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声劇「愛しの時間泥棒へ」

「愛しの時間泥棒へ」
(作・煌々亭ぺんぎん)

男1:女1(性別逆転版あり、男2or女2での上演可)

上演時間目安:40〜50分

【登場人物】

間島 歩(ましま あゆむ)
高校生→警察学校生徒→警察官→刑事
特技は剣道。適度に真面目で、適度に不真面目。
基本的には善人で人懐こい。静来とは腐れ縁。

時遠 静来(ときとお しずく)
高校生→警察学校生徒→警察官→退職
規則やマナーにこだわる馬鹿真面目な性格。決めたことは必ずやり遂げる意志の強い人物。兄と妹がいる。
※妹・光里(ひかり)との兼ね役を推奨。
男性が静来を演じる場合、光里を男性に変更して構いません。

【本編】

【高校。校門付近】

静来:そこの人、遅刻ですよ!

歩:(そいつに出会ったのは、高校のとき。
それなりに授業受けて、全力で部活やって、帰るころにはくたくただった。
睡眠時間が足りなくて、朝なんていつも遅刻ギリギリだったけど、遅刻したのはあの日がはじめてだった)

歩:もう5mで校門じゃん!多めに見てくれたっていいだろ?

静来:残念でした。私、そういうなぁなぁにするの、大嫌いなので!

歩:くっそ。こいつに当たったのが運の尽きか。

静来:そういうことです。

歩:てかよく見たら、学年同じじゃん。なんで敬語?

静来:深い意味はありませんけど。少なくとも失礼には当たらないでしょう?

歩:あ、お前のこと思い出したかも……確か、風紀委員の……とき……?えーと?

静来:時遠 静来です。へえ、私って有名人ですか?

歩:悪い意味でな。

静来:じゃあ、私にとっては良い意味で、ですね。

歩:いい性格してんな、お前。

歩:(幸い、そのあとはギリギリ遅刻を免れつづけた俺は、時遠とは話すことなく卒業した。
なのに。)

【警察学校。入学式直後】

歩:なんで、警察学校にお前がいんの?

静来:私が警察官目指してたらおかしいですか?

歩:いや、そんなことない、むしろ納得だけど。

静来:ルーズな人だと思ってたけど、意外と記憶力は良いんですね?一度しか話してないのに。

歩:その一度が強烈だったからな。お前こそ、一回注意しただけの生徒、よく覚えてたな。

静来:いつも遅刻ギリギリだったでしょ?前から目をつけてたんですよ。

歩:うわ、真面目かよ。むしろ執着えぐくね?たかが委員会にそんな熱心になれるもん?

静来:始めたからには手を抜けないんです。まあ、間島くんの顔はだいたいの生徒が知ってたんじゃないですか。

歩:んー?ああ、部活で割と表彰されてたからな。集会で顔覚えられてるか。

静来:剣道部のエースなら、警察官はお似合いですね。特技を活かせますもん。

歩:体力も人並み以上にはあるしな。時遠はそういうタイプには見えないけど。

静:ここで鍛えるから問題なしです。

歩:大丈夫かよ。ちなみに何部だったん?

静来:帰宅部のエースです。

【警察学校グラウンド】

歩:(警察学校の授業は元運動部の俺でも正直きつい。なのに)

静来:ハァ……ハァ……くっ……。

歩:(あいつ、もう周回遅れだろ?何周遅れてる?ってレベル)

静来:はい、あと5周追加……それから、遅れてる分も、走り終わってから、戻ります。

歩:(あーあ、またペナルティ喰らった。目標タイムには遠く及ばないもんな)

歩:お先、時遠。あんま、無理すんな。

静来:……。



歩:(日が暮れる。校庭に明かりが灯る。あいつは、まだ居た)

歩:マジで、走りきったのかよ?追加分も全部?

