公立沖縄北部医療センターは絶対失敗する 4
(写真は沖縄県のホームパージから)
http://www.hosp.pref.okinawa.jp/hokubu/north-medical/
沖縄本島北部で設置が検討されている(決定した?)公立沖縄北部医療センターについて、次のような構成で駄文を書いてみます。
と言っても約20,000字という社会科学系の卒論並みのボリュームになったので、適当なところで切り分けながら載せていきます。
1 はじめに
2 沖縄北部医療センターの成功と失敗
(1) 診療についての成功要求はとても高い
(2) 経営では、基準内繰入で黒字ならOKとする。でも厳しいだろう。
3 現在の計画の概要
4 医療提供の可能性
(1) 必要な医療職の数
①必要な医師数
②看護師その他の医療職の必要数
(2) 医療職確保の見込み
①医師の確保の見込み
②看護師確保の見込み
③他の医療職の確保の見込み
5 将来の経営見込み
(1) 収支見込みと問題点
(2) 運営及び経営の能力とガバナンスの問題
6 市町村や県の財政への影響
7 何が問題だったか、どうすればよいか
(1)何が問題だったんだろう
(2)どうすれば良いんだろう
4 医療提供の可能性
(1) 必要な医療職の数
医療は、医師を始めとする医療関係者が建物や機器を使って提供するものなので、どんな高い目標を立てて立派な施設や最新の設備を整備しても、人がいないと医療提供はできない。
今回の議論にあたって、基本計画では職員の確保に努めることが記載されているが、具体的な必要人数の記載はなく、いったいどれだけのスタッフを確保しようとしているのかが見えてこない。また協議会や幹事会、医療機能部会などの記録も見たが、やはり必要な医療職の数はわからなかった。
①必要な医師数
令和3年8月13日に開催された令和3年度第2回医療機能部会では、「医師については、どの診療科にどれぐらいの医師が必要で、どうやって確保していくか、別で議論していく必要があるのでは」(同部会議事要旨)との議論があり、これに対して令和3年10月20日開催の令和3年度第4回医療機能部会では、「ア 医師人員数の試算において、脳神経外科医の人員数が少なく、現実的な数字ではない」(同部会議事要旨)との発言があることから、この部会で具体的な数字が示されたと思われるが、資料が公開されていないので、外部からは明らかでない。県の担当課によると、医療機能部会では示されているが、会議が非公開なので資料も公開していないとのことだった。よくわからないけど。
また、令和3年9月8日開催の第3回医療機能部会では、琉球大学病院地域医療教育センター(仮称)との関連で、指揮命令系統などについての質疑がされており、同センターの医師による診療についても明らかになっていない。
病院での医師数は、ベッド数よりも診療科の数と救急や外来の体制によって考えないといけない。例えば第3回部会で指摘された脳神経外科医の数については、外来と通常の予定入院手術だけなら3人程度でも良いと思われるが、24時間救急に対応するのであれば、5人でも最低月6回の夜勤やオンコールでの対応が必要になるので、試算にあたってはこれらを踏まえて検討する必要がある。
また、今回計画されている放射線治療科については、相当の経験がある医師が専門的に対応することで診療報酬が算定されるので、放射線検査科とは別に算定する必要があるなど、行おうとしている診療内容によって、必要となる医師の数は変わってくる。必要な医師数については、このような状況を細かく勘案して考える必要がある。
②看護師その他の医療職の必要数
一方、看護師については病床数と夜勤体制が基本になる。急性期入院基本料Ⅰで7対1看護体制とするなら、最低でも病棟の病床数÷7以上×病棟数の看護師数が必要になる。また、ICUや救命救急センターなどではさらに多くの看護師が必要になるため、これらを踏まえた看護師数を検討して確保に努める必要がある。
薬剤師や臨床放射線技師、臨床検査技師などの医療技術職については、医師と同様に診療体制に応じて考える必要がある。夜間救急を行うなら、その時間帯に必要な職員が交代制で勤務できるような職員数を検討しないといけない。医療安全や迅速な救急対応の視点からは、夜間であっても複数配置の体制が望まれるので、確保の可能性と必要となる給与の両方から体制を検討して、職員を確保することを考えないといけない。
