リーガルリサーチの勘所

本記事は経験の浅い企業法務担当者を想定読者にしています。
(リーガルリサーチについては「Q&A 若手弁護士からの相談99問 特別編―リーガルリサーチ」が出版されていますが、少々難易度が高いので、よりジュニアな人向けです。)

なお、リーガルリサーチの習得は即効性のある方法はないと考えています。
(割と近い)将来にはAIによって相談事項を投げればAIがいい感じに回答をくれるときがくるでしょうが、しばらくは人によるリサーチ、あるいはAIの回答精度を検証・加工するための人の力が必要になります。
本記事は「めんどくさい」と感じるような作業メモの作成をいくつか書いていますが、頭の中だけで問題解決することは不可能(頭が良いならば構いません)と考えていますので、まずは手を動かし、メモを作ることを勧めます。

また本記事は以下のフレームワークも下敷きにしていますのでよければ読んでください。


リーガルリサーチとは

リーガルリサーチは「法的な事項に関する問題解決」という法務の仕事における手段ですので、「法的な問題を解くための根拠・結論を探すこと」とされますが、実際には「何が問題かもわからない」状況からスタートすることのほうが多いので、以下の定義とします。

  • 法的な問題を洗い出すこと。

  • 法的な問題を解くための根拠・結論を探すこと。

例えば以下の相談が持ち込まれたときに行います。

  • 提示した契約書に相手が修正を入れてきた、どう対応すべきか。

  • 新しい事業/人事制度/広告を行おうと思うが、法的リスクはあるか。

リサーチ順序

リサーチは以下の順序で進めていきます。

  1. 相談分析・課題抽出
    何を明らかにしなければならないかの定義

  2. 論点のあたり・優先順位づけ
    リスクの大小見込み、時間配分計画、キーワード検索

  3. 詳細調査
    根拠となる条文、ルールの抜粋、資料集め

  4. まとめ・結論出し

  5. (必要であれば)検証
    問い合わせ、弁護士確認など

リサーチ前処理

相談分析~課題抽出

相談分析は、「やりたいこと・やろうとしていること」の正確な把握です。

ヒアリングと近しいですが、以下のようにまとめましょう。

  • 背景・狙い(何があって、今回のやろうとしていることに繋がったか)

  • 具体的にやりたいこと(長大な文章でなく、箇条書きで端的に)

  • 時間軸(いつ何を行うか)

  • 社内外の関係者

  • (あれば)定量的な話(販売目標、売上、費用、人数など)
    ※金額次第で規制をかける法令があるため
    ※人数は個人情報などは漏洩リスク影響度に関係してくるため

課題抽出は、「具体的にやりたいこと」に対して行うことが中心になります。

主に以下の観点から検討します。

  • 規制に抵触しないか(許認可が必要でないか、禁止されていないか、法定書面が必要でないか、など)

  • 契約上手当が必要なリスクがないか(保証・補償しないこと、など)

  • 運用上手当が必要なリスクがないか(在庫、与信管理、など)

  • 「これはヤバそうだ」と思うもの
    ※だいたいにおいて「嫌だ」と思うことは規制があり。
     または規制がなくとも脱法的である可能性あり。

  • 似たような事業や取り組みを行っている他社
    ※先行者を参考にあたりをつける。

問題のリレーションをメモしておく

解かなければいけない問題が1つのように見えても、実はいくつかの問題が絡み合っている場合があります。

  • ある問題を解決するには、別の問題を先に解決しなければならない(前提関係)

  • ある問題を解決できても、別の問題が解決できない(排他関係)

  • ある問題を解決すると、別の問題が発生する(依存関係)

問題は箇条書きで列記しておき、それらの関係を矢印などで示しておきましょう。

メモの例

仮の成果物イメージを持つ

リサーチはやろうと思えば無限にできます。
しかし、リサーチ結果は使われないと意味がないので、「どれくらいの文量、言い方がよいか」の成果物イメージをあらかじめ持ちましょう。
この際、「リサーチ結果をもって誰に何をさせるのか」を必ず定めましょう。

  • 担当者からのメール相談に対するライトな回答で、1行20文字程度、10行以内。
    ※根拠や理由を言ってもあまり効果がない相手には結論のみという場合もあり。
    ※図示、フローチャートを交える場合もあり。

