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非常勤講師(兼任講師)について

大学や専門学校には、「非常勤講師」あるいは「兼任講師」と呼ばれる教員がいます。それぞれ「常勤講師」「専任講師」との対義語で、非正規雇用で基本的には授業に関わる業務のみを行う教員のことです。したがって、入試業務や学生の進路指導などにも関わらないほか、それに随伴して生じる様々な書類仕事=「クソどうでもいい仕事(bullshit jobs)」(D・グレーバー)とは少しだけ距離があります(専任教員と「クソどうでもいい仕事」の関連については、次回書きます)。

①非常勤講師の歴史

非常勤講師の歴史について、まずは確認しましょう。孫引きになりますが、ジャーナリストの田中圭太郎氏によると、

非常勤講師は、戦前、私立大学ができたときに生まれた役割・制度だと言われている。旧制大学に移行する前の、旧制専門学校の頃から、早稲田と慶應以外のほとんどの大学では専任の教員がいなかったため、帝国大学の教授を非常勤講師として招いた。(『大学の誕生』(上・下)天野郁夫著・中公新書)

私立大学ができた当初からという点で、歴史は古い。当初は人員の不足から非常勤講師を招いたようですね。しかし、「人員の不足」とともに「人件費」の問題が生じます。田中さんは続けます。

戦後、文部省は私立大学の設置を次々と認可した。私立大学は予算がないので、専任教員よりも非常勤講師を多く雇用し、人件費高騰を防いだ。
その後、1991年に当時の文部省が「大学設置基準等の大綱化」により、大学の設置基準を簡素化した。一般教育科目、専門教育科目、外国語科目などの開設が義務ではなくなり、多くの大学は教養や語学の授業を削減。また、兼任の教員の合計が、全教員数の半分を超えないようにする制限規定も廃止された。その結果、専任の教員になれる人の数は極端に減ってしまったのだ。
さらに1995年に経団連が発表した「新たな日本的雇用」の方針によって、日本全体に非正規雇用が増えたことはご承知の通り。いまでは非正規雇用は全労働者の約4割に及んでいる。大学もまたしかりだが、大学教員は非常勤が占める割合がさらに高く、半分を超えている。このようにして非常勤講師の「専業化」が進み、身分と収入が固定化されてしまったのだ。(以上、田中圭太郎「早稲田大学で起こった「非常勤講師雇い止め紛争」その内幕」

大学にもよりますが、専任教員には、1000万円前後の給料が支払われます。もちろんそんな給料を全員に支払うことはできませんし、それよりも、学生を集めるための宣伝・広告費に予算を回したいのが現状でしょう。

法律改正による雇用形態の変更と少子高齢化など複合的な現象のなかで、非常勤講師はますます増えるとともに、専任教員との格差も拡大しています。

②それでも院生は非常勤講師をめざす――その理由

ただし、非常勤講師が非常に危うい立場であることを知りながらも、大学院に進むと「非常勤講師になりたい!」という気持ちが生じます。「研究者」になりたいという欲望の中には、少なからず「教員」になりたいという欲望も含まれています。また、当然と言えば当然ですが、教育歴は、教員として採用される際に重要な判断材料になります。したがって、非常勤講師になることは、研究者・教員への第一歩なのです。

③どうやって非常勤講師になるのか?――コネと公募

大学院の博士後期課程(いわゆる博士課程)に進学して、僕は思いました。「非常勤講師にどうやってなるんだ?」。博士前期課程(修士課程)は研究者として未熟も未熟なので、その時は「非常勤講師になりたい」という不遜な欲望はありませんでしたが、博士後期課程院生は、未熟ながらも研究者の卵です。それに、色々な著書を読み、「〇〇大学非常勤講師などを経て、△△大学助教授、その後、現職」みたいな著者経歴を見ると、まずは非常勤講師になりたい!と思うわけでした。

では、実際にどうやって非常勤講師の職に就くのでしょうか。答えはズバリ「コネクション(コネ)」です。年度末が近づく12~1月くらいになると、先輩や自分の大学の先生、知り合いの他大学の先生から、「✕✕大学で非常勤の話あるけど、どう?」という形で声がかかります。その後、大学に履歴書や研究業績書などの書類を送り、だいたい採用されます。3月中には来年度のシラバスを書きます。

「コネ」と聞くと「おいおい大丈夫かよ……」という気持ちになりますが、コネがあるということは、もちろん、その人の専門領域や研究・教育の実力が知られているということです。「この人なら大丈夫だろう」という信頼があるからこそ、決まります。

その他、非常勤講師にも、公募があります。”イノベーション創出を担う研究人材のためのキャリア支援ポータルサイト”「JREC-IN Portal」など、教員の公募情報が載ったサイトから書類を作成して、応募します。ただし(これは専任の場合に多いですが)、コネで決まる場合も実は形式上「公募」という形を取ることもあります。この場合は、「この人に内々定しているけども、もしかするとこの人以上に適任な人がいるかも」的な思惑が働いている、と言われています。

④コネを得る方法

コネを得るには、顔と実力を知られる必要があります。したがって、学内のゼミや勉強会に単に顔を出したり、学会などの場で単に名刺を渡すよりも、それぞれの場できちんと報告をしたり、論文を投稿したりして、顔と実力を知られることが、一番の近道です。つまり、結局のところ、真剣に研究し、自分の研究を他者に伝える努力と機会を惜しまないことが大切です。

また、博士後期課程になると、論文集の発行など、所属する研究科内の雑務が任されます。そういった雑務に真剣に取り組むことも、先生方とのコネと信頼を得る機会になります。

おわりに

色々と書いてきましたが、以上はあくまでも私の経験則であり、例外はあると思います。また、私自身は博士後期課程に入学後、1~3年目は結構学内外の学会で発表・報告や論文投稿をしていましたが、4~6年目は論文投稿を中心にしていました(私の場合、学会報告→論文投稿というスムーズな形がどうも苦手だったことが原因です)。理想的には、毎年何本も学会報告をしてアイデアを提示し、そのアイデアを基に論文を執筆、掲載させることが非常勤講師、さらには専任教員になる一番の近道なのでしょう。しかし現実的には、自分のリズムを探りながら地道に研究を続けることが大事なのだと思います。

ただしその際注意することは、研究を続けるだけでなく発表の機会を大切にすることです。研究はコミュニケーションです。自戒を込めて言いますが、いくら研究をしても「他者」(研究者、学界)に認められなければ、それは単なる「自己満足」です。したがって、「学界」という場を軽視して、閉じこもってしまうと、仕事は得られません。気づくのが遅かったですが、今後は私も研究の場を大切にしていきたいと考えています。

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