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短編【盗まれたシャリオン】小説

何が原因であんなことを調べてみようと思ったのか。そんなことは、もうとっくに忘れてしまった。

それは運命だったから。そう結論づけてしまうことは簡単だ。だけど運命なんてものは後付けの理論。自分の人生を振り返ってみて、あれは運命だったのかも知れないと都合のいい理由をつけているに過ぎない。

大学を卒業し青森から上京して出版社に入社した。東京にも仕事にも慣れて余裕が出てきた三年目。その余裕が、あんな事を思い出させたのかもしれない。

中学のころの同窓の一人が作家になった。そのことを知ったのは大学二年の頃だった。自分の身近に作家として世に出た人間がいると知って軽く驚き深く嫉妬した。身近とは言っても、それほど親しい奴ではなかったが。

新渡戸しんとべ耕作こうさく

あの五千円札の肖像画でお馴染みの新渡戸にとべ稲造いなぞうの血筋のもの。ではなかった。

にとべ、ではなく、しんとべ。

しんとべこうさく。

奴の存在は、その名を聞くまで記憶の奥底に沈んでいた。実際、名前を聞いてもすぐには思い出すことが出来なかった。

ほら、新渡戸にとべ稲造いなぞうの。
という呼び水となるキーワードを与えられて、ようやくポンプから溢れる水の様に思い出した。それくらい思い出すのに時間がかかった。

「いや、新渡戸にとべ稲造いなぞうとは関係ないんだ。ぼくの苗字は、しんとべ」

そう言って、はにかんで弱々しい笑みを浮かべた新渡戸しんとべ耕作こうさくの顔を淡い記憶の中で微かに思い出した。

奴とのエピソードはそれくらいしかなかった。

教室の一角の自分の席に一度座ると体育の授業や移動教室がなければ、そこから動かない。そういう男だった。

トイレに行く気配さえもなかった。いや、俺たちが気にも留めていなかっただけなのかもしれない。

読書家という印象もなかった。特に勉強ができたという印象もなければ運動音痴で鈍臭い奴という印象もなかった。そんな男がまさか小説家という肩書きを鳴り響かせて俺の耳に届くなんて思いもしなかった。

奴の小説を俺は読もうとは思わなかった。それは完全に嫉妬からくるものだった。奴の小説を読んで自分の才能のなさを知ってしまう事を恐れていたのだ。

小説家になるということは何をおいても俺の一番の願いだったからだ。大学在学中に何本も文学コンクールに応募したがどれも鳴かず飛ばすだった。選考にさえ残ることはなかった。それなのに奴は。

いつしか俺は小説家になるという夢の幕を下ろした。


新渡戸しんとべ耕作こうさく 著。
【シャリオン幻想記】

読み終えて、いや冒頭から俺は震えていた。初めは怒りの震えだった。

シャリオン幻想記。
北は蛮族王、ジャ・ガルバ・バンバ率いるガルバン族。
東は常勝の軍略家、レムー大僧正率いる神聖シュメイヤ帝国。
南は千人斬りの英雄、ハルメキアン将軍率いる連邦国家イ・シアン・トルク。

三方から強国に挟まれ弱体化を余儀なくされたシャリオン王国。その一地方の漁師の子として生まれたジーナ。彼女は戦災に翻弄されながらも三国を打ち破りシャリオン王国ジーナ王朝の初代女王へと成り上がってゆく。己の知略と才覚を駆使して。

これは……。これは俺が中学生のころ書いた小説だ。間違いない。いつの間にかノートごと紛失してしまった俺の処女作だ。

半分も書けていなかったのに見事にまとめられている。作中前半に散りばめた伏線を全て見事に回収されている。

読み終えたころは怒りではない別の感情で震えていた。

作品を盗まれたはずなのに。怒ってもいいはずなのに。

俺の才能をあいつは、あいつだけが認めてくれた。そういう想いが胸にひろまった。

何故、奴のことを調べようと思ったのか。何故、奴の本を読んでみようと思ったのか。

そんな事はもう、どうでもよかった。



⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

昨日は明日の二日後

あのころ僕は何も見てはいなかった

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