見出し画像

あらいぐまのハリー


第一章 熊のボブ



雪の残るカヌレ山の頂きを朝日がキラリと宝石のように輝かせましたが、ぶなの森はまだ夜のやみを抱いたまま静かに寝息をたてています。
高原の草たちが風もないのにそわそわ揺れ、小川にパチャッと小さな音がしました。
昇る太陽は光のたばを森に投げ入れ、おどろいた夜の虫たちは追われるように寝床に入っていきました。
ふくじゅそうの黄色い花が光を求めて背伸びをし、クモの巣を伝う朝つゆに小さな虹が映る頃、あらいぐまのハリーは大きな伸びをしてベッドから起きあがりました。
ハリーは毎朝起きたら、まずお湯をわかし、歯をみがき、ていねいに顔を洗い、髪をととのえ、鏡ににっこりスマイルするのが習慣なのですが、今朝はちがいました。ハリーはお湯も沸かさず冷たい水でバシャバシャと顔を洗い、髪もとかさず、鏡にウィンクしただけでした。
配達されたら必ず目を通す「みみずく新聞」もドアの横に投げたまま(お天気予報だけちょっと見ましたが)、ハリーはバタバタと壁にかけてあるつり竿やらかごやらを下ろしました。
「えさはみみずかな、川虫がいいかな」
ハリーはそうつぶやくと小さな木箱を木の皮で編んだかごに入れました。そして青いフード付きのジャケットを羽織り、これまたお気に入りの黄色い長靴を履き、その履き心地を確かめるようにトントンと足踏みをしました。
「準備よし」
ハリーはニッコリ微笑んで、桜の木で作ったドアを開けました。
鼻をふくらませ森の空気を胸いっぱいに吸い込んでみると木々の清々しい匂いと懐かしい土の匂いが身体に染み渡っていくようでした。
プラシノスの冬は寒くて長い。特にこの冬は雪が多くてなかなか外には出られませんでした。ハリーは毎日窓の外の雪景色を眺めながら 「春が来たら一日中釣りをするんだ」と楽しみにしてきました。


♪フン、フフン、フフ~ン♪ 
ハリーは楽しくて鼻歌を歌いながら森の中を歩いて行きます。
ザクザクザク、パリパリパリ黄色の長靴が落ち葉を踏んでいきます。朝日を浴び、目覚めた森の樹々は青空に向かって背伸びをしているようです。
近くでイカルのポールとリンダが美しい声で歌い出しました。仲良しデュオの声が森に響いています。
ハリーは自分より大きなオニシダの葉をかき分け、太いブナの根をよいしょと越え森の中を進んでいきました。しばらく歩いて行くと前から水の流れる音が聞こえてきました。
雪解け水が流れる澄んだ音です。一歩また一歩その音はどんどん大きくなってきます。
小さな崖の小道を下っていくと目の前がパーッと開けました。ここプラシノス地域で一番の清流キアノス川です。
川の両岸には大きな岩があり、その岩だなのほんの少しの土からも春の草花が顔を覗かせています。
「この岩だったかな」
ハリーは川に突き出したテーブルのような岩に座りました。去年の秋にこの岩で釣りをして、イワナ二匹に大きなヤマメを一匹釣ったのでした。
早速ハリーは準備を始めました。
「まだ水が冷たいからヤマメは川の深いところにいるかな」
ハリーはつり針に餌を付け、向こう岸の上流からゆっくりと釣り糸を流していきました。
「ハリー、何釣ってるんだい?」
頭の上からヤマガラが尋ねてきました。
「しー静かに、ヤマメだよ。逃げちゃうから静かにしていてね」

ハリーはじっと釣り糸の先のウキの動きを見ています。しばらくするとチョン、チョンとウキが動きだしました。
「それ!」
ハリーは勢いよく竿を引き上げましたが、針には何も掛かってないばかりか、えさも取られてしまいました。
「ははは、ハリー ヤマメに朝ごはんをごちそうしたね」
とヤマガラがいじわるそうに笑いました。
ハリーは黙って釣り鉤に餌を付け、再び川に投げ入れようとしていると
「おはよう、ちょっといいかな」
背後からと太い声が聞こえました。
ハリーが慌てて振り向くと、そこにはハリーの身長の三倍はあるかと思われる大きな熊が立っていました。

つづく・・・


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?