  • 事業判断のために責任者が用いる資料で、スライド資料数枚。

  • ある程度ボリュームがある論点かつしっかり検討するための資料で、A4で1、2枚程度の回答書。

  • 法務担当の上司、同僚に説明するためのもので、ボリュームよりも正確さと網羅性が重要なまとめ資料。

リサーチ範囲もこの成果物に収まる範囲で必要な情報、と目途を立てます。

※「説得力が劇的に上がる 法務の文書・資料作成術!」は考え方やメッセージ構成の参考になります。

注意点① 前提情報の不足・認識違い

  • 「やりたいこと」の正確な理解を外すことだけでなく、「やらないこと」を把握することも、無駄なリサーチをしないためにも重要です。

  • 「実はすでに過去実績がある」「過去検討したことがある」「他部署で実績がある」という情報を逃すと、無駄な手間が生じてしまいます。

  • 用語などが特にそうですが、ある言葉に対しての認識を誤るとリサーチが的外れになります。

  • 想定している使い方と違う使い方(社内検討のための情報だと思っていたが、社外のパートナーとの協議資料に使われる、など)をされないかどうかに注意しましょう。

注意点② 問題のすり替え・すり替わり

「AはBが前提になるならばまずBを解決すべき」と考えるケースがあります。
論理的に解決していくために必要なステップならばよいですが、「実はAとBが独立で存在するのに、『AよりもまずBが問題では?』」としてしまうのは、まっさきに解決すべき問題が後回しになり、対応が後手に回ってしまうケースがあるので、慎重に見極めましょう。

勘所①:誰が迷惑を被るか?身の回りに目を向ける、想像する

行政法規や消費者保護法系が特にそうですが、「保護すべき対象」があるために規制が存在しています。

ということは、身の回りで「保護すべき対象」すなわち「迷惑を被りそうな人はいないか?そのために何かやってることはないか?」と目を向け、想像することが、リサーチ対象のヒントになります。

例えば、プライバシーポリシー、特定商取引に基づく表記、メルマガ配信チェックボタン、©、™表記、権利の表示、認証マーク、食品表示、注意書き、重要事項説明書、許可証の掲示、工事現場の看板・掲示、騒音表示計、廃棄物保管場所の看板、など

大まかにいえば、環境、安全、生命・健康にかかわるもの、金融、インフラ、プライバシーは規制だらけですので、特に注意が必要になります。

勘所②:知っている法令の枠組みを流用する

中・上級レベルになりますが、一度リサーチした法令を土台に知らない法令を把握することができる場合があります。

とくに規制法は、以下のようなパターンがあるため、知らない法令でも同じような対応が必要になるのではないか、というあたりをつけることができます。

  • 義務付けられること(許認可、情報開示、書面化、有資格者の設置、など)

  • ルールの定め方(法律、施行令、施行規則よりも、通達、ガイドラインが実務上重要である、など)

リサーチ

初期のリサーチとして、まずは論点のあたり・優先順位づけのため、ネット検索をします。
ここではいきなり答えを探しにいくつもりではなく、あくまでも関係しそうな情報の「キーワード」を探しに行く程度にします。

ネット検索~行政の発信~

なんらかの規制がないかをリサーチする際は、
「○○(やりたいこと) パンフレット」
「○○(やりたいこと) 規制」
のような検索ワードでやってみましょう。

すると、都道府県や省庁のページがヒットしたら、概要の説明ページやパンフレット・手引きを探します。
これらはわかりやすく何をすればいいのかをまとめているため、読み込むことでさらに次のリサーチキーワードが得られます。

※ここですでにほとんど答えに近いものが得られることがあるでしょう。
その場合は検索をここで終えてもよいです。ただし、より正確に理解するためには、根拠となっている法令の条文、通達なども見ておく必要があります。

これらは信頼できるものですので根拠として扱ってよいですが、検索アルゴリズムによっては古い情報のものがヒットしてしまったり、中には独自の解釈や条例にもとづくものもあるので、作成日時や、都道府県の情報の場合は複数の都道府県の情報を比較するようにしましょう。

ネット検索~e-Gov法令検索~

上記で関係する法令名が見つかるはずなので、e-Gov法令検索を調べます。

まずは目次を見て法律の構成を把握し、必要な条文のあたりをつけます。

現代の法令はほとんど、
・目的規定(1条あたり)
・定義規程(2条あたり)
・義務主体ごとの規定
・罰則
という構成になっていますので、一から全部を読むのではなく、また特定の条項だけを読むのではなく、関係してくる条文を読むあたりをつけることができます。
※ただし電気通信事業法のようなツギハギの改正を繰り返した結果、読解困難な法律もありますので、常にこれが有効とは限らないのに注意が必要です。

