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夢の話

今から幾年か前、私は必死の思いで眠りについていた。夢を見るためだった。 当時の私には夢が全てであり、現実の全ては私を痛めつける拷問だった。 不思議なことに、夢の中では母の胸の中にいる様な安心感がある。 その感覚は私の唯一の拠り所であるとともに、唯一の内的真実だった。 あの頃に見た夢を私は今でも鮮明に思い出す時がある。 そのうちの一つがこんな夢だった。

私はある海沿いの街にいた。街の中には大きな学校があり、 そこに行かなければならないと不意に思った。私は歩いて学校まで向かった。 ずっと海沿いを歩くと同時に、海沿いの通りを避け続けていた。 海は異様に青く、気持ちが悪かった。それ以外に形容のしようがない。 ただただ、気持ちが悪かった。その内に学校に到着する。 如何なる方法によってか校舎に忍び込むと、迷わず音楽室に向かった。 そこで私は、大きなドレスに着替えた。色は覚えていないが、彩度の薄く、 暗い色合いであったことだけ強く印象に残っている。 ともかく、音楽室でドレスを着たと言う事実が重要だった。 すると、私は自らを囚人だと思い始めた。 赤いビロードの幕が下がっている天井には大きな金色の絵画があった。 いや、黄金そのものでできたレリーフの様な物だった。 レリーフには誰とも知れない歌手が描かれており、無数の鎖で縛られていた。 黄金のレリーフを眺め続けていると、全身に声が聞こえ始めた。 私は文字通り、全身で音を聴き、感じた。 その声は死にてえ、死にてえと呟いていた。 私はそれを聞き、猛烈な怒りと焦りの様な感情に襲われた。私は言った。 お前は紛い物だ。こっちの方が似合っている。 自分で自分を縛ってるんだ。 ここまで言って、ようやく声の主が例の歌手であることに気づいた。 私は泣き出した。彼は私と同じ悲しみを持ち、同じ涙を流していた。 気づけば私は図書館にいた。館内は暗かった。夜だったのだろう。 大きな本棚が立ち並ぶ廊下で、私はとてつもない恐怖に襲われた。 野生的で、原始的な恐怖だった。 強迫的とも言える考えに取り憑かれ、私は書類棚の上からニ段目を開いた。 四段の引出しの内、確かに二段目であった。 その中には散乱する本の上に一匹の蜘蛛の死骸があり、 直感的にその名前がフレイディーであることを知った。 それにしても奇妙な図書館、奇妙な書類棚であった! 私は今嘘をついた。いや、厳密には嘘とは言えない、しかし嘘だった。 暗いのに不思議と視界は開け、遠くまで見渡すことができた。 すると、やや間延びした音でフレイディー、フレイディーと呼びかける声がする。 私は逃げなければならぬと思い、蜘蛛の死骸を掴むと走り出した。 蜘蛛、或いはフレイディーは女性だった。


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