しばしば「企業の内部留保が過去最高。設備投資や賃金へ還元を。」「内部留保に課税を」「内部留保は純資産である繰越利益剰余金であって現預金とは限らない」のようなやりとりが行われる。
「内部留保」とは何かの認識が人により違う(そしてしばしば発端になるニュースはあえてその点を曖昧にする)ことに起因しているやりとりであるが、現在の「内部留保」が何を示しているか、どう解釈すべきかは多くの情報があるが、「内部留保とはどのような文脈で、どういう意図をもって用いられ始めてきたのか?」という疑問を持ち、探求してみた。
特に何か価値がある視点を発見したわけではなく、「最近の内部留保って言葉は意味が分からないよね」という結果になっただけの駄文である。
Google Scholarで見つかるもっとも古い以下の論文では以下のような記述があった。
1950年以前の論文でヒットしたはこの1件のみであり、しかも論文の本題とは離れた言及であることを承知であるが、ここでは(おそらく金融機関の自己資金規制を背景に)「得られた利益を積立金に回す」という意味での内部留保として用いているようである。
続いて1950年以降になると、ヒット数は一気に増えるが、例えば以下のような言及がある。
ここでも「利益を積立金に回す」という意味で用いていると思われる。
さて、ここまででみる限り、「内部留保」とは「利益の内部留保」、単年度の利益の扱い、フローとしての用いられ方をしていると思われる。
その後、「内部留保」をめぐる様々な考えの対立があったようである。
野村秀和「内部留保分析批判-角瀬教授の批判に応えて」(1983)(比較表が切れているのが惜しい)は「内部蓄積」「公表利益留保」のような隣接概念と計算項目の異同について比較検討している。
(追記:比較表が切れていないものの情報提供をいただいた。https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8969535/www.econ.kyoto-u.ac.jp/ronsou/10006368.pdf)
そのうえで、「内部留保」を構成する項目について以下のように述べる。
キャッシュフロー計算書が登場した2000年代になると、キャッシュフローから内部留保を理解しようとするものも登場した。
さて現代、昨今の内部留保の話題の端緒になる財務省の「法人企業統計調査」では、以下のように用いている。
はて、この定義の意味するところはよく理解できない。
そもそもこの表は「資金調達の構成(フローベース)」とあるが何を言わんとしているのだろうか。
項目からするに、貸借対照表の貸方の項目のようにも読めるが、減価償却という項目があることの意味するところはなんであろうか(自己金融効果的な資金留保の考えであろうか)。
次にデータセット情報の累年比較(調査年月2022年度)をみると、「損益及び剰余金の配当の状況」では「内部留保=当期純利益-配当金」であると注記されている。
ここからは、内部留保が企業内外のどこに行ったかを、配当金から見ようとしているようである。(なぜ配当金を選択したかは不明である)
しかしこの出し方からみるに、利益剰余金と一致する概念とも言えないように思える。
このデータで少し遊んで、各年度の内部留保(「当期純利益-配当金」という意味での)と当期純利益の割合をみると、高くても60%で、毎年ほぼ横ばいのようである。
ちなみに内部留保の定義は平成19年から変更になっている。
ところで以下のニュース記事では「財務省が2日発表した法人企業統計調査によると、企業の利益から税金や配当を差し引いた「内部留保(利益剰余金)」は2023年度末に600兆9857億円となった。」とあるが、「四半期別法人企業統計調査(令和6年4~6月期)結果の概要」をみると「内部留保」という言葉は用いていない。
利益剰余金の項目を探してみると、「1.全産業 資産・負債・純資産,及び損益」では約588兆円である。
「3.〔金融業、保険業を含む全産業〕 資産・負債・純資産及び損益 と 規模別主要項目」では昨年から600兆円を超えている。
時系列データで「繰越利益剰余金」をみると423兆円ほどのようである。
(追記)
「利益準備金+積立金+繰越利益剰余金」が「利益剰余金」で679兆円あり、ここから金融業・保険業の78兆円を除くと601兆円となるとのご指摘をいただいた。
はて、上記の記事の内部留保とはどの項目のことなのであろうか。
(追記)
「内部留保(利益剰余金)」は2023年度末に600兆9857億円となった。」については2023年度(令和5年度)末の年次別法人企業統計調査(表6)であるとのご指摘をいただいた。