廃棄物処理法を例にとります。

「総則」とある個所は全体にかかってきますし、読み解きのうえで重要な用語の定義をしている箇所ですので、数も少ないですから一読しましょう。

ただし、「原則」「理念」「方針」のような条文は具体的な義務内容がないケースが多いので軽く読む程度でも構いません。

条文を読む際は主語(「~は」の部分)を読み、必要な条文をみつけましょう。
例えば以下では、自分の立場が事業者ならば4条はとりあえず読み飛ばしていいです。

(国民の責務)
第二条の四 国民は、廃棄物の排出を抑制し、再生品の使用等により廃棄物の再生利用を図り、廃棄物を分別して排出し、その生じた廃棄物をなるべく自ら処分すること等により、廃棄物の減量その他その適正な処理に関し国及び地方公共団体の施策に協力しなければならない。
(事業者の責務)
第三条 事業者は、その事業活動に伴つて生じた廃棄物を自らの責任において適正に処理しなければならない。
2(略)
(国及び地方公共団体の責務)
第四条 市町村は、その区域内における一般廃棄物の減量に関し住民の自主的な活動の促進を図り、及び一般廃棄物の適正な処理に必要な措置を講ずるよう努めるとともに、一般廃棄物の処理に関する事業の実施に当たつては、職員の資質の向上、施設の整備及び作業方法の改善を図る等その能率的な運営に努めなければならない。

廃棄物の処理及び清掃に関する法律

廃棄物処理法は廃棄物の種類を基準に章立てを行っていますが、法令によっては「義務主体(誰は・が)」を基準に定めているものもあります。

(目的)
第一条 この法律は、廃棄物の排出を抑制し、及び廃棄物の適正な分別、保管、収集、運搬、再生、処分等の処理をし、並びに生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする

廃棄物の処理及び清掃に関する法律

これからは「廃棄物の排出抑制」「適正な分別、管、収集、運搬、再生、処分等の処理」を手段にして「生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ること」が目的であるとわかります。

これらの手段の部分は、誰が何をしなければいけないだろうか?
と考えるのとともに、
明確にどうすればいいか読み取れないときは「生活環境の保全・公衆衛生の向上」の観点から考えるべき。
という思考をします。

ただし、行政法規の場合は特に、具体的なことは条文ではなく通達やガイドラインを読まないとわからないことが多いため、条文の読み込みはほどほどにしておく方がよいです。

なお条文は法制執務用語という独特のルールがあるため、「条文の読み方」などで読み解き方を把握しましょう。(「その他」と「その他の」の違いなど)

ネット検索~ブログ・SNS~

最近は士業の方以外にも多くの人がネットで法律に関する発信をしています。

しかし、これらは根拠に基づいていなかったり、誤解していたり、その人の数少ない経験に基づいているケースがあり、基本的に信頼度が低いため根拠にはせず、あくまでも関係しそうな「キーワード」を得るためのものにしないようにしましょう。(こんな記事を書いていながらアレですが)

一方で、行政のガイドラインや検討委員会に参加したことがあるような専門家の発信は、その分野に精通しているため信頼度を高く扱ってもよいです。

書籍・文献

民法や会社法など基本的な法令の場合は特に、書籍を読まないと解釈や具体的な情報が得られないことがあります。

定番書籍の紹介やブックガイドは様々発信されていますので、本記事では割愛します。

分野ごとに定番な書籍というのは存在しますが、紹介・お勧めしている人によってはレベルが高すぎる、高価すぎる、という場合があります。

どうしても書籍に当たらなければならなず、購入が必要な場合は、ネットで試し読みしてみて自分に合いそうか、「書籍名 目次」と検索してどれだけ必要そうな情報の割合がどれだけあるか、書店に行ってみて見て判断しましょう。

※「この分野は○○先生のこの本が必携」とかいわれることがあるでしょうが、学者の先生の本は難しいので、まずは入門の本でもOKです。

※最近では法律書サブスクサービスがありますので、これを契約することも検討に値します。特に書籍横断の検索ができますので、複数の信頼できる情報源を見つけることができます。

人(専門家・行政)に訊く

弁護士や先輩に質問することもありですが、そもそも気軽に頼る相手がいればこの記事を読んでないと思いますので割愛します。

なお、人に聞くことは「答えを教えてもらう」ことができてしまいますが、自分のスキルにするためには根拠や思考の仕方、経験もあわせて聞くようにしましょう。(リサーチを指示した人はあなたに答えそのものでなく、その過程の経験を期待して任せているかもしれないので)
また相手の時間を奪うことにもなるので、TPOもわきまえましょう。

規制法例の場合は、最終的に行政の判断による部分があるため、質問することも有効です。
多くの場合、電話での問い合わせを受け付けてくれています。匿名での相談でも対応してもらえます。
ただし、「こういうことをしたいが問題はあるか?」のようなオープンクエスチョンをしてしまうと、保守的に「問題がある」のような回答をされてしまうことが多いので、ある程度論理構成をして「・・・をしたいが、・・・をみるとこういう取り扱いをするとあり、今回・・・という事情があるので、・・・と考えれば問題ないと考えてよいか」のように質問をしましょう。

