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02 殺戮のBB

 地球上では、過去に三度の世界大戦を経験している。
 一つは第一次世界大戦。もう一つは第二次世界大戦。その後も紛争は絶えなかったが、それでも一定の戦争を除き、世界大戦と発展するような戦争はなかった。
 それよりも地球温暖化と戦うほうが、より有意義な課題とすら思われていた。
 社会はよりよい方向へと、進んでいたし、これからもずっと続くと誰もが確証もないのに信じて疑わなかった。
 だが第三次世界大戦は、なんの前触れもなく訪れた。
 旧アメリカ合衆国による、各国核保有国へ向けての核ミサイル攻撃がはじまる。
 だがそれは核攻撃を仕掛けたアメリカ自身が、まったく予期していない出来事であり、まさに青天の霹靂だった。ブラックボックスはスタンドアローン型。ネット上から接続できるものではない。しかしそれは起ってしまった。
 核発射装置の誤作動を生み出した。
 それが原因だったのだ。たったそれだけ。だが一度放たれた核ミサイルはもう止まらない。あまりも唐突過ぎた。迎撃ミサイルを放てた国もあったが、だが間に合わなかったという。
 そして目には目を、歯には歯を。
 アメリカによる核攻撃に対し、核保有国は報復攻撃を開始。それが第三次世界大戦と呼ばれるものとなった。
 史上最短の一時間四十五分での幕切れとなった、だが人類史上最悪の戦争だった。
 その後、地球環境は大きく変わってしまったのだから。凄まじい土壌汚染。そして世界寒冷化現象。人類が死に絶えてもおかしくはない酷な環境が幾度となく襲ったが、それでも人は生き延びた。今日存在する人間は、そうした者たちの子孫となる。
 その第三次世界大戦の傷痕を今も残す街の方角から、ゆらりと人影が現れたことにビアンカが気付いた。
「あー、乾物屋だ。あいつ、生きていたのか。なぁ、アレそうだろ?」
 荷台に何かを山積みにした浮浪者と見分けのつかない格好の薄汚い男は、敗れたジーンズに一度も洗濯をしたことがないのでは? と思われてもしかたのない汚いティシャツを着ていた。
 そして乾物屋とは言ったが、それは本当の乾物とは違う。
 なぜなら荷台に山積みになっているのは、人間だったから。乾物屋という屋号で呼ばれる男の仕事は、デッドシティで出た死体の処理屋だ。このまま荒野に死体を持って行き、投げ捨てているため、乾物屋と呼ばれる。水のない砂漠で死体はどんどん腐りつつ、水分を失い蒸発し干からびて行く。そのために付いた呼び名だ。
「精が出ますねぇ」
 荷台に載せられた死体の数は、少なく見積もっても五・六人だ。また小競り合いでもあったのだろう。
「しかし今砂漠に入ったって、暗くて見えねぇのにな」
 振り返った荒野は、今も鈍い西日に照らされているが、完全に闇に飲み込まれるのはもうすぐだ。そうなると、街の明かりの差さない荒野は、闇に飲み込まれる。
「わかってないですね。日中に砂漠に出たら、乾物屋が乾物になるようなものじゃないですか」
 実際、ハートランドからの徒歩で帰ってきた二人は、荒野の灼熱を体感している。向こうを出発する前に購入した水は、すでに空になり、容器は砂漠に投げ捨ててきた。
「あ、そっか」
 第三次世界大戦は、地球温暖化と戦う世界に、更なる代償を残した。
 各国主要都市は壊滅状態。戦死者の数は数十億人と言われる。正式な計算ができないのは、その時核被爆地は精密器機が一斉に破壊され、また爆心地の人間は蒸発するようにして吹き飛んだといわれているためだ。そしてその後の急激な大気汚染による、黒い雨は地表をさらに汚した。
 そして太陽が姿を消した。
 正確には消えてはいない。だがオゾン層すら覆い尽くす穢れた大気は太陽光を押しとどめた。
 結果起こったのは地球寒冷化現象。それまでの逆だ。
 それにより引き起こされたのは、凶作。太陽の恵みを得られず、食物は育たなくなった。そして大気汚染が引き起こす、酸の雨が植物を枯らす。
 それがさらに人類を殺した。力ある物だけが、食べることが出来る人間だけが生き残れた。あの恐ろしい第三次世界大戦に巻き込まれなかった人間は、次々に死んで行ったのだ。
