のせようと思ったらたまたま出て来た。」
「光星はなんか川から拾って来ただけだったかな」
「良いか結婚する人は料理の上手さで選べ。可愛くたって疲れて帰って来て飯がうまくなかったら頑張れないからな。」
「俺は母ちゃんにはたまたま拾ってもらった。命拾いしたぜ。」
小学生相手にこんな話もして来てたな。
その度に皆でバカだなぁと笑った。
「お前ら人としての部分だけは間違えるな。2度と家に入れないからな」
「女の子にだけは何があっても手を出すなよ」
いつも威厳のない親父はたまにこんな事も言った。
分かってるわ。心の中でバカだなぁと呟く。
いつもこんなポンコツ親父だったが22歳になり感じた事がある。
そういえば親父から辛いって言葉聞いた事なかったな。
どんだけ早く仕事に行って遅く帰って来ても家では一切愚痴を吐いた事はない。
そもそも親父の口からマイナスな発言が出て来た事がなかった。
周りからどんな事を言われても常に笑ってたな。
家の中では毎日が楽しかったな。常に笑顔にさせてくれていた。
親父案外かっけえじゃんか。
大学に入り様々な困難に直面した。
その時に思い出すのは親父の言った"俺は俺だ"という言葉だった。
「他者との比較ではないお前は光星だ。」そう言われている気がした。
確かに親父は"背中"で語っていた。いつからか親父のようになりたいとも思った。
きっとこんな事を言うとそんな訳ねえだろといつも通り笑いながら言ってくるだろう。
だから俺は親父より少しだけ高くなった目線からこう言ってやるんだ。
本当に親父はどこまでも"バカだなぁ” と。
どこまでも行っても兄貴は俺よりはるかに大きい星であり続けている。
何があっても俺は兄貴にはなれなかった。常に前を走り続けている。
大星は何があっても俺のお兄ちゃんだ。
もう返しても返し切れないものを母ちゃんからは受け取った。
もしかしたら傷付けた事もあったかも知れない。
それでも大きすぎる愛情と世界一の強さでここまで育ててくれた。
十分伝わってるぜ。ちょっとずつ返して行くから覚悟して待っててくれ。
小さい時は親父には何も勝てなかった。
大きくなるにつれ親父にも勝てるようになって来た。
けれど酒が飲めるようになっても、身長は抜いても、腕相撲は強くなっても、まだ親父には漢としては勝てねーな。
これからも俺に追い付かれないように背中で語り続けてくれよ。
そんな素晴らしい3人に包まれてここまで大きくなった。
何があっても常に味方でいてくれた。
これからもよろしく頼むよ。
風邪ひくなよ、次合う時までは。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?