もう一つの視点として、看護師については夜勤可能な看護師数という要素がある。県立病院の看護師数はすべての看護師が夜勤に対応できることを前提としているが、実際には本人の体調や家庭の事情などで夜勤ができない看護師がおり、これによって休床や休棟が発生する。また女性が多い看護師は、産休や育休などで休む場面が多いため、これにも見込んだ看護師数を確保する必要がある。
これらのことを考えると、看護師の確保は非常にハードルが高いこととなる。
(2) 医療職確保の見込み
①医師の確保の見込み
必要な医師の数が明らかでない中でのあくまでも個人的な意見だが、必要な数と診療科の医師の確保は難しい、もしくは不可能だと考えている。まず、医師の不足や偏在は日本全国の問題であり、北部地域だからということではない。大学病院ですら初期研修医が募集人数をフルマッチングできない状況で、首都圏を中心として都市部に初期研修医や医師が集中しており、新築の病院ができたからと言って医師が集まると考えるのは余りにも楽観的だ。
診療科の中で全国的に医師が不足していると言われるのは、小児科と産科で、少子化が進む中で将来的に患者の減が見込まれる一方で、訴訟リスクが多いとされることから、志望する医師が減っていると言われている。北部地域においても、分娩が可能な医療施設は北部病院だけで、特に地域での産科を求める地域の声は高いと思われるが、医師の確保は容易ではないだろう。
外科系の医師も全国で不足していると言われている。手技が高度化複雑化している中で手術の時間も長くなりがちで、また術後の管理も求められることから拘束時間が長く、以前は花形と言われたが最近はそうでもなく、大学医局でも医師の確保は課題となっている。
外科系の医師は手技を高めさらに維持するために、勤務先については症例数を意識して決めると言われており、相当の症例数が見込めない病院は避ける傾向がある。以前、病院事業局県立病院課在職中の医師が、沖縄県議会での質疑で「脳外科や心臓血管外科などの医師は、手技の維持のためにも年間100症例が必要と思われる」と答えている。24時間365日の救急対応も含めると5人程度の医師が必要となると思われる沖縄北部医療センターでは、年間500症例が目安となるが、これだけの症例があるかというと疑問であり、この点からもこれらの診療科の医師が確保できるか疑問である。
(《国民の皆様へ》20年後、消化器外科医が半減します...「胃がんや大腸がんなどの《命にかかわる手術》が受けられなくなる」というヤバすぎる現実
https://gendai.media/articles/-/132429)
逆に言えば、相当の症例をこなさないと医師の技量が落ちるということであり、医療の安全性の面からもこれらの診療科では可能な限り医師を集約することが、医師にとっても患者にとっても有効だ。このため他の都道府県においては、県内で一か所の脳血管センターや循環器センターを作り、症例を集約化して医師の確保と働き方の改善を図る動きがある。
産科においても、出産時には脳出血などの難しい事態が発生することもあり、他の診療科がそろっているところで出産する体制にした方が、母体にも新生児にも安全だと思われる。
私としては厳しいと予想する医師の確保について、令和3年3月に公立沖縄北部医療センター整備協議会が公表した「公立沖縄北部医療センター基本構想」では、いくつかの医師確保策を挙げている。
確保策として、まず統合される北部病院と医師会病院からの医師の転籍を上げている。令和4年2月の協議会では転籍希望調査の結果が公表されており、これによると、回答があった医師37人のうち、転籍を希望するのは29.7%(11人)、条件によって転籍が18.9%(7人)、派遣期間中に検討としたのが8.1%(3人)、派遣後他の県立を希望としたのが10.3%(4人)で、開院後3年間に確保できる見込みは67.6%と報告している。故意に人数ではなくて割合で示したかはわからないが、医師は割合ではないので実人数にすると24人に過ぎない。