静来:……ハァっ……当たり前、です。

歩:このままじゃ身体壊すだろ。適当なとこで切りあげれば良かったんだよ。教官も帰ってたんだから。

静来:関係ありません、私のためなので。

歩:お前のその執着、なんなの?

静来:どうしてもなりたいんです、警察官。

歩:なんで?

静来:悪を見逃したくない。

歩:悪って、なんだよそれ。ああ、遅刻する剣道部エースとか?

静来:エースとか、表彰とか、関係ない。やったことは、相応に裁かれるべきでしょう?

歩:ムキになるなよ。

静来:要件は何です?無様な私の姿を笑いに来たとか?

歩:俺そんなに性格悪く見える?ほれ、水分補給は大事だぜ?

静来:ありがとう、ございます。いただきます。

歩:いーえ。頑張ってる奴は嫌いじゃないんで。

静来:間島くんも、頑張ってますよね。

歩:ま、それなりにな。ていうかさ、もう敬語やめね?礼儀正しいのは良いことだけどさ、俺たちもう礼儀とか気にする感じじゃねぇし。

静来:親しき仲にも礼儀あり、とも言いますが。

歩:お前なー、こっちが歩み寄ってんだから、少しは譲れよ。

静来:冗談。でも、お前呼ばわりはナシね。

歩:じゃあ、時遠?

静来:静来。

歩:まじか。

静来:歩み寄り、なんでしょ?

歩:はは、なんだかんだノリ良いよな、お前。じゃなくて静来か。あ、俺は。

静来:歩。

歩:!

静来:そんなに驚くこと?フルネーム聞く機会くらい何度もあったけど。

歩:そりゃ驚くわ!さっきまで敬語だった奴に急に名前呼ばれたらさ。

静来:ふふ。

歩:覚えた。お堅い風気委員気取ってた割に、冗談もイタズラも好きなんだな。

静来:罪のないイタズラはね。

【外出日。それぞれの実家に帰っている。映画館で待ち合わせる歩と静来】

静来:はぁ……間に合って良かった。

歩:どうした、そんなに息切らして。まさか、その靴で走ったのか?

静来:映画、遅れちゃうでしょ。私の見たいのに付き合ってもらうんだし。

歩:寝坊?って静来にかぎってそれはねぇか。

静来:電車が遅延しちゃって。でも遅れたくなかったから。

歩:連絡してくれれば、ぜんぜん待ったのに。

静来:私が嫌なの。

歩:え?

静来:歩と過ごす時間は1秒だって惜しい、って、あ……!

歩:な……!?

静来:な、なーんてね!ドキドキした?

歩:か、からかいやがって。性格悪いぜ?

静来:だって……!その、こんな甘ったるいセリフ、間に受けると思わなかったの!歩は私の性格、よくわかってるし。

歩:そりゃな。馬鹿真面目で、何事もきっちりしてないとダメで、

静来:(遮るように)馬鹿は余計。

歩:あと、絶対貸し借りは作らねぇ、とか?

静来:……!そうだね、そういうのは好きじゃない。対等じゃないのはね。あと、金の切れ目は縁の切れ目っていうし?

歩:なに?意外に守銭奴?

静来:お金は大事だぞ〜。

歩:お金じゃ買えないものだってあるだろー!

静来:……。

歩:ん、どした?

静来:何でもない。あ、そう、お金で買えないっていえばさ、青春じゃない?
こう、たまには、少女マンガみたいなセリフ、言ってみたかったんだよね!

歩:そのために俺の純情が踏みにじられたんだけど?

静来:ごめんってば!そもそも相手が私じゃ成立しないでしょ?

歩:……。

静来:なにその反応。否定してよー?でもま、恋とかそういうのはちょっとね。

歩:そうだな。お互い、今はそれどころじゃない。

静来:今は、か……私は……。

歩:なに?

静来:なんでもないよ!ほら、入ろう!立ち話して映画遅れるとかありえない!

