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その2:盈進流稽古法(2)

 戦後、昭和27年(1952)10月、剣道は「競技剣道」として再出発した。そのためにどうしても試合の勝ち負けが中心の話題になり、健康や体力の保持増進、精神の鍛錬(不動心や平常心)、日本人としての礼儀作法の励行等が疎かになってしまった。まあ70年近く過ぎたのだから仕方ないのかもしれないが、日本人が本来持っている「心」を忘れてはならないと思っている。私は6歳の時に剣道を始め、64年間剣道界をつぶさに見てきたからそういうふうに感じるのかもしれない。

 その一つの原因は、「日本剣道形(以下、「形」)」の軽視にあると思う。「「形」は審査の時に必要なだけで、普段の稽古には関係ない」と多くの剣士が思っているからだ。では、本当に必要ないのだろうか。因みに、羽生の興武館では、父は小学生にも「形」を教えていた。

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 「形」は大正元年(1912)に制定された。江戸時代末期には500を超える流派があったと言われ、それぞれの流派には形があった。制定には明治から大正にかけての代表的剣士によって技を選び出し、太刀七本、小太刀三本に新しく組み立てられている。ただし、どの流派の形から選んだかということは明らかにされていない。

 興武館では以前から「形」の他に古流の形を修錬している。第二代館長は、「古流は剣道の原点だから大いに修錬すると良い剣道になる」と奨励した。現在は、一刀流溝口派(左右転化出身之秘太刀)、一刀流中西派(五行の形)、そして鞍馬流の形を希望者に教えている。

 「形」及び古流を修錬することは、直線的な競技剣道と異なり、打太刀が打ち込む技に対して、擦り上げ・返し・抜いて応じる方法を学ぶ(溝口派は打太刀と仕太刀が逆)。さらにその応じる瞬間の足捌きや体捌きが重要になる。同じように見える応じ方でも足捌きや体捌きを間違えると刃筋が立たない。擦り上げ技は鎬を利用するので、正しく擦り上げないと凄まじい音が出る。また小太刀の受け流しは足捌きが重要で、もし刀ならば刃と刃がぶつかって刃こぼれし、ノコギリのようになってしまうだろう。

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 競技剣道は、定められた部位を自由に打ち合うことが原則となっている。そのために、打突部位に当てることが主眼となり、どんな格好をしてでも当たればいいし、逆にどんな格好をしてでも打たせなければいいのだとなる。指導者の方も勝たせることが良い指導者で、負けた方の指導者はボロクソである。試合となると世間の目があるから選手も指導者も大変だ。

 稽古でも、パワーやスピードといった運動能力は年齢が高くなればなるほど低下してくるので、元気な若者を相手にすると不覚を取ることがある。

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 今年3月からのコロナ禍の中、「形」や古流の稽古を通して気が付いたことがある。形稽古は正しい技の反復だから稽古を積めば積むほど技は正確になり、パワーやスピードが持ち味の若い剣士に対しても遜色なく稽古ができるようになる、という確信である。つまり形稽古を積む間に、相手がいつ打って来るのか、どこを打ってくるのかという眼が養われる。これが「一眼二足三胆力四力」の第一に挙げられる所以である。これは柳生新陰流開祖柳生但馬守宗矩の書にある言葉である。本当に奥が深い。

「二足」は足捌きのことである。例えば、相手の面に対して「擦り上げ面」を行う足捌きと、「返し胴」や「抜き胴」を行う足捌きは異なる。前者は「開き足」、後者は「送り足」である。これを間違えると刃筋が立たなくなってしまう。特に分かりやすいのは、「形」の小太刀三本はすべて「開き足」である。

 次に、「形」も古流の形も打太刀が打ってくるのを待って応じようとすると遅れを取ってしまう。技を成功させるには、常に「先を取る」ことが大切である。「先を取る」とは、常に攻めているということである。相手の打突に対して待って対応するのではなく、いつでも打突できる態勢を保ちながら、五感のすべてを相手の一挙手一投足に集中させて構えて置くことが「形」や古流を稽古する上で最も大切である。その様な心構えを常に保持して置くことが「三胆」ということで、ここで不動心や平常心が養われるのである。

 最後は「四力」だが、相手を打突するためには打撃力が必要である。ただし力一杯打っても意味がない。この打撃の技は何が重要かというと手の内である。これは瞬間的なものであり、打った瞬間に茶巾絞りに絞ると同時に「テコの応用」で右手は押し手、左手は引き手で打つのである。木刀や模擬刀で相手を打つことはできないが、「形」ならばそれができる。そういう打ちができるようになると、打たれた側は気持ちよく感じる。 

ところが、打たれて涙が出るような痛い打ちというのは手の内が締まっていない。これを養うのが「形」であり、古流の稽古なのである。また一人で素振りをする時もいろいろな技を念頭において稽古するとより効果的だ。

 初心者の頃は強く打てばよいと考えがちなので、面でも小手でも打たせると痺れるような打ちが多い。これらは基本稽古をたくさん積み、形の稽古を積むことにより改善されるであろう。初心者のために「木刀による剣道基本技稽古法」を作ったのはそのためである。

 

 最後に、「日本剣道形」は古流の形の集大成である。よって「日本剣道形」を修錬することは、江戸時代から伝わる剣道の技の歴史を学ぶことに繋がることを忘れてはならない。

2020年8月16日
於松籟庵

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