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読書【黒のトリビア】感想

『黒のトリビア』完読。

警察では放火のことを「赤馬」という。
とか。

スープの出汁に手首を煮込んだラーメンが売られていた。
とか。

首吊り(縊死)の実行には全体重の20%程度の重量があれば事足りる。必ずしも両足が床から浮く必要はない。
とか。

刑法には痴漢そのものを罰する条文はない。

など、刑事犯罪の裏の豆知識がぎっしり詰まった雑学の本です。

【痴漢、あかん!オカンが泣くで!】

と書かれた中吊り広告を見て俺はもう一度視線をおろした。目の前に立っている男が、さらにその前に立っている女性のお尻を右手で撫でている。

電車はゆるやかなカーブを曲がろうとしていた。

義を見てせざるは勇無きなり。いまは亡き父の口癖だ。その座右の銘を思い出したと同時に俺は痴漢男の右手を取っていた。

痛がり喚く男を無視してタイミングよく開いた電車のドアからホームに出た。当然、痴漢男の右腕を捻り上げたままで。被害に遭っていた女性にも声をかけて一緒に降りてもらった。

俺は駆けつけてきた駅員に事の次第を話した。

「触ったんですか?」

駅員は痴漢男にたずねる。触ってません。などと言おうものなら、もっときつく右腕を捻り上げてやろうと身構えた。

「はい。確かに触れました。だけど下手に動かすと怪しまれると思って手の甲を外すチャンスをうかがっていたんです。そしたらいきなり」
「手の甲?嘘をつくな!」

俺は痴漢男の関節を捻じ曲げる。言葉にならない呻きをあげる痴漢男。

「駅員さん、警察を呼んで下さい。こいつを痴漢罪で捕まえてもらいます!」
「痴漢罪?痴漢罪ってなんですか!」

痴漢男が叫んだ。

「日本の法律に痴漢罪なんてものはない!痴漢を取り締まる法は強制わいせつ罪か市の条例だけ、なんだ、よ!」

痴漢男は俺の腕を振りほどいて喋りつづける。

「強制わいせつ罪だ!強制わいせつ罪!いつ僕が脅迫や暴力をもちいて猥褻なことをした!?ねぇ!お嬢さん!君は僕に脅されたの?殴られたの?」
「い、いえ。そんなことは」
「しかも痴漢は親告罪だ!しんこくざい!被害に遭ったものが訴えて初めて罰せらる!親告罪!リピートアフターミー!しんこくざい!」
「しんこくざい」
痴漢男の勢いに飲み込まれてリピートする被害者。

「お嬢さん!あなた僕を訴えますか!もちろん僕は闘いますよ!地裁、高裁、最高裁!上告、上告で何年も!もし裁判であなたが勝てば今度はあなたを訴えますよ!もうお気づきと思いますが僕は法律に詳しい。ひじょーに詳しい!長いお付き合いになりますな!それでも訴えますか!!」
「あの、私これから合コンがあるんで」

と言い残し被害者女性は足早に去っていった。

「さて」

痴漢男はゆっくりと俺に向き直る。

「あなたの職業は?」
「俺の?俺はただの会社員だよ」

痴漢男は俺をじっと見ながら駅員に話しかける。

「警察を呼んで下さい」
「え?でも被害者は、いえ、女の人はもう」
「彼女はもう関係ありません。ここからは僕とこの暴力男との話です」
「暴力男!?」
「あんた、僕の腕を拘束し痛めつけましたね」
「いや、あれはあんたが」
「痴漢したと思ったから逮捕した」
「そう!逮捕したんですよ!」
「逮捕できるのは逮捕権をもった者だけだ!あんた持ってるのか!逮捕権を!持ってないよな!会社員だもんな!一般人が逮捕の真似事をして、相手の自由を拘束した場合、それは逮捕・監禁罪だ!たとえ腕一本でも!」
「え?逮捕罪?え?なに?」
「逮捕・監禁罪!しかも、あんたは僕の腕を痛めつけた!2度も!これは立派な暴行罪だ!」
「暴行罪って。別に怪我をしたわけじゃ」
「瑕疵の有無は関係ない!たとえ投げた石が当たらなくても暴行罪は成立するんだよ!怪我をさせた場合は傷害罪だ!まて!もしかしたら瑕疵があるかもしれない!」

男は俺に握られた手首を調べ始めた。

「あった!痣になってる!内出血かもしれない!駅員さん!コレ、さっき握られたときの痣だよね!痣!」
「そうですね。けっこう強く握ってましたから」
「はい、傷害罪ー!」

義を見てせざるは勇なきにあらず。
義を見てせざるは思慮深きこと也。

いまはそう言う時代です。

父さん。

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