日本のエッチな漢文の話①『男女婚姻賦』

(前半に訓読、後半に現代語訳の順番で載せています)
書き下し文
男女婚姻賦 大江朝綱 
至りて剛き人は男、最も柔き人は女なり。彼れ情感の交ごも通へば、父母と雖も禁御し難し。始め謀介を使はして、功みに舌端の妙を尽くす。継ぎて倭歌を以てして弥いよ心機の緒を乱す。原ねみれば夫れ形を尋ねて見え難く、声を聞きて未だ相はず。思は切々として笑みを含み、語は密々として腸を断つ。棋樹は庭に在り、貞松に対ひて茂らんことを契る。嘉草は室に植え、金蘭を指して香らんことを期る。徒に観れば夫れ其の体は微やくに和み、其の意は漸やくに感ず。婀娜として居ることは野小町が操に類ひ、閑雅として語ること在中将が膽を抽きぬ。思ひ急に発り、興方に生ふ。貌堂々として美を尽くし、勢巍々として城を傾ぶく。紅の袖を百和に染めて猶し芬馥に耽り、素き手を一拳に携へて、已に心情を迷はす。矧んや夫れ女は其の貞潔を貴び、嫁ぎて其の婚姻を成す。千年の契態を結び、一夜の交進を快くす。暁の露の湿ふ時に、楚々の服を潤らし、夜の月の幽かなる処に、輝々の身を顕す。魏柳に黛に占め、燕脂を唇に点す。昔は羅帷に纏はりて、骨肉の族に慙づと雖も、今は紗燈に背きて、俄かに胡越の人に昵しぶ。是に於いて其の初めを忍び、其の後を親しぶ。単袴の紐を解きて、更に結ぶことを知らず。白雪の膚を露はして、還って醜きを厭ふことを忘る。豈に同穴の相好のみならんや、是終身の匹偶なり。則ち知りぬ、形美しければ其の愛深く、感通へば其の身姙むことを。啻に夫妻の配合のみに不ず、宜しく子孫の庇蔭を頼むべし。門に入れば湿有り、淫水出でて褌を汚す。戸を窺ふに人無し、吟声高くして禁へず。是に知りぬ、媚感免れ難きことを。誰か聖賢に有らんや。苟に陰陽の相ひ感くること、造化の自然なることを知りぬ。心屈じて閑臥す、帰を桃源の浦に忘るるがごとし。精漏れて流沔す。夢を華胥の天に覚ますに似たり。意は恫帳として止どまること無く、思は耿々として眠られず。夫れ孀婦と角子とをして之を聞きて相ひ憐ばざること莫らしむ。 
 
現代語訳
男女婚姻賦 大江朝綱  
最も強い人は男で、最も柔らかい人は女である。そもそも男女の感情が互いに通じ合うと、父母であっても止めることは難しい。最初は仲人を使わして、男の美点をうまく女にまくしたてる。次に和歌を用いて、段々と心の動きの始まりを乱す。さて女の姿を尋ねても見ることは難しく、声を聞いてもまだ会うことはない。思いは胸いっぱいで腸を断ちきるようなほどであり、語らうことは親密で笑みを浮かべる。玉のように美しい木は庭に生え、冬でもしぼまず、緑を保つ松に対して茂り、不変であることを約束した。芳草は部屋に植えられ、蘭を指して芳香を放つことを約束する。徒らにかんがえると、男女の体は次第に和み、男女の心は次第に感じて惹かれあっていく。女が美しくしなやかでいることは小野小町の様に似て、男が物静かでしなやかに語るさまは在原業平も驚くほどである。思い慕う気持ちは急に起こり、興趣は方に生じる。女の容貌は堂々として美しさで満ち、女の姿勢は高大で城を傾けるほどである。紅の袖を様々な香りに染めて今だに良い香りに耽って、白い手を握らせて、全く相手の心情を迷わせる。まして女は処女を貴び、嫁いでから婚姻を成す。永遠の契りを結び、一夜の性交を快くする。朝露は潤って女の鮮やかな服を湿らし、幽かな夜の月は女の美しい身を照らし出す。柳のように美しい眉に黛をつけ、紅を唇につける。昔は薄い帷に包まれて、近親に姿を見られることさえも恥じたが、結婚した今となっては薄物を張った燈に背を向けて、急に見知らぬ人に親しむ。そこで初めは慣れないので我慢をするが、逢会してからは親しくなる。袴の紐を解いて、その後全く結ぶことはない。白雪の肌を露わにして、逆に醜さを嫌うことを忘てしまう。どうして夫婦が死後、同じ墓に葬られるだけの仲の良さであろうか、いや身が果てるまで仲睦まじいのである。同穴の相好のみならんや。すなわち知る、見た目が美しければ愛情は深くなり、心が通えば妊娠することを。妊娠は単に夫婦の交わりだけではない、子孫を守ることのあてにするがよい。女性器に男性器が入れば、濡れてきて、淫水が出できて褌を汚す。戸口を見るに人はいない。喘ぎ声は高く抑えられない。ここに知る、快感の免れ難いことを。誰か聖人君子であろうか、いや凡人の私たちは喘ぎ声を抑えることなどできない。本当に男女が通じ合うことは、自然なりゆきであることを知られる。性交の後、心はくじけて静かに臥す、帰ることを桃源郷の浦に忘れてしまったようである。精液は漏れて流れ満ちる。また黄帝が夢で遊んだ華胥国の天で目を覚ましたことに似ている。心は恨み嘆いて止どまることが無く、思いが溢れて眠ることはできない。さて寡婦と少年はこれを聞いて憐みの感情を抱かせられた。 
補足
大江朝綱の「男女婚姻賦」は藤原明衡の『本朝文粋』に収められた漢文の一つです。前半に男女の性交までを述べ、後半に性交とその後の様子を描いています。中国の故事だけでなく、小野小町や在原業平の名前が出てくるのも特徴的です。

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