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短編【待ってて、チャオ】小説

私の全てだったロック・バンド『メテオストライクス』のチャオが死んだ。このビルから。三年前の今日。チャオは飛び降りて死んだ。

チャオのギターの旋律を失った『メテオストライクス』は程なくして解散した。この三年間、私の心の拠り所は『メテオストライクス』が残した三枚のアルバムだけだった。毎日毎日、私は聞き続けた。チャオのギターを。私の頭の中では、いつでも、どこでも、チャオのギターが鳴り響いている。

どうして死んだの?チャオ。聞きたいよ、チャオの新しいギターの音色を。もう一度、私の心を掻き乱してよ!…私は今、チャオが三年前に立っていた場所に立っている。

会いたいよ。チャオ…。

「お嬢さん」

当然、背後から低い声がした。おじさんの声だと思ったら、やっぱりおじさんだった。

「なん…ですか?」
「そんなトコに立ってたら、危ないよ。飛び降りる気なの?」
「え?」
「そうだよね。飛び降りるつもりじゃなきゃ、こんな所に裸足で立たないか。隣に座ってもいいかな?」
「え?あの」

よいしょっと。と芝居じみた声をもらして、おじさんは私が立っているコンクリートの塀によじ登って座った。月明かりが私とおじさんを妖しく照らしている。

「うわ!高いネェ。ココから落ちたらイチコロだね。高校生?」
「あ…はい」
「多感な時期だね。嬉しい時は、物凄く嬉しく感じるし、悲しい時は必要以上に悲しく感じる。あ、ごめんね。お嬢さんの事情なんて何も知らないのに勝手に…。自殺する人にしか、その苦しみは分からないよね。ああ、勘違いしないでね。私は別に自殺を止めようとしているワケじゃないんだよ。私もね、死にに来たんだから」
「え?」
「ちょっとだけ、私の、話を聞いてくれるかい?あ、立ってると危ないから座って。話の途中で落ちてしまったら、流石に後味が悪いから」

私が座ると、おじさんはぽつりぽつりと話し始めた。おじさんの奥さんが凄い浪費家で、株の投資に失敗して貯金が底をついて借金して奥さんに言えなくて。

要約すれば五分も掛からない、ただそれだけの話をジャグリングの様に同じ箇所をぐるぐるぐるぐる巡りながら、おじさんは話した。

「もう、どうにもならない…。色々、手は尽くしてきたけど…もう…どうにも…」
「おじさん!」
「ん?」

私はおじさんの話に苛立った。

「いままで、頑張ってきたんだよね!一生懸命に頑張ってきたんだよね!私、頑張ってる人に頑張れっていうの大嫌いだけど、だけど、頑張ってよ!私も頑張る!頑張る事ってダサくて嫌だったけど、頑張って生きなきゃ!私も頑張るからおじさんも頑張ってよ!」
「お嬢さん…。そうだね、一度は死ぬ気になったんだ。そうだよね…。その気持ちさえ有れば何だってできるよね!うん!もう少し頑張って生きるよ!有り難う、お嬢さん!」

おじさんは、お互い頑張ろう!と力強く言うと塀から屋上へ降りた。そして、私に向かってガッツポーズをして颯爽と去って行った。

「頑張ってーーー!………」

私はおじさんが完全に屋上から居なくなるまで見送った。

やっと消えてくれた。

冗談じゃないよ。ここはチャオが飛び降りた神聖な場所だよ。あんな汚いオッサンに汚されたくない。

さ、邪魔者も居なくなったし、チャオに会いに行こう。

待ってて、チャオ。今、そこへ行くから。

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