下請法の違和感

以前から感じている下請法の素直な適用のしづらさを徒然なるままに書き残しておこうと思います。

資本金規制に妥当性があるのか

下請法が適用されるかは、取引内容と資本金の2つの条件で判断されます。

取引内容はわかります。しかし資本金を基準にする意味が本当にあるのでしょうか。

下請法は独禁法による優越的地位の濫用の補完法令、「優越的地位が生じやすい場面での規制」です。

売買が対象にならないのは、委託取引は取引内容の自由度が高く、ともすれば親事業者の一存で下請事業者の負担が大きくなってしまうおそれがある一方で、規格や仕様が定まっている物品の売買はこのおそれが少ないからです。

また同じ物品の製造委託でも、資力の余裕のある大企業と中小・零細企業では契約の交渉力、支払いサイトの長短の重みが違うことから、優越的地位の判断基準として企業の規模を基準の一つに組み入れることも一定の合理性があります。

しかし「資本金」は本当に下請法が保護しようとしていた企業の保護に資する基準なのでしょうか?

資本金は期間変動が少なく、また時期によって差の大きい売上や利益と違い公表情報として客観的に把握しやすい指標です。

しかし「資本金が少ないならば保護すべき企業」は違うと思うのです。製造業のような設備投資が必要な業種に対し、ITや人材など必要資本が少ない業種も増え、また業績の不振から税制優遇を受けるよう減資をすることも珍しくありません。

下請法は「強い」親事業者と「弱い」下請事業者を想定しています。

これは傾向としては正しいです。一方で、ある分野に強みを持っていたり、余裕のある会社は例え下請事業者の立場となるとしても仕事を断ることができる交渉力を持っています。ここはもはや資本金の問題ではありません。

保護すべき事業者はどこだ

「下請代金支払遅延”等”防止法」は、下請事業者のキャッシュフロー改善と不当な経済的(費用・機会損失)負担の禁止が本来的な役割のはずです。

キャッシュフローの改善は極論、事業規模問わず死活問題です。企業は従業員を抱える以上、毎月定期的にキャッシュで給料を払わなければなりません。いかに大企業であっても、給料不払いがおこれば従業員は離れ、あっという間に倒産するでしょう。ギリギリ給与が払えても取引先にも支払いができず、取引を停止されて結局は次の収入がなくなる状況に陥りかねません。

経済的不利益は事業規模によってダメージの大小は違うでしょうが、規範的には一律に許されるものではないはずです。

適用場面の微妙さ

下請法は4つの取引を規制しますが、「再委託」の場合と「自家利用」の2つ場面において規制されるかが分かれる非常に分かりづらい規制です。
また情報成果物作成委託のうちプログラムの作成委託は資本金区分が異なるというのも非常に分かりづらく、かつ実務上プログラムの作成委託か単なる情報成果物作成委託か悩む場面もあります。

システム開発で問題になる情報成果物作成委託と役務提供委託の定義は以下のようになっています。

3 この法律で「情報成果物作成委託」とは、事業者が業として行う提供若しくは業として請け負う作成の目的たる情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること及び事業者がその使用する情報成果物の作成を業として行う場合にその情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託することをいう。
4 この法律で「役務提供委託」とは、事業者が業として行う提供の目的たる役務の提供の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること(建設業(中略)を営む者が業として請け負う建設工事(中略)の全部又は一部を他の建設業を営む者に請け負わせることを除く。)をいう。

まず情報成果物作成委託が①再委託と②自家利用を対象にしているのに対し、役務提供委託は再委託しか対象にしていません。4つの規制取引のなかで、役務提供委託だけは自家利用は対象外になっています。

一方で親事業者が「業として行う(反復継続して行う)」ことは共通しています。親事業者が業として行う仕事であれば、例え一回限りの外注であっても下請法が適用になります。

図でまとめると以下になります。

画像1

問題は常駐SESなど、プログラムという情報成果物の作成を委託しているとも、役務の提供を委託しているとも取れる微妙な領域、上図でいうD、Eのケースです。
長澤・小田編著「Q&Aでわかる 業種別 下請法の実務」ではアジャイル開発のケースにおける説明の中で例として、「既存のプログラムの機能の改善や追加を行うことは情報成果物の作成に該当します。他方、データの入出力やデバッギングといった情報処理業務は役務の提供に該当します。」と説明していますが、個人的にはデバッギングはバグの発見だけならば役務提供ですが、修正作業はコーディングを伴うので情報成果物の作成に該当しそうな気がします。

またシステム監視などいわゆる保守運用業務は役務提供でしょう。
ただ、例えば自社クラウドサービスの保守運用を外注している会社が、役務提供委託であるからこの外注は下請法適用外、他方でその自社クラウドサービスを特定の発注者向けにカスタマイズして提供しているとして、その発注者からは保守サービスを別に提供しているから、その保守業務を同じ下請事業者に再委託すること(上図でいうCとDが同じ会社、業務内容はほぼ同じ)はあるので、その場合は下請法の適用、というのは直感的には腑に落ちないところがあります。

保護と自由競争による新陳代謝のバランスの難しさ

下請法は保護のための法律ですが、ゾンビ企業のように回復の見込みがない企業を生かし続ける意味はないでしょう。

しかし「回復の見込みがないか」は誰にもわかりません。

交通手段が発達した現代において人力車や馬車が今更一大産業になることはないでしょう。飛脚も同様です。

経済としてはより多くの富を生む産業へバトンタッチしていき、新陳代謝を図っていかなければなりません。

巨大製造業のサプライチェーンの末端が町工場であり、その町工場が潰れてはその製造業自体が成り立たないことはあります。

しかし数次にわたるサプライチェーンのなかで、ある規模の企業間取引は下請法でがんじがらめになる一方で、下請法の適用されない企業同士の取引はなんでもあり、というのもバランスに欠くようにも思えます。

経済法としての下請法は社会経済を反映してどこを規制すべきかが変わりゆくものが必然と思います。

自分でも答えが出ているわけではありませんが、なんらかの見直しが必要な時期に来ているように感じます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?