歩:お前の全力ダッシュを無駄にするのもなんだしな。

静来:そうそう!ノーモア、時間泥棒!

歩:はは!なんだそれ!ほら、行こうぜ。

【数年後。警察署屋上】

静来:はぁ、間に合った。

歩:当直明けに階段ダッシュとは恐れ入るな。

静来:ハァ……ふう……死ぬかと思った〜。

歩:真面目かよ。

静来:真面目ですよ、私だもん。

(間)

静来:お久しぶりですね 、間島刑事。

歩:なんだよその呼び方、むず痒いな。

静来:職場で名前呼びはさすがにねー。

歩:誰もいないからいいじゃん。

静来:規律は大事だと思うけど?それにさ、刑事って呼ばれるのは悪い気しないでしょ?

歩:そりゃな。やっぱ警察官たるもの憧れるだろ、刑事課は。

静来:万年遅刻ギリギリ警官に、先越されるとはなー。

歩:あのなぁ。そりゃ座学は静来が圧勝だけど、体力も逮捕術も俺のが上なんで?現場は実技が物を言う世界なんで!

静来:めちゃめちゃ嬉しそうじゃない、間島刑事。

歩:嬉しいけども。でもさ、こんなん誤差みたいなもんだろ。

静来:どうだろね。

歩:静来は自分に厳しすぎ。もっと自分を褒めてやれよな〜。

静来:それは、なんていうか……苦手だな。

歩:しょうがねー!俺が褒めてやるか!ほーら、よーしよしよし!

静来:きゃっ!ちょ、いたた、それ褒めてるうちに入らないから!犬じゃないんですけど!
(笑いが徐々に消え、間)

歩:んで、お前は?最近、調子どうだ?

静来:そうだね、無力さを実感してるよ。自分を褒めるなんて到底無理。

歩:悪い、深刻な話だったか?

(静来、深く呼吸をして、話し始める)

静来:最初は、よくある身内トラブルに見えた。
私の詰めてる交番にね、女の人が駆け込んで来たんだ。「彼氏に殺される!」って。
追いかけて来た彼氏はすごく感じの良い人だった。
彼女はまだ取り乱してたから交番の先輩に任せて、私が彼氏の対応をした。
彼さ、私に説明したんだ。
彼女が精神を病んで、病院に通ってるって。

歩:それは、彼氏の嘘か?

静来:過去には通院歴があったみたい。でも、そのときは行けてなかった。
彼氏が行かせないようにしてたの。そのときは知るよしもなかったけど。
それで……あとから先輩に聞いたら「あの2人は常連さんだから」って呆れた顔で言うんだ。

歩:ああ。ケンカするたび、死ぬだの殺すだのって話になって警察の世話になるカップル?
たしかによくある話だな、交番勤務やってると。

静来:うん。私もそういう話はよく耳にしてたから、彼女の「助けて」も「殺される」も一気に信頼度が落ちちゃったんだ。彼氏の様子見たら、彼女の訴えは被害妄想に思えてきて。
だから、そのあとも何度か彼女が駆け込んで来たのに、真摯に話は聞けなかった。

歩:そう、か。

静来:でもね、最後に会ったときの彼女は明らかにおかしかった!頭から血を流してたの。

歩:彼氏は?

静来:いつも通り来たよ。
その日は、妄想のせいで頭に血が昇った彼女がついに包丁を持ち出したって、あいつは言った。揉み合ってるうちに彼女が転んで机に頭をぶつけたって。

歩:最後、って言ったよな。それって。

静来:うん。それを最後に彼女は交番には来なくなった。

歩:それは……(彼女が殺されたってことか?)

静来:彼女……彼氏を刺し殺したから。

歩:……そうか。彼女が、殺したのか。

静来:証言は取れてないけど、状況証拠は充分。
それから、SNSのアプリがログインしたまま残ってててね。彼女、ずっと精神的なDVを受けてたみたいなんだ。

歩:それに抵抗しようとして、揉み合いになった?

