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 短編【冷蔵庫の記憶】小説

安藤あんどうくん、安藤くん、起きて」

冷たいステンレス製の天板の机に突っ伏している安藤の肩を若い女が揺らす。意識を取り戻した安藤は渇いた喉を唸らせて目を覚ます。

「ん?あれ?おれ寝てた?みんなは?」
「みんな帰ったよ」
「マジかよ…。久しぶりの同窓会で、みんなと話ししたかったのに」
「何言ってんだよ。もう三次会だぞ。散々話したじゃないか」

若い女の側に立っている白髪混じりで精悍な顔つきの男が言う。

「え?三次会?ここどこ」
「静かな所で話しがしたいっていうから、静かなバーに移ったんじゃない」
「え?そうだっけ?」
「それより、ヨモギダの話ししろよ。途中だっただろ」
「ヨモギダ?ああ!ヨモギダ!どこまで話したっけ?」
「小4の時、お前が転校する前の日に、ヨモギダと学校裏の空き地で隠れんぼしてたんだろ?」

白髪の男は安藤に何かを教え諭すような口調で言う。

「そうそう。俺とヨモギダは大の仲良しだったからな。俺が転校する前の日にアイツと二人で隠れんぼしてたんだよ。俺が鬼になったときにアイツが不法投棄されていた冷蔵庫の中に入るのを見たんだ。その時、何故か意地悪な気持ちになってアイツをほったらかして俺、帰っちゃたんだよ。で、そのまま俺は転校したんだ。その後、ヨモギダが行方不明になったって聞いて…」

そこまで言うと安藤は小刻みに震えだした。

「ヨモギダ、まだあの冷蔵庫の中に入ってるかもしれない。俺が…俺がヨモギダを殺したんだよ!俺が殺しちゃったんだよ!」

安藤は叫ぶようにそう言うと頭を抱えて机に伏す。白髪の男は安藤に優しく声をかけ肩にそっと触れる。少しでも落ち着いてくれるように。

「安藤…。ヨモギダは生きている。思い出せ、冷蔵庫の中に入ったのはヨモギダじゃなくてお前だったんだよ!お前がヨモギダに閉じ込められたんだ!いいか!俺がヨモギダだ!お前は誰も殺しちゃあいない!お前がとじ込められたんだ!」
「俺が閉じ込められた?なに言ってんだ!嘘をつくなぁ!」

安藤は白髪の男の手を振り払う。興奮状態になっている。

「安藤、このペンをみろ!ペンの先を」
「ペン?」
「そうだ、三つ数えたらお前は眠る。三、ニ、一」
「何を、言って…」

安藤は、急に足の力が抜けて気を失ったかのように倒れそうになる。白髪の男はそれを受け止める。若い女は椅子を整えて安藤が座れる状態にし、そっと安藤をその椅子に座らせる。安藤は完全に力が抜け、木偶人形のようにだらしなく座っている。

「ヨモギダ先生、また失敗ですね」
若い女は白髪の男の心中を慮って残念そうに言う。

「いや、この療法は根気よく続ける事が肝心だ。安藤をこんな風にしたのは私のせいなんだ」
「先生の?」
「安藤は私がイジメていた男なんだよ。いくら子供の頃の話しだったとはいえ、今ではその事を恥じている。私は安藤を冷蔵庫の中に閉じ込めて夜になって出した。だけど、その時は低酸素状態で死ぬ一歩手前だった。今、思い出してもゾッとする。それから安藤は精神に異常をきたすようになった。あれから十数年後、麻薬常習者になってしまった彼が私の所に診療にきた。あの時の恐怖心から、自分がヨモギダを殺したと思いこんだんだ。その歪んだ記憶を信じこんで罪悪感から麻薬に手を出してしまった。私はそう診断した。全ては私のせいなんだ」
「先生…」
「ようやく、冷蔵庫の事を思い出してくれた。もうすぐ全てを思い出すはずだ。さあ、もう一度はじめよう。安藤を起こしてくれ」
「はい」

看護助手の今田いまだ美佐みさは精神医、蓬田よもぎだ一史かずしの言う通りに安藤あんざいの肩をゆする。

「安藤くん、安藤くん、起きて」
「ん?あれ?おれ寝てた?みんなは?」

蓬田は安藤に優しく問いかける。

「みんな帰ったよ。それより、ヨモギダの話しをしてくれ 」

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