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短編【ゲソ・デ・アゲテール】小説

最近、歩き始めた一歳半の息子を連れて近所の公園に出かけた。私が住んでいるこの地区は、高級住宅街で当然この公園に集まってくるママさん達もリッチなマダム達だ。わざわざ公園に遊びに行くのにブランド物のお召し物を身に付け、子供にも勿論それはそれは高そーなおべべを着せている。それに引きかえ私は安物のジャージ姿で、一歳半息子は友人から貰った御下がりばかり。マダム達の旦那は皆、公務員や一流会社に務めている。だけど私の旦那は親の代からの惣菜屋さん。別に引け目は感じていない。だって、ウチの惣菜は世界一美味しいもん。

「ごきげんよう、田中さん」
「あ、どうも白鳥さん」

今日も息子を連れて公園に行くとマダム軍団の一人、白鳥さんもお子さんを連れて公園に来ていた。


「最近、日差しが少しずつきつくなってきましたわね」
「そうですかね」
「御宅は、日焼け止めクリームは何を使っていらっしゃるの?」
「いやあ、そんなの使わないですね」
「あら。いけませんよ。紫外線を軽くみては。サブリマージュ・ラ・プロテクシオンはおすすめよ」
「サプリマー?」
「サブリマージュ・ラ・プロテクシオン。もしかして、おぼっちゃんにも塗ってないの?」
「はあ、塗ってないですね」
「まぁ。そうなの」
と白鳥さんは、可哀想に、でも他所には他所の家庭の事情があるから、これ以上詮索するのは無粋ね。と言うような表情をして話を変えた。私はそういう瞬間は見逃さない。

「あ、そうそう。先月、主人がフランスに出張に行って、お土産にお菓子を買ってきたんですけど、お一つどうぞ。ボンボン・オ・ショコラです」
「ボンボン・オ?」
「ボンボン・オ・ショコラ」

そう言うと白鳥さんは、お高そうなバックからボンボンなんとかの、これまたお高そうな菓子箱を取り出した。公園に行くのに、そんなもん持ってくるなよ。

「わたくしはボンボン・オ・ショコラよりサンミッシェル・クッキーの方が好きなんですけど」

どうでもいいよ。そんなの。正直、リッチな奥様達の相手をするのは疲れる。悪気なく聞き慣れない単語をいちいち言う。もう、この公園に行くのはよそうかな。でも、近くの公園はここしかないし。何て考えながら家に帰る。やっぱり家が一番いい。

「ただいまぁ」
「おう…おかえり」

帰ると夫が一人でビールを飲みながらバラエティ番組を見ている。でも何となく気持ちが沈んでいる雰囲気。私はそういう雰囲気を見逃さない。

「どうしたの?暗い顔して」
「いや、最近、ウチの店の売上が落ちてるんだよ」
「だったら商品の名前変えなよ」
「名前?」
「スルメの天ぷらは、ゲソ・デ・アゲテール。ホウレン草のおひたしは、ボイル・ド・ポパイとか」
「なんじゃそれ」
「そういうのが好きなのよ、ここらへんの奥様方は」

私は夫に今日あった事を話した。それを聞いた夫は面白半分に全商品をフランスっぽい名前に変えた。それだけで売上が上がるはずがない。いくらなんでも、マダム達はそこまで愚かじゃない。…と思っていたら大間違いだった。上がっちゃったよ、売上が。ははは、いやぁ、流石、公園に行くのにシャネルやらバーバリーやらをお召になるだけの事はあるなあ。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

節約と倹約の果てに

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