静来:そこまではわからない。もしかしたら、彼氏が一方的に暴力を振るった可能性さえある。
なんて、ここで勘繰ってもしょうがないかな。
たぶん彼女の証言は、もう取れない。

歩:……心身喪失、か。責任能力が問えないなら、罪は軽くなるだろうが……。

静来:そんなことが、彼女の救いになるのかな?
あの男の嘘は周到だったよ。
ずっとずっと彼女が被害を訴えても、全部なかったことにされてきたんだろうね。「あいつ、病気なんです」「妄想なんです」って。
彼女と周囲の「記憶」はどんどん食い違って。
そうやって自分を信用できなくなっていくとね、人の精神は追い詰められていく。
私は何度、彼女の「記憶違い」に加担したんだろう。

歩:……そんな言い方、やめろよ。

静来:世界で一番好きなはずの人に言葉で暴力振るわれて、周りも、警察すら助けてくれなくて、きっと思っちゃったんだ。

歩:なにを?

静来:自分の問題は、自分でなんとかするしかない。

歩:……。

静来:ってさ。
ねぇ、歩。どうして人を殺してはいけないんだろう。

歩:……静来?

静来:ううん、なんでもない。……彼女、どうしたら助けられたんだろうね。

(言葉を失くす歩。そこに着信が入る)

歩:はい、間島……はい、了解しました。現場に急行します。

静来:仕事、だね。

歩:悪い、こんなタイミングで。

静来:ううん、いいんだ。答えが欲しかったわけじゃないから。それじゃあしっかりね、間島刑事。

歩:ああ、またな。

歩:(初めて聞く、心細げな声が、心に引っかかっていた。
静来が警察を辞めたと聞かされたのは、その少し後のことだった。
電話にもメッセージにも反応がなくなり、退職の理由を聞くこともままならなくて。
事件に追われ、電話をかける頻度も減っていった頃、その事件は起こった)

【現在。現場の廃ビルに駆けつける歩。相棒の今居が同行】

歩:今居、間島、現着しました。これより、……容疑者、と接触します。
今居さん!待ってください。説得、俺に任せてくれないっすか?
……はい、あいつは、俺の……俺の。

【※ここから、歩役の方が男のうめき声を兼ねても構いません※
廃ビルの一室。縛られ、猿ぐつわをされた男。傷だらけ。一部の傷からは血が流れ出し、また一部の血は乾いて皮膚に張り付いている。急所はわざと外されている。
男は助けを求めるようにくぐもった悲鳴をあげている。傍らにはナイフをもった静来。
床にはいくつかの死体が転がっている。死んでから数日経っているものもあれば、まだ死んで間もないものもある。】

静来:ああもう、暴れないでよ。みっともないなあ。人の命は簡単に奪うくせに、自分の命は惜しいんだ。
ひとごろし……お前が兄さんを殺したくせに!

(静来、ナイフで男の腕を斬りつける)

静来:うるさい!うるさい!こんな傷で泣き叫んで!兄さんはもっともっと痛かったんだ!
痛すぎて、生きることに耐えられなくなるくらい!

(別の箇所を斬りつける。傷は浅いが、血が流れ、男がくぐもった声で絶叫する)

静来:兄さんの死は、自殺なんかじゃない!お前らが殺したんだ!
お前らが何の罪もない兄さんを、遊び半分でいじめて!居場所をなくして!心をズタズタにした!

(さらに斬りつける。男のうなり声を鬱陶しそうに遮る静来)

静来:うるさいんだよ、お前!兄さんの悲鳴は、ぜんぶぜんぶなかったことにされたのに!
クラスメイトにも先生にも無視された!
家族には心配かけたくなかったんだろうね、私たちの前ではいつも笑ってた!優しい人だったんだ!

