【ジョジョnote】第5部考察 構成編 ジョルノ・ジョバァーナ その①
1-1. ジョルノ・ジョバァーナという人物
言わずとしれた本作の主人公、ジョルノ・ジョバァーナ(Giorno Giovanna)。
第5部が始まったときジョルノの設定をまとめると、こうなるだろう。
主人公としては申し分ない始まりである。
しかしながら…第5部を読んでいるときに、次のようなことを感じたことはないだろうか?
・ジョルノって、ジョジョの主人公の中では影が薄い気がする…
・ジョルノって、あまり人間味を感じない…
・ジョルノにあまり感情移入できない…
そこで構成編では、第5部を読み解く端緒として、
「主人公 ジョルノ・ジョバァーナ」という人間の読み解きから始め、
荒木先生はどういった人物を第5部の主人公に据えようとしたのかを考察していきたい。
そして、この考察を通して、ジョルノに対して抱く疑問・違和感が氷解することを目指していく。
1-2. ジョルノを読み解く3つのポイント
ジョルノを読み解く上では、次の3つの軸で考えることが重要だと思う。
① 二重性
② プリンス
③ 戦う理由
前者2つは、ジョルノというキャラクターを構成する要素として、
あまり語られていない部分であり、本考察で細かく光を当てていく。
3つ目の「戦う理由」は、ジョルノがそれまでのジョジョたちと比べてどれだけ異質なのか?そして、人間味や感情移入などの問題が生じる原因について考える起点となる。
1-3. ジョルノの「名前がもつ二重性」
そもそも、「汐華初流乃」と「ジョルノ・ジョバァーナ」という2つの名前を持つだけでも異質な主人公であるジョルノ。
「2つあるから二重だ!」という話ではなくて、
なぜ2つの名前を持つのか、2つの名前を持つことでどんな意味が生まれているのか?を考えていく。
① 汐華初流乃
[信憑度: B (それっぽい! 推測)]
汐 = 潮で、波の満ち引きを表している。
(ちなみに、潮 = 「朝のしお」、汐 = 「夕方のしお」という意味だそうです)
「汐」や「流」という言葉は、生命の流れや「波紋」にまつわる言葉であり、
彼がジョースターの血統の中にいることを端的に表している。
また、「初」は生命の始まり、「華」は成長・生命の結実を表している。
JOJOVELLERのSTANDSの本の「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」の項での荒木先生のコメントにはこうある。
「あとは成長して花開いたというか…だから頭も開いちゃってるのかな(笑)」
さらに、「乃」という漢字。
これはもちろん、しょるの → Giornoにつなげるためのただの当て字、という側面もあるだろう。
しかし、「乃」という漢字の成り立ちが『弓の弦をはずして緩く垂れている形』であることを考慮すると、「矢」につながる言葉であることが推測される。
② Giorno Giovanna
[信頼度: B (それっぽい! 推測)]
一方、イタリア名であるジョルノ・ジョバァーナはどうだろうか?
まずGiornoは、「ボン・ジョルノ!(Buon giorno!)= おはよう」という意味からもわかるように、「day」を意味する「日」だ。
「sun」の方の「日」は「sole」という別の言葉になる。
だが、思い出してみてほしい。
ジョジョの主人公には、略して「ジョ・ジョ」になる制約があることを。
そう考えると、太陽 → sun → 日 → day → giorno という連想で、 「ジョ・ジョ」の制約を突破できるわけだから、荒木先生がGiornoという名前に「太陽」の意味を含めたと考えることは妥当な推測といえるだろう。
ジョルノのモチーフがてんとう虫であることも、
ジョルノに太陽という要素が含まれていることを示唆している。
では、Giovannaはどうだろうか?
1つ目のポイントは、先程の 「ジョ・ジョ」の制約を突破するための名前ということだ。
2つ目のポイント…に行く前に、ここで一度「Dio」との比較を済ませておこう。
③ 父親「Dio」との比較
[信頼度: B (それっぽい! 推測)]
ジョルノの父親「Dio」の特徴は、次の2つに集約するだろう。
・石仮面で不死身になった吸血鬼
・スタンド「世界(ザ・ワールド)」 = 時を止める
これらは、「死・生命の停止」のモチーフが含まれている。
もう少し踏み込んで考察すれば、第4部からは作品内でのスタンドという概念への洞察が深まっていった。チョコラータ戦でのジョルノの言葉を借りれば、
「スタンド能力は ある意味 その本体の無意識の才能」である。
第3部までのジョジョの世界観で考えると、Dioは世界を支配することを目指していて、その野望が「世界」という能力名に体現されていて、「時を止める」ことで実際に支配していた。
一方で、スタンド能力に本人の性質や無意識などが投影されていると考えると、違った角度から再解釈することもできる。
Dioは「不死身のアンデット = 死」であり、「生き物としての時間が止まっている = 停止」。死んでいるのにスタンド能力を持っていること自体がかなり異常なことであり、こうしたDio自身の「死・停止」という性質が、「時を止める」という能力に反映されている。
一方のジョルノはどうだろうか?
