短編【禁断の手】小説
会社の同僚からもらった珈琲を淹れる。以前、珈琲が好きだと言う話をしたら、それなら家に飲んでない珈琲があるから賞味期限が切れてないなら持ってくるよ、と言う事になり、珈琲粉が入った袋を貰った。
珈琲は好きだけど粉から飲んだ事ってないんだよなあ、あんまり。なんて事を我那覇孝淳は思っている。
粉から飲んだ事がないというのは不正確で、正確には市販されているドリップバック型の、珈琲粉とドリッパーが一体になっているタイプの、お湯を注げばすぐに飲めるアノ、珈琲をよく嗜むのだが珈琲粉をスプーンで救って自分で分量を決めて飲んだ事はほとんどない。
粉から飲んだ事がないから当然、コーヒーフィルターもドリッパーも家には無いので貧乏人の味方、ダイソーに行って買ってくる。粉から飲んだ事がないから当然、珈琲粉の分量も分からない。なので適当に珈琲を淹れる。
さて、と我那覇孝淳は、珈琲を入れ終わってiPadProを立ち上げる。我那覇は趣味で小説を書いている。趣味で舞台の戯曲も書いたりする。本職は沖縄県で介護職員をしているのだが、もともと物語を創るのが好きなので自分にどれだけの創作力があるのか試してみようと思い立ち、創作メディアプラットホーム【note】で小説を書き始める事にしたのだ。
それも毎日、一日一本の小説を発表すると決めて。毎日、新作を一本書き上げるぞと鼻息荒く意気込んだ我那覇だったが、一ヶ月後には昔書いたラジオドラマ用の台本を小説に転用し始める。
二月一日にnoteに発表した『魂の経験』からセルフパクリが始まったのだ。それ以降、結構な頻度で自分の過去作をリメイクしている。毎日毎日新作なんて無理なんだよお!と我那覇は嘆く。自分で決めたことだろうが、なんなんだこの男は。
一つ一つの短編小説は独立しているが、どこかでリンクされていて実は一つの大きな物語にしよう!という構想をぶったてて置きながら、それを実行したのは最初の一、二ヶ月だけで最近は普通の短編小説になっている。
作品全部繋げるなんて無理なんだよお!と我那覇は枕に顔を埋めて足をばたばたさせて悔やむ。自分で決めたことだろうが、なんなんだこの男は。
もう、無理だ。
我那覇はnoteに『どうしよう。毎日毎日短編小説一本書いてきたけど、今日は何も浮かばない。だからと言って、ここでやめてしまうのは勿体無い。』とつぶやいた。
そう、勿体ないのだ。2021年12月30日から書き始めて昨日で109本の短編小説を書いた。ここでやめてしまうのは本当に勿体ない。noteのフォロワーの怜久井絵夢さんもコメントで励ましてくれている。嬉しい。なんとか続けなければ。我那覇は真っ白なiPadProのディスプレイを見つめる。
「そのことを書けばいいじゃないか」
突然、我那覇の背後から声が聞こえた。そこには、宇多方令夢が立っていた。宇多方令夢とは怜久井絵夢さんの連載小説『美大生に明日はない』の主人公だ。その小説のキャラクターが「書いちゃえ、書いちゃえ、今の状況を書いちゃえ」と言う。
我那覇は「そうだね」と言ってiPad Proに文字を打つ。
『会社の同僚からもらった珈琲を淹れる。以前、珈琲が好きだと言う話をしたら、それなら家に飲んでない珈琲があるから賞味期限が切れてないなら持ってくるよ、と言う事になり……』
虚な目で我那覇は文字を打ちつづける。
何ということだろうか!勝手に人様の小説のキャラクターを自分の小説に登場させるなんて!それだけはやってはいけない事だろう!作家としてのプライドはないのか!ないね!!
この男には、そんなプライドは微塵もない。
小説なんてものは、その気になりゃあ何を書いたっていいんだ。思いついちゃったんだから仕方ない。ついでに宇多方令夢のイラストも無断転用しちゃえ!でも絵夢さんに怒られたら、ごめんなさいって言って消しちゃお。
プライドもなければ意地もない。我那覇孝淳という男はそういう男なのです。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
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