静来:(独り言)どうして、気づけなかったんだろう。
だから、せめて、兄さんが出来なかった分、私が償わせるよ。……ごめんね、兄さん。

静来:迷ったけど、お前を最後にして良かった。やっぱり他の奴の死体を見せたかったもん。

(ゆっくりと刃で頬の皮膚をなぞる)

静来:よくある刑事ドラマみたいにさ、主犯を仕留め損ねるリスクは避けたかった。
でもお前にはやっぱり最大の苦しみを味わって欲しかったから!だからお前の取り巻きから殺したの!うまくいってラッキーだったなぁ!

(男の髪を掴んで下を向かせる)

静来:ほら!見ろよ!お前のお仲間はみーんな死んじゃった!
目を逸らすな。お前もこうなるよ。でもね、それでも足りない。お前らのしたことは、死んだって償いきれない!
泣くな!こいつらが見えなくなるだろうが!
あー、それとも役立たずの目から潰してやろうか!?

(走ってくる歩と、その後を慎重に着いてくる今居)

歩:静来!お前、何やってんだよ!

静来:……そっか、来てくれたんだね。
ああ。同期だから説得できる、とか駄々捏ねたんでしょ?想像つく。

歩:そいつ、誰だよ!お前に酷いことしたのか!?
だったら俺がとっ捕まえてやるから!お前はそんなことしなくていい!

静来:ふふ。犯人に対してその言動は駄目だよ。

歩:犯人って……。

静来:どこからどうみても私が加害者でしょ?暴行と監禁の現行犯。

歩:それは……。

(静来、足元の死体を強く踏みにじる)

静来:はい、これで死体損壊!
そもそも死体遺棄の容疑もかかるよね、この惨状じゃ。捜査を楽にしてあげよっか?
床に転がってるの、ぜーんぶ私が殺したよ。

歩:やめろよ!なあ、何か事情があったんだろ!?

静来:事情、ね。あるよ。だから私は、抵抗でもなく、報復でもなく、自分の意志でこいつを殺すの。

歩:やめろ!これ以上、罪を重ねないでくれ!

静来:嫌。私の最後の仕事は、決まってるから。

歩:(彼女がナイフを振り下ろす。それは的確に頸動脈を傷つけたのだろう。見たこともないような量の血が、飛沫(しぶき)を上げた。すでにあれほどの血を流しているというのに、どこに残っていたのかと思うほど。ひとごとのような思考のあとで、現実が追ってくる。「俺は、間に合わなかった」と)

静来:はぁ。間に合って良かった。

歩:(心底、安心したような声は、警察学校で過ごした頃の静来を思い起こさせた)

(銃を構え直す今居。歩、発砲の気配を感じ叫ぶ)

歩:ッ!今居さん、お願いだから、撃たないでくれ!!こいつは、理由もなしにこんなことする奴じゃないんだ!俺を、信じてください。お願いします!

静来:相棒さん、不服そうだよ?そりゃそうだよね、間違ってるもん。ね、間島刑事?

歩:黙れ!

静来:怒られちゃった。

歩:静来、どうしちまったんだよ!

静来:どうもしてないよ。私はもともとこんな人間なの。私、本当はずっとこうしたかったんだよ。

(静来、死体をちらと見る)

静来:ねえ、どうして人を殺してはいけないと思う?

歩:え?

静来:法律で決まってるから?

歩:それは否定できない。罰則があることは少なからず、抑止力になってるはずだ。
でも、そんなこと関係なく、人はそう簡単に人を殺せない!
お前だってそうだろ!?

静来:つまり、殺人が許されないのは、倫理的な問題ってことかぁ。

歩:たしかに、親とか先生とかに散々言われて来たよな。でも、違うだろ?

静来:何が違うの? あは、出来の悪い生徒でごめんね。

歩:なんで笑うんだよ!本当、らしくねぇ!
……人はさ、法律とか倫理とか小難しい理由じゃなくて、もっと根っこの部分で、他人を傷つけるなんてできないはずだ!
俺は間違ってるか!?