https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/217/01.pdf
基本構想に医療機能に必要とされる医師数が書かれていない(このことが書かれないまま議論されていることの方が驚きだが)ため、これでどれだけの医師が充足されるかわからないが、令和3年6月1日現在の北部病院の医師数が51名(県立病院ビジョン:https://byoinjigyokyoku.pref.okinawa.jp/userfiles/files/about/vision/bijon01_04.pdf)とされていることからすると、最低でも100人程度、さらに医療の充実を織り込んでいることを考えると110人程度は必要と見込まれることから、現在勤務している医師からは、開院時には必要な医師数のわずか4分の1以下しか確保できないこととなる。さらに県立病院からの派遣が想定される医師のうち、4人は派遣期間が終了したら県立病院に戻る意向を示しているため、3年が経過すると20人しか残る可能性がないこととなる。
そのほかの確保策としては、新規職員の採用として「公立沖縄北部医療センターは、2つの病院の統合により450床程度の病院となることから、症例数の豊富さ及び指導体制の充実が図られ、医師のキャリア形成につながる病院が整備されます。これにより「病院の魅力」(医師確保の優位性)が高まることを活用し、医師を計画的に採用していきます。」としているが、これも疑問だ。
450床の病院になると言っても、現在の北部病院の稼働病床257床と医師会病院の稼働病床236床合わせて493床からは病床数が減ることとなる。診療科についても上に書いたように新たに増えるのはがん関係だけなので、症例が劇的に豊富になるとは考えられない。また、指導体制については琉球大学病院地域医療教育センター(仮称)の設置を念頭に置いていると思われるが、こちらがどのような指導体制になるのかは未定だし、初期研修医の指導体制についてはそもそも上級の指導医が確保できて初めてのことなので、どれだけ「指導体制の充実が図られ」るかはわからない。従って医師確保の優位性がどうなるのかは、開けてみないとわからない。
既に首都圏を中心に研修体制が充実して症例も多い病院が多数あり、そこに研修希望が殺到している状況の中で、はたしてこの程度のことが優位性と言えるか、医師の率直な意見を聞く必要があるのではないだろうか。
その他に、自治医大卒業医師を上げているが、こちらは年2~3人で他の離島病院や診療所にも派遣しないといけない。また、琉球大学医学部の地域枠医師養成事業の医師60人~70人のうち3分の1を公立北部病院に配置するとしているが、これらの医師の義務年限は4年なので、3分の1を派遣したとしても20人程度しか期待できないのではないか。
このようなことを考えると、少なくとも開院時に必要な医師を確保することは極めて厳しいだろう。機能部会においても「開院時に人員確保が可能と予想ができるのか。人員不足は目に見えている状況ではないのか」という疑義が出され、事務局は「人事確保するための方策はある。人数を早めに固めて開院時に不足する人数については方策で埋めていく必要がある」と回答している。どんな方策があるのかその方策で埋められるのか、個人的には甚だ疑問で、それができるなら今のうちに北部病院での医師確保を進めた方が良いのではないだろうか。
医師確保については、機能部会でも沖縄北部医療センター開院時には転籍する条件で、今のうちに医師を採用したらどうか、との意見が出されているが、技術的にはかなり難しい。まず、開院後の給与体系を決めないといけないし、仮にそれが北部病院と異なる場合には、一つの病院で同じ仕事をする医師に二つの給与体系ができることになるので、同一業務同一給の原則に反することになる。同じことは医師会病院で採用する場合にも当てはまるし、医師だけでなく看護師なども同様だ。
令和4年度第2回医療機能部会議事要旨https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/215/r4_summary2ndmeeting.pdf