 その寒冷化現象は大戦直後から百年は続き、後の百年程で緩やかなものとなったが、その傷痕は今もはっきりと残されている。
「だからいつも夜に乾物屋が捕まらないのか。前に探したけど、見つからないから始末屋呼んだら、高くついてさぁ」
「始末屋は高いですよ。邪魔にならない場所に寄せておいて、朝一で捕まえたほうが安上がりですよ」
 始末屋は文字通り、死体を始末してくれる人間だ。だが引き取った死体を焼却するため、それなりのコストがかかるため、始末料も高い。
「なるほど。今度はそうするよ」
 そんな物騒な会話を繰り広げつつ、ようやく二人は街にたどり着いた。
 犯罪都市・デッドシティへと。
 ここは第三次世界大戦でミサイル攻撃を受けた地域に近い。核保有国ではなかったが、かつて日本と呼ばれていたこの国は、いくつかの国からどさくさに紛れて攻撃を受けた。自衛隊は迎撃に出たが、完全なものとはならず、国土の一部は焦土と化した。その焦土と化したのは首都・東京。国の中枢を一度に失い、国家としての機能を失った。
 また日本の頼みの綱だったはずのアメリカ合衆国は、各国から核ミサイル攻撃を受けてほぼ壊滅状態。大気汚染濃度が最も酷く、今も人類生存は不可能とまで言われている。世界は混迷し、その秩序は乱された。
 そして抗えない自然の驚異。救いようのない愚かな戦争を行った人間へと罰であるかのように、世界は食糧危機に見舞われた。当時の日本も輸入に頼りすぎ、国内自給率が低下していたため、当然その食糧危機は流通が停止した都市部の人間を襲った。皮肉な事に、地方の農村部の人間は自分たちが食べるために、都市部への流通を止めたのだ。それは結局国の中枢を失い、さらには地方の中枢をも失う結果となった。
 数百年の混迷の時代が過ぎたころ、人類は新たな壁に行き当たる。
 水。
 そう水質汚染は深刻化し、雨水は皮膚に長時間付着していただけで、炎症を起こす程に酸性が強い。
 そんな水では植物は育たず、枯れ行くだけ。
 そして人間もそれは同じ。
 人々は水を求め、それがいつしか小競り合いに発展し、そしていつしかそれが火種となる。
 まったく度し難く、永遠に戦争に取り付かれた人間は、またもや戦争を始めることになったのだ。
 そして国名が変わる。
 第三次世界大戦で破壊された国境を逆手に取り領土を拡大し、水源地を奪い取ろうとする手口には呆れるが、水の不足は深刻だった。
 また水の水道浄化施設を持つ都市、国家はその略奪の対象となる。かつて日本と呼ばれたこの国は、その最たる場所だった。
 水資源が豊かでそして水道浄化施設の整備が整っている。一部の砂漠化減少は避けられないものの、それでも全体的に見ると夢のような土地だった。
 また他国に比べると、土壌汚染の割合が少なく、大気汚染の濃度も低い。この時代においては、まさに理想郷となっていた。
 そしてその理想郷、旧日本とも呼ばれるリンクレンツ共和国には、大量の移民が流れ込んできた。それはもうリンクレンツ共和国政府が対処しきれないほどだ。旧中国・旧ロシア・壊滅したアメリカ。旧イギリス、旧ドイツ………国名が改名されている理由は、第三次世界大戦以降、領土拡大の戦争が起こり、それに勝利したのち、国名が変更されているためである。
 そして生きて行くためには、リンクレンツ共和国へ行くしかないと決意した移民たちが、あまりにも大量に押し寄せた結果、人口は増加したが、人種的には混血が進むこことなる。
 デッドシティと呼ばれるこの一画は、規模にしてはさほど大きなものではない。推定人口一万人程度。そのうちの八千人以上はなんからの犯罪に関わった事のある犯罪者。
 ゆえにここは犯罪都市・デッドシティと呼ばれるようになったのだ。

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#裏社会 #バイオレンス #ハードボイルド #遠未来


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