静来:そんなことない。歩みたいに正しい人間なら、人の尊厳を奪うのに抵抗を覚えるよ。
でも、そういうセンサーが壊れてる奴らもいる。

歩:そのぶっ壊れてるのが、そいつらだって?

静来:んー、半分正解。
まずは、兄さんの尊厳を簡単に踏みにじったこいつらだよね。
でも、まだいるでしょ?

歩:……まさか。

静来:そう、こいつらを殺すことに一切の罪悪感を持てなかった、私。

(静来、軽やかに笑う)

静来:私はね、思うんだ。人殺しが罪なのは、人の時間を奪うからだって。

歩:時間を、奪う……?

静来:人が死ねば、その人が生きるはずだった"残り時間"がゼロになっちゃうわけでしょ。その人が自由に生きて、自由に選択できた時間を。

歩:……そう、かもな。

静来:だからさ、人を待たせるのもある意味、殺人だと思うんだよね。5分遅刻したら5分間ぶんの重さの殺人を、その人は犯してるんだ。
小さすぎて、お目こぼしされてるだけ。

歩:静来、だからあんなに。

静来:こいつは兄さんを殺した。まだ10代の人間の残り時間を奪った。まあ寿命なんてわからないものだけど、人生80年っていうしね、それなりに長い時間が残ってたんじゃないかな。

(怒りが湧き上がる静来)

静来:でもね、裁けないの。こいつらのせいで兄さんは死んだのに、こいつらは"手を下してない"から!
法律も倫理も世の中も、兄さんは自殺したって言う!こいつらの、殺人なのに!!

歩:……!

静来:間島くんもさ、復讐なんて無意味とか言う?
意味ならあるよ!私の気が済む!
こいつらに待ってたはずの時間も可能性も奪い尽くす。それが、それだけが、私の満足する方法だったんだよ!
……こいつらを殺して、今やっと私の人生が始まった気がするんだ。はは、常識で考えたら、むしろ終わってるんだけどね。

歩:まだ終わってない!

静来:終わってるよ?転がってる死体の数、見える?間違いなく死刑だ。

歩:それでも、お前のいう残り時間は、まだ残ってるだろ!(距離を詰めようとする)

静来:来ないで!!(ナイフを歩に向かって振る)

歩:ッ!やめろ!

(今居、ついに見逃せなくなり発砲)

静来:……!

(撃たれてうずくまる静来)

歩:……あ。今居さ……。

静来:……あは、ははは。

歩:静来!待ってろ、すぐ止血する!
(倒れる静来に駆け寄る)

静来:あーあ……でも、良かった。ちゃんと殺せた。間に合った。
えらいぞ、私。たくさん、たくさん、我慢したけど……ここまで生きてて、よかった……。

歩:(静来の手を強く握って)諦めるな、馬鹿!

静来:駄目だよ、警察官が殺人犯の手なんて握ったら。

歩:静来は静来だろ!俺の同期で、友達で、それで。

静来:はぁっ……くっ……な、に?

歩:俺の好きな人だ。

静来:……!

歩:どうして、こんなことに!もっと早く、伝えてれば。

静来:違うよ。

歩:え?

静来:私はきっと。この手を、取らなかった。

歩:静来。

静来:だから、責めないで。他人の分まで、背負わないで。苦しまないで。……でも、わたし……そんな、あゆむ、だから。(体から力が抜ける)

歩:静来……?なあ、逝かないでくれよ!静来!
あ、ああ……。な、ほら……返事、まだだろ?俺、待ってんだぞ!静来……静来!

