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2020/04/13 もえ

おつかれさま。もえだよ。勝手に一番最初の日記をはじめてしまうよ。2人とも元気かな。いかがお過ごしかね。

今日は月曜日で、私の住んでる街は可燃ゴミ回収の日だったのだけど、朝から雨がすごくてゴミ出しに行くのを諦めてしまった。すごく寒くて、昨日中本食べたのもあってお腹がゴロゴロしていた。軽めのゴロゴロ。家を失った人、帰る家のない人、家を失う不安を抱えてる人のことを想像した。

テレワークが始まってから、3週目を迎えた。電車乗って通勤してる人がいる事を思うと毎朝不安になる。少し泣きそうになりながら上司に勤務開始の連絡をするのが日課。でも今日は朝起きたら、星野源がインスタのストーリーでひっそりと「あいつ許可取ってへんで、これ広めてくれてかまわへんで」って言っているのを見て別の不安が襲ってきた。星野源がこういう事しか言えない社会を危惧するツイートを見て、本当にそうだと思った。

私は今年の正月、実家に帰って最悪だったのだけどsame thingを歌う星野源くらいしか、現在の社会がクソだって事言及してなかったんだよね。それで、星野源がクソだって歌ってるの聞いて唯一心が動いた時だった。アイデアという曲の夜パートが好きなのだけど、この曲は2番の真夜中パートにそういうやりきれない日常を歌うのだけど、本当は昼も夜もくそなんだよね。というか、「うちで踊ろう」は星野源が外にいる人への思いも込めている事を言及しているけど「生きてまた会おう」って本当にそれは戦地に見送る時の言葉だと思って、stayhomeできる人が受け止めるその言葉とできない人とでは切迫さが違って、「重なり合う」事なんてできないのではないかと思った。安倍政権が補償を拒まずに実施していれば重なりあえるのに。

更に仕事の前に大林宣彦監督が高崎映画祭?に登壇した時の動画をまた観た。舞台挨拶なのに、映画みたいなスペクタクル。現在と現在に至るまでの過去の連なり、場所を越えたバラバラの個々の歴史(人生)が存在している事、個々の人生が一つの空間にあるという事で作られる未来があるという事。その舞台上で、「はっきりとした戦争の足音が聞こえるから、それを止めたい」というメッセージが共有されているということ。言葉に言い換えるの超難しいけど、言葉の情報と目に映る情報が大林監督の映画というか『この空の花』みたいで、すごい人の心の熱量と情報量が詰め込まれた映像だとおもう。

そう、それで大林宣彦ってやっぱりすごいなと思って、確固とした哲学とともにプロテストする文化人が少ない中で大林監督が亡くなったことを不安に思いながら仕事を始めたのだけど、夜に平野太一さんの『STANDARD』を観て、そんな他人任せにしてないで、立場とか関係なく叫ぶという選択肢が私にはあるじゃないかと思った。あと宮越里子さんが、ツイッターで政治は民衆が作るものだと言っていて、大切な事を忘れていたと思った。空気を読まずに、ものを言えるようになりたいな。そういう社会に変えなければいけないなと。

あと、mini theater aidの会見を見た。多様な文化を絶やさないという事がキーワードだったように思う。だけど、少しだけだけど映画業界で働いて、その大義に飲み込まれて労働者の権利が疎かにされているという事を感じてきた。save our spaceの署名では少なくとも、そこで働いている人たちの生活についても触れられていたように思う。だから、「多様な文化を絶やさない」というとても大切なメッセージの裏に労働者たちの顔や生活が意図せずとも隠されてしまっている事が悔しかった。

あと仕事しながら国会流してるんだけど、共産党以外の野党の人たちの質疑、とても優しすぎる。「よろしくお願いします」「考えます」みたいな感じが続いていた。もっと詰めて欲しい。

お昼ご飯はゴボウと菜の花とナスとレンズ豆のトマトパスタ。おやつはホットケーキ。夜はちゃんぽんとサラダ。(最後だけコンビニ飯)

最近本読みたいけど読めてないのと、映画も観れてないから明日は時間を作るぞ。おすすめの本などあったら教えてください!

あとね、髪の毛明るくしたい。美容院に行きたいなぁ。お金入ったら…というか美容院はやってるのかな。都から自粛要請はされていなかったはず。

面白い話何もないや〜笑。あ、昨日友達とLINEのグループトークで、歌のフレーズしりとりをして楽しかった。「る」が回ってくるととても難しい。童謡に逃げがち!


以上!さらばじゃ!