※「都合がいい回答をさせるために誘導する」ということではありません。相手も「もしこういうことがあるとNGだが、聞いている限りで判断できないので安全に回答しよう」と考えて回答しているのであり、相手が懸念するような事情はあらかじめ排除して、根拠に基づいて、考えなければいけない事項にフォーカスして相談するようにしましょうということです。

なお、電話での問い合わせは質問書やグレーゾーン解消制度のような正式な手続きでないため、あとで「そのような回答はしていない」とひっくり返されるリスクは多少あります。(昨年の信託型ストックオプションの騒動など)

分野による軽重

会社法はかなり文献(書籍だけでなく論文も含め)に比重があります。
行政法規は行政庁の通達、ガイドライン、そして担当者の解釈に比重があります。
また新しい論点や法改正はまとまった文献が少なく、ブログでの専門家の発信などのネット検索が有効な場合があります(AIに関するガイドラインがまとまる以前のSTORIA法律事務所のブログなど)。

このように、リサーチが必要な分野によって、リサーチ対象には軽重をつけましょう。

リサーチ結果のまとめと保存

「調べすぎてまとめきれない」にならないためにまとめる目的を再確認する(問題のリレーション、課題の再確認)

なれない分野をリサーチしてくると、情報は集まるが、どうまとめればいいか、ぐちゃぐちゃした状態からどう整えればいいかわからなくなることがあります。

「あれがわかればよさそうだ」
「これもわからなければいけなさそうだ」
・・・
「・・・結局何がわかればいいんだ・・・」
「A、B、Cがわかったが、これらの関係は・・・?」
というような状態です。

例えば、

販売した製品に瑕疵があったときの責任は?(問い①)

契約不適合責任が関係しそうだが、製造物責任も関係するかも?(問い②)

不法行為責任も関係するかも?(問い③)

・・・

契約不適合責任と製造物責任と不法行為責任がどういうものかわかったが、それらの関係は?
そもそもなぜこの関係を知る必要があったのだろう?

上記はリサーチの目的を見誤っています。

これを回避するには、「リサーチ前処理の」「仮の成果物イメージを持つ」で「『リサーチ結果をもって誰に何をさせるのか』を必ず定める」と述べたとおり、まず結論になる「行動」(やってはいけないこと・やらなければいけないこと・やったほうがいいこと)を最初に固めるようにしましょう。
まとめは、その根拠を必要なだけ添えることになります。

再利用しやすい形に残しておく

リサーチはその瞬間に必要なだけでなく、今後利用することもあります。

将来の自分・他人のために、再利用しやすい形にしておきましょう。

リサーチには以下の情報もつけておきましょう。

  • 調査日

  • リサーチで解決したい問題

  • リサーチ範囲を決定したプロセス

  • 結論

  • 根拠・出典

リサーチの心構え

「言い切れない」を許容する

法律は解釈によっては「これだ」と言い切れないケースがあります。
その場合、「望ましいやり方」を提示するしかありません。

なお、「明確にダメでないならやならくてもよいだろう?」という反応が返ってくることがあります。これに対してどのように返答するかは、あらかじめ考えておきましょう。

悪魔の証明をしない

「過去処分された事例はあるか(ないならGOしたい)」は「処分事例はない」と言い切れない限り断言的な回答はできません。
しかし、公表された情報だけからではこれはわからないケースがあります。

「ないこと」をリサーチ対象にしていないかに注意しましょう。

多少のヌケモレを許容する

 e-Gov法令検索のDB登録法令数は2024年8月末時点で以下のようになっています。

さらに通達、ガイドライン、条例などもあるので、すべての法規を網羅的に正確に把握することは不可能です。

あまりにも見逃しのリスクが大きい場合は別ですが、個人的には信頼度曲線的な考え方をもって、洗い出すべき重要なことに時間を割き、多少のモレや不正確さは仕方がない、と割り切ってしまう方が、時間対効果の高いリーガルリサーチになると考えています。

品質が悪くてもいいというわけではなく、リーガルマインドを働かせて「致命的な部分を見逃してないか?現実的でない結論になっていないか?」という観点から検証が必要です。

リサーチの精度をあげていくために

振り返り、マインドマップを作る

リサーチ結果の保存でもよいですが、「今回手間取ったこと、素早くリサーチできた手法・キーワード」を振り返りましょう。

リサーチして得られた知識体系はマインドマップにしておくと頭に残りやすいでしょう。

普段からの情報収集

何も手がかりなく調べることは非常に困難です。
普段からメルマガやニュースレターなどで受動的にでも情報が入ってくるようにしましょう。

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