まず、Dioが克服できなかった、「波紋」「太陽」という要素を名前に取り込んでいる。
つまり、ジョルノは「波紋と太陽を克服したDioの血統」なのだ。
さらに、
無生物から生命を創り出すという能力は、言い換えれば「生命の時間を動かしはじめる」能力だ。
また、
・樹木に生命エネルギーを与えて老化を加速する(ブラック・サバス戦)
・身体のパーツを創り出して、治療する
これらも言い換えれば、「生命にエネルギーを与えて、時間的な連続性を与える」能力といえる。
ブチャラティがゾンビ化したのも、ゴールド・エクスペリエンスが持つ時間的な性質も踏まえ、「蘇生はできないけど、人生のアディショナルタイムを与えることはできた」と考えると納得がいきやすい(ゾンビ化問題は後ほど考察)。
このように、Dioとジョルノは極めて対照的な存在である。
「死」と「生命」が対照的なのはもちろんのこと、「停止」と「始動」という時間的な要素についても対照的なのだ。
こういった理由から、
「実は各部のラスボスだけでなく、主人公の能力も時間にまつわるもの」
というのが僕の持論である。
④ ジョルノが持つ「中性的・女性的な要素」
[信頼度: A (確からしい! 出典あり)]
先程中断した、Giovannaの話に戻ろう。
このGiovannaという名前は、本来はジョバンナと発音する女性の名前だ。
男性ならGiovanni(ジョバンニ)となる。
これは、単純に しおばな → ジョバァーナ という言葉遊びだけが理由だろうか?
ここで第5部の特徴を振り返ってみると、それまでの筋骨隆々とした「北斗の拳」的なビジュアルと比べて、かなり中性的、ないしは女性的になり、スラッとしたイケメンが揃っている。
この点については、JOJOVELLERのHISTORY本に荒木先生へのインタビューがある。(149-150ページ)
それによれば、第5部ではビジュアル面で挑戦していて、それまでの真っ黒な太眉から、細眉を描くことにしたそうだ。
さらに、中性的なファッションも取り入れていて、ブチャラティの髪型は荒木先生本人からみても女性の髪型らしい。
この、女性的・中性的な要素については、当時の担当編集である関谷氏へのインタビューも興味深い(HISTORY 69-70ページ)。
氏によれば、第5部の構想段階で、「主人公を女性にする」という案があったらしい。その案自体は第6部の空条徐倫という形で実現するわけだが、「汐華初流乃」という名前や、「生命を生み出す」という能力に女性的なモチーフが名残として見られる。男性に見えて実は女性でした…的な案もあったそうだ。
こうした女性的という観点からみると、ナランチャにもその名残が見られる。
ナランチャはイタリアの古い言葉で「オレンジ」を意味している。
現代の言葉では「アランチャ = arancia」になるわけだが、これも女性名で、男性名は「アランチオ = arancio」になる。
このように、ジョルノという主人公は、これまでのジョジョにはない「女性的要素」がたくさん盛り込まれていて、「男性」と「女性」を二重で兼ね備えたキャラクターなのだ。
⑤ 2つの名前から生まれる意味
[信頼度: B (それっぽい! 推測)]
自分で投げた問いに回答しておくと、
「汐華初流乃」と「ジョルノ・ジョバァーナ」という2つの名前をもつことで、さまざまなニュアンス(波・太陽・女性)を込めることに成功している。
これが「2つの名前から生まれる意味」だ。
一方で、「そもそもなぜ2つの名前を持つのか?」という疑問が残る。
こちらは、次回の考察で解き明かそうと思う。
まとめ
1. ジョルノには「死」と「生」、「男性」と「女性」の二重性がある
2. ジョルノの能力は「時を動かしはじめる = 始動」と解釈できる
3. 第5部の構想段階では、主人公が女性になる案も存在しており、その名残が随所にみられる
次回は、「二重性」のさらなる掘り下げと、「プリンス」という要素を考察していく。
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