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短編【命のホットコール】小説

「はい、こちら『命のホットコール』山田やまだみゆきです。お名前よろしいですか?」
「あの…太田おおた一郎いちろうといいます」
太田おおたさんですね?どちらからお掛けになってます?」
「自宅からです」
「今、お一人ですか?」
「はい。・・・あ、いえ。今、女房は寝てまして」
「そうですか。夜中ですものね。奥さんにも言えない悩みなんですか?」
「はい。あの、その女房が悩みの種なんです」
「奥さんが?」
「女房が酷い浪費家で私に内緒で勝手に色々高級な物を買っているんです。その借金が物凄い金額になりまして」
「借金?」
「はい。恥ずかしながら私の稼ぎでは全然足りなくて、女房に内緒でカード会社からお金をかりて…。もう、利子を支払うだけでいっぱいいっぱいで…ここ数日間もう死ぬことばかり考えていて」
「それは辛かったですね太田おおたさん。いろいろ頑張ったンですね」
「はい…。やった事は間違っているかも知れませんが、私なりに一生懸命頑張ってきました」
「わかりますよ、太田おおたさん。もう、頑張らなくても大丈夫ですよ。すこし休んで他の人に頑張って貰いましょう」
「他の人?」
「はい。今は太田おおたさんのような人の為に、無料で相談に乗ってくれる弁護士さんが沢山います。今まで、何年カード会社に利子を支払って来たんですか?」
「ええと・・・七、いえ八年になります」
「ああ、それだったら太田おおたさん。もしかしたら過剰支払でいくらか戻ってくるかもしれませんよ?」
「ほんとですか?」
「はい。私が信頼している弁護士さんを紹介しますね?ペンと紙はありすか?」

私は自殺防止コールセンターで働いている。一日に平均20人の自殺願望者と話をしている。年間6000件。務めて5年になるのでその五倍、3万件のネガティブトークを私は聞いてきた。一番多いのは金銭的な悩みで次に多いのが健康上の悩み。特に癌などに侵されて余命幾ばくもない人の話を聞くのは本当に辛い。

時々、自殺をする事が本当に行けない事なのか分からなくなる時がある。苦しい思いをしてまで、歯を食いしばって生きる事が本当に良いことなのか。そんな事ばかり考えると私自身も憂鬱になってしまう。

こんな気分の時には私はある場所に電話をする。

「はい。こちら『命のホットコール』浜田はまだ裕美ひろみです。お名前よろしいですか?」
山田やまだみゆきです。あの・・・」
「はい、みゆきさんですね?何に悩んでいるんですか?」
「自殺って、ナゼしては行けないんですか?」

酷な質問だと自覚している。私自身こんなことを訊かれたら答えに困る。残された人の気持ちを考えてとか、未来は明るいはずだからとか、ありきたりな返答をするだろう。

だけど電話の向こうの彼女は澄んだ声で迷いなく、さも当然かのようにこう言った。

「誰がそんな事を言ったんですか?」
「え」
「たとえどんな事でも、その人がやりたいと言う事を他人が止める権利はないと私は思います。他人に危害を加える行為でない以上、忠告はしても止めるべきではありません。それが自殺であっても」
「でも、自殺ですよ!」
「はい。でも、死にたいと言っている人は嘘なんですよ。本当は生きたいんです。私が知っている限り、本当に死にたくて死んだ人は弘法大師だけです」
「弘法大師?」
「はい。弘法大師は生きながらミイラになりました。即身成仏ってやつです。自ら命を絶って仏になったんです。私に言わせれば自殺です。真言宗では今も生きているって事になってますけど。まあ、それは置いていて弘法大師は死ぬ必要があったから死んだんです。でも、それは異例中の異例で普通の人の『死にたい』は『死にたくない』なんですよ。生きるのが辛いから死にたい。自殺を『目的』ではなくて『手段』として捉えているんです。手段である以上、選択肢は他にもあります。あるはずなんです。自殺したい人の目的は死ぬ事じゃなくて楽になる事なんですよ。だから死ぬ以外に心が楽になる方法を一緒に考えてあげればいいんです。山田やまださんの最初の質問の『何故、自殺をしてはいけないのか』に戻りますけど、本当に死にたくて死ぬことに興味があって自殺をする人は止めれないし止めるべきでもない。でも、それ以外の普通の人の『死にたい』は嘘で本心は逃げたいなんです。借金苦から逃げたい恋愛苦から逃げたい。死にたいって言うのは嘘だから死んではいけないんです。だから山田さん、あなたが死にたいって思ってるのも本心じゃないんですよ?あなたが死ぬ事に興味があって自殺したいのなら、やめた方がいいと忠告はしますが止めません。でも、そうじゃないのなら、」
「あ、あの、私が死にたいんじゃなくて、あの、と、ともだちが」
「そうですか。じゃあ、そのお友達に伝えて下さい。あなたの心の底の声を聞いてあげて下さい。本心は生きたいって叫んでるはずですって」
「は、はい。あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「はい。なんでしょう」
「浜田さんは、このお仕事をやって何年ですか?」
「半年です」
「半年?お幾つですか?」
「二十一です」

たった半年でこの解答。
そして私より十二歳も若い。

なんか、死にたくなっちゃっうなあ。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

待ってて、チャオ

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