②看護師確保の見込み
病院において、看護師は最大勢力の医療職だ。そして、病棟の機能と病床数に応じて必要な看護師数が決まるので、看護師が確保できないと直ちに休床や休棟につながり、入院患者が減って収益に影響を与えることとなるが、その看護師の確保についても、ひじょうに厳しいものがあるだろう。
上にあげた令和4年2月の協議会で示された転籍希望調査によると、看護職については全回答数282人のうち転籍を希望するのは、13.5%(28人)、条件によって転籍が33.0%(93人)、派遣期間中に検討としたのが13.8%(39人)、派遣後他の県立を希望としたのが12.4%(35人)で、開院後3年間に確保できる見込みは72.7%(195人)と報告されている。
内容では、北部病院が139人中の59%を見込んでいるが、転籍が1人、条件により転籍が6人で、派遣中に検討が39人、派遣後は他の県立病院が35人と、転籍に前向きな看護職が少ないのに対して、医師会病院は、転籍が36人、条件により転籍が87人と転籍に前向きな回答が多くなっている。
これは至極当然のことで、北部病院に勤務する看護職の多く(7~8割程度?)は中南部に生活の拠点があり、県立病院間の人事異動で北部病院に勤務している。このため、北部病院で県職員として勤務する必要がなくなれば、当然に他の県立病院に異動すると考えているだろう。
また、令和4年11月9日に開催された第2回整備協議会の参考資料2によると、看護職の給与は、北部病院を100とした場合医師会病院は83と低くなっており、派遣中や転籍後の給与の見込みが示されないと看護師の意向をしっかり把握することは難しいだろう。
いずれにしても、生活と給与の両面から、北部病院の看護師については多くが転籍を希望しないと考えることが適当で、仮に開院3年間を派遣で乗り切っても、その後の看護師の確保は極めて厳しいと考える必要がある。
また、基本協定書では「財団法人の給与、勤務時間その他の労働条件は、医師会病院の労働条件を適用するものとする。」(第11条)としており、県立に比較して低い給与水準で、開院4年目以降において必要な看護師が確保できるか、慎重に考える必要がある。
③他の医療職の確保の見込み
他の医療職のうち、薬剤師については給与の差はほとんどないが、北部病院の職員については、こちらも生活の本拠が中南部にある者が多いので、転籍は厳しいと考えられる。薬剤師以外の医療技術職については、給与水準が北部病院の100に対して医師会病院は80となっており、転籍はさらに厳しいだろう。実際に令和4年2月の意向調査では、薬剤師も含めた医療技術職で開院時に継続勤務が見込まれるのは48人の回答中54.2%(26人)に過ぎない。(転籍は1人)
これに対して、医師会病院の職員は、110人の回答中90.9%の100人が転籍又は条件により転籍と回答している。こちらには北部病院の給与水準などが伝わって期待を持っている可能性もある。
④まとめ
これまでのことから考えると、開院時に450床を90%の病床稼働率で運用するのに必要な医療職を確保することは非常に難しいと思われる。
協議会や機能部会などでは回答者をもっと増やすようにしたらどうかとの意見がみられるが、そもそも回答しない職員は転籍を希望していないだろうし、医局派遣の医師などは回答できる立場にない。従って、意向調査の回答の結果が、確保できる医療職のほぼすべてだと考えても大きな間違いではないだろう。
大雑把に計算すれば、医師は45人プラスαで必要な数の4~5割程度、看護師が200人プラスαで必要な数の4割程度、医療技術職が130人プラスαで必要数の7割程度だろうと予想される。
病床などの病院機能に大きく影響するのは看護師数なので、外来対応や高度急性期対応の7対1看護配置を考えると稼働可能な病床数は450床の約3割の150床前後と考えることが見込まれるだろう。そうなると、給与費は見込みの5割程度になるが、医業収益は4割を下回ることが見込まれるので、経営的には大きな赤字が予想される。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?