歩(静来。お前の最後の言葉、「好き」だったんだよな。
本当は伝わってたんだ。
でもお前の声で聞きたかった。
大事なことは、さいごにとっておくんじゃなくて、最初に言わねえと駄目だろ。
でもさ、お前らしいよ。
だって、俺の心を優先したんだろ。
「好き」って言葉より、俺を気遣う言葉を優先したんだ。
俺はお前を止められなかったのに)

歩:(馬鹿みたいに真面目で、貸し借りが嫌い。
そんで、すっげー頑固。
そういうお前が好きだったけど。
そういうお前だから、1人で抱え込んじまったんだとしたら)

歩:大馬鹿野郎だ、俺も、お前も……!

【時遠家代々の墓がある墓地】

歩:(静来は、兄と同じ墓に葬られた。
父親はひどくやつれて頼りなく立ち、母親は抜け殻のようになっていて、残された妹が細い体で母を支えていた)

光里(静来の妹):間島さん。

歩:光里(ひかり)、さん。

光里:この度は、ご参列いただきありがとうございます。今後のことも、相談に乗っていただいて。

歩:(元警察官の凶行。あの家族がどんな悲惨な扱いを受けるかは、馬鹿でもわかった)

光里:お姉ちゃんの弔いが終わり次第、引っ越すことになりました。
あの家に住み続けるのは、やっぱり難しいので。

歩:(心の傷を癒す間もなく、遠くへ。そこに静かな生活があることを祈る)

光里:お墓参りにはなかなか来られないと思いますけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんは一緒だから、少しだけ安心かな……。

歩:恨んでは、いないんですか、お姉さんのことを。

光里:全く恨んでいないと言ったら嘘になります。
でも、お兄ちゃんをあんな目に遭わせた人たちを許せないのは、私たちも同じで……。
ごめんなさい、まだ整理がつかないですね。

歩:あ……!いえ、申し訳ありません!こちらこそ、酷な質問を……。

光里:いえ。

歩:(静来、お前はそれで良かったのか。
お前の覚悟は半端なものじゃなかった。けどさ、この子やご両親の姿を見たらさすがのお前も後悔したんじゃないか)

歩:……。
光里:……。
(しばし言葉を探して黙り込む両名)

歩:(時間を奪うのが罪ならば、静来が殺したあいつらは確かに殺人犯だったのだろう。だって。
静来の人生は復讐に塗り替えられた。静来の自由を、静来が掴むはずだった幸せを、残り時間を奪ったのはあいつらだ)

光里:間島さんは、お姉ちゃんの同期だったんですよね?間島さんから見て、お姉ちゃんはどんな人でしたか?

歩:馬鹿野郎。

光里:え?

歩:馬鹿みたいに真面目で、馬鹿みたいに頑固な、ちっとも友達に頼らない、馬鹿野郎でした。

光里:あ……ふふ!姉のことを馬鹿なんて言う人、初めてです。

歩:すいませ……(涙が溢れる)

光里:ハンカチ、良かったら使ってください。
私、まだどこか現実味がなくて。使うのはまだ先になりそうなんです。

歩:(どことなく静来に似た笑顔を残して、妹は去っていく。いつの間にか、墓の前には俺一人しかいなかった)


歩:静来、俺、待つよ。
最後まで生きて、その後、あの世で静来の返事聞きに行く。それまでずっとずっと待つよ。
この意味、わかるか?
なあ静来、とんでもない遅刻だな。でけぇ借りだな。
ざまあみろ。お前の嫌いなやつ特盛りセットにして持ってってやる。
はは、こんなやつ他にいなかっただろ?
俺だけが、お前の特別だ。重いって言っても知らねぇからな。俺に想われたのが運の尽きだ。
ざまあみろ。……ざまあみろ(泣き崩れる)

歩:(お前の時間が欲しかった。俺の時間を全部あげたかった。けどお前は、俺の時間だけを奪って先に逝ってしまった。
待ってろ、必ず追いついて捕まえるから、)


【???】

歩:時遠 静来(ときとお しずく)、逮捕する。容疑は、

静来:(私の罪は、殺人と監禁、死体遺棄に公務執行妨害、エトセトラ。
それからーー時間泥棒)


(了)

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