けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きてゐた…

けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい缺乏と不滿をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。(萩原朔太郎「死なない蛸」)

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白饅頭日誌「熱血時代のあと」感想

「体育会的なもの、権威的で居丈高なもを否定して全てを相対化する」という気運は'80年代には既にポップカルチャーや評論の世界に出現し始め(『スネークマン・ショー』とか後期YMOとかあの時代の空気が濃密に詰め込まれたタイムカプセル状態なので、逆に当時を知らない世代が聴いてもピンと来ない部分が多いと思う)、少し遅れて教育現場に降りてくる。'80年代半ばまでは中学や高校(ごく一部の高偏差値進学を除く)は校内暴力吹き荒れるリアル尾崎豊の世界で、体育教師や生徒指導主任が強圧的な態度でこれ

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