その瞬間の生命を、紙に写しとる。/砥上裕將「線は、僕を描く」

生きているその瞬間を描くことこそが、水墨画の本質なのだ。

「線は、僕を描く」の著者、砥上裕將さんは小説家であり水墨画家でもあります。本作でメフィスト賞を受賞し、本屋大賞にもノミネートされました。

本作の主人公は、両親を交通事故で失い、深い悲しみの中にいる大学生の霜介。この物語は、彼がアルバイト先の展覧会の会場で水墨画の巨匠・篠田湖山に出会うところから始まります。その場で湖山に気に入られ、内弟子にされてしまう霜介。湖山の孫娘であり弟子の千瑛は、霜介に対してライバル心を剥き出しにし、「来年の展覧会で、『湖山賞』をかけて勝負する」と宣戦布告をします。
水墨画の世界に魅了され、喪失感から脱け出してゆく大学生の青春を描く、美術小説です。

この本はこんな人におすすめ

①日本の美術作品に興味がある
②普通の小説とはひと味違う読書体験をしたい
③美しく力強い青春小説を読みたい

それでは、この本の魅了を紹介していきたいと思います、ぴょん!

*水墨画の世界が舞台の小説

水墨画と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか?多くの人は、雪舟の絵を思い浮かべると思います。私は、この本を読む前まで、水墨画と聞くとどこか地味で寂しい印象をもっていました。
けれど、読了後は、その見方がすっかり変わりました。墨の黒は、どんな色もその濃淡だけで表すことができる、非常に万能な色であると思うようになりました。

水墨画は、モノトーンの点と線と面で描く芸術です。けれど、そのモノトーンの中には、空の青も、草木の緑も、花の赤も、全ての色が存在しています。そんな奥行きのある絵です。

水墨画を描いているシーンは、まるでページの向こうから墨の匂いが漂ってくるような臨場感がありました。集中力を研ぎ澄ましながら紙に向き合い、筆を走らせ、白い紙の上に生命の輝きを写しとる。そんな様子が、どこか厳かな雰囲気と共に鮮明に目に浮かびました。活字を追っていながら、映画鑑賞にも似た感覚があり、そんな不思議な読書体験ができます。

*人間ドラマにも注目

主人公の霜介は、水墨画の世界に魅了され、深い悲しみから少しずつ快復します。また、湖山や、他の弟子たちとの関わりの中で、水墨画について考え、時に発見をし、成長してゆきます。こうさぎは、湖山が霜介に水墨画の指導をする場面が印象的でした。特に霜介に何度も墨を摺らせるシーンは、実際に体験させることで自分で発見させる、という湖山のスタンスに、霜介への信頼を感じました。どの登場人物も個性的で、何より魅力的です。水墨画によって繋がった登場人物たちの関係の変化にも注目して読んでみて下さい。

私は、YOASOBIの「群青」という楽曲と、この物語を重ねました。何かに打ち込んでいる人にとっては凄く心に響く歌詞なので、是非聴いてみてください。

強く励まされ、背中を押されるような、それでいて切なさや寂しさに胸が締め付けられるような楽曲になっています。

「線は、僕を描く」は、水墨画だけが主題ではありません。人と人との関わり、喪失と快復、生命の輝きなど、様々なテーマが盛り込まれています。
是非、水墨画の奥深さ、繊細さ、美しさを、小説で味わってみて下さい、ぴょん!


(2021年5月16日にはてなブログで公開した記事を、一部加筆修正しました。)

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