手仕事で紡ぐ、自然の温もり/伊吹有喜「雲を紡ぐ」
「雲を紡ぐ」は、伊吹有喜さんの高校生直木賞受賞作です。伊吹有喜さんは、「犬がいる季節」でも本屋大賞にノミネートされ、いま注目の作家さんです。
学校でのいじめがきっかけで不登校になってしまった美緒は、亡き祖母が織った「ホームスパン」と呼ばれる赤い毛布を被って、部屋にこもっていました。しかし、ある日、その毛布を巡って母と口論になり、かねがね憧れていた父の郷里・岩手県盛岡市の祖父のもとへ家出をします。そこで出会ったのは、羊毛を紡いで糸をつくり、それを染めて布を織る「山崎工藝舎」の職人たちでした。のどかな盛岡の町を舞台に美緒の成長と親子三代の心を描く、優しい物語です。
この本はこんな人におすすめ
①東北に所縁がある、行ったことがある
②ゆっくり展開する小説が好き
③優しい物語で感動したい
それでは、この作品の魅力を紹介していきたいと思います、ぴょん!
*毛織物がテーマの小説
美緒の祖父は、ホームスパンをつくる職人です。
ホームスパンとは手織りの毛織物のこと。
羊毛を洗って、紡いで、染めて、織ってと、たくさんの手間ひまをかけて、手仕事で丁寧に作り上げられます。
羊毛それ自体のあたたかさと、人間の手が加わったことによる温もり。そんな「ホームスパン」ならではのほっこりとした風合いまで伝わってくるようです。
ホームスパンをつくる作業過程の描写には、映像を見ているかのような臨場感に心が弾みます。
また、本作の中には、糸や羊毛を使った比喩表現などもあり、そんなところも好きでした。
*舞台は岩手県盛岡市
物語の舞台は、岩手県の盛岡です。私は、母が東北出身だということもあり、とても親近感が湧きました。
本作のゆったりした世界観は、この舞台設定による部分が大きい気がします。
のどかな雰囲気と、優しい人々、美味しい食べ物、居心地のよいお店。そんな元気が出るような地元のものがたくさん出てきます。
また、物語の中に登場する喫茶店の名前は、調べてみると実在するものでした。盛岡に行ってみたい! と思うような小説です。
*魅力的な人間ドラマ
魅力的な登場人物同士の関係性も見所です。美緒の祖父は職人気質だけれど家族思いで、山崎工藝舎の人々も優しくあたたかい人たちばかりです。また、彼らの台詞の中には、思わずはっとするような言葉が散りばめられていました。
美緒は、そんな人々に囲まれて、固く閉ざしていた心を徐々に緩めていきます。また、美緒が岩手に行ったことで変化していく、美緒と両親の関係性も注目です。
祖父母、両親、娘、その間で絡まってしまった心と心の糸をほぐすような、あたたかい物語でした。個人的には、山崎工藝舎の太一くんのキャラクターがとても好きです。
この物語を読んでこうさぎは、中島みゆきさんの「糸」を思い出しました。「逢うべき糸」という言葉のあたたかさをしみじみと感じる物語です。
親子三代の絆を描く物語。是非、心の栄養補給に読んでみてください、ぴょん!
(2021年8月1日にはてなブログで公開した記事を、一部加筆修正しました。)