03 殺戮のBB
「おーお、うようよいやがる、ディザートチャイルドどもが」
唇を吊り上げてビアンカは笑うが、デッドシティに足を踏み入れた瞬間から若干の緊張感を持っていた。それは悠々と隣を歩く、バートも同じだった。
なぜならデッドシティ第一の区画、ワンストリートはディザートチャイルドたちの縄張りだった。
ディザートチャイルドたちは、犯罪予備軍である親に捨てられた子供たちを呼ぶ。この砂漠化した荒野に面している区画にいるため、ディザートチャイルドと呼ばれている。
彼らは集団で生活をしている。ここで食うために盗みをして、または犯罪の片棒を担ぎ、さらには幼いうちから売春を覚えて、子供たちは食べ物を得る。大人になるころには、一通りの犯罪に手を染めた立派な犯罪者になっているものが大多数だ。
そのため、カモになりそうな大人と思われると、一斉に襲い掛かられる。たかが子供と侮っていれば、命はない。彼らは生きることに貪欲だ。金目のものを持っているというだけで、殺して奪おうという考えに直結する。
崩れかけの建物から通りを歩く二人に視線をぶつけてくる。
犯罪都市という名前に引かれ、気軽な気持ちで足を踏み入れる中途半端なチンピラは、すでにここで子供たちの食い物にされる。
文字通り、食われることもあるという噂も聞いたことがあったが、こんなご時勢ではそれも笑えない真実に聞こえてくる。
「この辺は好かねぇな。うんざりする」
ビアンカが不機嫌そうに吐き捨てるのを耳にしたバートは、穏やかな笑みを浮かべる。
「ビアのように食い物食い物とうるさいからですか?」
「うるせぇ!」
相方のそんな様子を目にして、バートは満足そうに笑った。
「ほら」
バートはポケットから、飴を一つ取り出してビアンカに差し出す。途端にそれまでの不機嫌さを覆す笑みを見せた。
「食い物! なんだよ、持っているならもっと早くにくれよな」
引ったくるようにバートの手から飴を奪い、すぐさま口に放り込む。爽やかなレモンの味が広がった。
「冗談じゃないですよ。そんなことをしたら、もっとくれとうるさいでしょ。あなたの食べ物に対する執着には、呆れているんですよ」
「いいじゃんかよ。バートのセックスに比べたらあっさりしたものだぞ」
反論を耳にしたバートは苦笑しつつ、自身も飴玉を口に含んだ。
その時、後ろからクラックションが鳴らされた。振り返ると、錆と穴ぼこだらけのピックアップトラックを運転する男が、窓から手を振っていた。ピックアップトラックはビアンカたちの前で停車した。
「よう! BB! 仕事帰りか? 乗って行く?」
「乗る! 零次、愛してるぞ!」
そう言ってビアンカは躊躇いもなく、ピックアップトラックの荷台に乗り込んだ。続いてヒラリと上着の裾をひらめかせて、バートが乗り込むと、ピックアップトラックは騒音と排気ガスを撒き散らして走り出した。
荷台から身を乗り出して、ビアンカが運転する零次に放し掛ける。
「オマエも仕事帰りか?」
「あぁ。ハウンドの使いでな」
零次という名が本名かどうかは知らない。だが少なくともこの男は零次と言う名で呼ばれている。髪は黒髪だが、瞳の色は深緑色だ。前に一度仕事を一緒にしたことがある。
ちなみにBBという通り名は、ビアンカとバートをさす。偶然の一致だったのだが、このデットシティにやってくる前のビアンカの通り名がBB、そしてバートの通り名もBBだった。それを知ってから、二人は組んで仕事をするようになり、通り名もそのままBBとしている。
「助かったぜ、零次。今度一回やらせてやるよ」
「マジで? やったね。一回オマエとやってみたかったんだ。ビアンカの乳はでかいからなぁ。揉み応えあると思ってたんだ」
「あるぞ、このなんたってこの巨乳だ。よく拝んでから揉めよ」
そう言ってビアンカが笑うと、零次も苦笑した。
「じゃ、その時はお乳様をよく拝んでから、たっぷりしゃぶりつかせてもらうぜ。っていうか、それいつ? 今日?」
再度ミラー越しに、好色な笑みを隠そうともせず零次が笑う。
「今日はパス。ハートランドから歩いてきたんだ。疲れているから、今日は食ったら寝る。そんなわけで、デッドエンドで下ろしてくれ。堂妙寺のところで飯食っていく」
「約束忘れんなよ? で、バートは?」
「ナインストリートまで行きますか?」
「行ってもいいぞ。どうせこの車の経費はハウンド持ちだ」
零次はそう言って笑った。
犯罪都市デッドシティと呼ばれているが、それでも統治者はいる。
それが沢本要という男を頂点とする、ハウンドという組織だ。ビアンカやバートがデッドシティにやってくる前に、すでに当時存在していたマフィア組織を、三つ壊滅させたという伝説を持つ、沢本の名を知らない者はこの街で生きてはいけない。
直接ハウンドの仕事を請け負ったことはないが、単なる犯罪者集団ではない。すでにハウンドは政治の領域にまで食い込んでいる。
犯罪都市と言われつつも、それでもこの無法地帯が存在している理由は、そこにある。
沢本がどんな手法で、その領域に食い込めたかは定かではない。
だが沢本を頂点とするハウンドという組織は、頂点に軍事経験者が食い込んでいるらしく、犯罪者とは言え、統率が取れている。そしてそれらを統率するブレーンも存在している。
それでいて零次のようなフリーの運び屋まで使う。規模は知られていないが、相当数の人間が何らかの形でハウンドに関わっていた。
出る杭はハウンドに打たれる。
だが恐怖や暴力で全てを従えているわけではない。デッドシティの混沌としていながら存在する調律が崩れたとき、ハウンドは動く。それ以外では殺しが起ころうが、薬の売買が横行しようと関知しない。
この街に来て三年にはなるが、ビアンカとバートはまだ沢本要という男を見たことがなかった。
「なぁ、沢本ってどんな奴?」
「要さん? どんなって……いい男だぞ。見た目にはチャラいが。あの人とポーカーだけはやるなよ? 絶対負けるから。尻の毛までむしりとられる程、負けるからな」
「むしられたのか?」
冗談を交えてビアンカが言うと、零次は苦笑した。
「むしりとられるところまで行ったよ。それを勘弁してもらう代わりに、タダで仕事を引き受けることになった。本当に負け知らずなんだよ」
実際カジノもいくつか経営しているだけあり、その胴元は賭け事に滅法強い。
「なんかなぁ? そいつ、名前だけはよく聞くけど、見たことないんだよな。都市伝説の類かと思っていたぜ」
「要さんはわりとあちこちフラフラしているんだけどな。フラフラしすぎて、捕まえるのが難しいんだよ。って、ほら、デッドエンドだぞ」
おんぼろのピックアップトラックは、デッドエンドという店の前で止まった。ビアンカはひらりと飛び降りた。
「じゃぁな、零次、バート」
「おう! やらせるって忘れんなよ!」
「生理の時以外だぜ」
そう言ってビアンカは手を振って歩き出した。ピックアップトラックは、バートを後ろに乗せたまま走り去って行く。ビアンカはその様子を見送ることすらせずに、入りの扉を開けた。
02><04
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?