今と昔の「内部留保」の意味するところを調べてみた

しばしば「企業の内部留保が過去最高。設備投資や賃金へ還元を。」「内部留保に課税を」「内部留保は純資産である繰越利益剰余金であって現預金とは限らない」のようなやりとりが行われる。

「内部留保」とは何かの認識が人により違う(そしてしばしば発端になるニュースはあえてその点を曖昧にする)ことに起因しているやりとりであるが、現在の「内部留保」が何を示しているか、どう解釈すべきかは多くの情報があるが、「内部留保とはどのような文脈で、どういう意図をもって用いられ始めてきたのか?」という疑問を持ち、探求してみた。

特に何か価値がある視点を発見したわけではなく、「最近の内部留保って言葉は意味が分からないよね」という結果になっただけの駄文である。

Google Scholarで見つかるもっとも古い以下の論文では以下のような記述があった。

ところで、保険会社資金の有利さは、更に、その資本構成の特異さによっても裏付けられる。即ち、生命保険においては、自己資本は昭和八年末における運用資金の総額一、九六四、五六五千円に対して三パーセントに相当するに、過ぎないが、銀行においては、同年末において自己資本は運用資産の総額、一一、一八二、七二六千円の一五パーセントに達している。かかる資本構成の相違は、両機関における利益金の内部留保の大きさにも現れている。即ち、生命保険においては、昭和8年において、契約上に属せざる諸積立金、即ち法定準備金とその他準備金の合計は、三七、五三一千円であって、振込資本金及び基金の合計二四、四五八千円に比して一五三パーセントに当たっている。これを銀行における同様の数と対比せしめるに、ここでは諸積立金の合計は昭和八年末において、五一五、〇五六千円であって、振込資本金一、一八六、六六二千円に対し四三パーセントに相当する。このような事実は、更に、生命保険業における秘密積立金の巨額な存在を推測せしめるものである。レンギエールは、生命保険業においては、特に責任準備金の計算方法に基づき、秘密積立金の形成さるる可能の存在することを述べ、純保険料式による保険料積立の行わるる場合には、保険金額の二、乃至三パーセントに相当する秘密積立金が形成されるとなしている。我が国の有力なる保険会社はすべて、その責任準備金を純保険料式によって積立て、チルメル式による事業費の繰延を行っていない。従ってこの点のみよりするも、相当の額の秘密積立金が存在するものと推測されねばならない。かかる内部留保の成立が、事業費の過大消却に存するならば、前述の保険資金コストなるものはさらに低く評価されねばならぬことになる。

馬場克三「保險會社貸附資本とその原價」(1935年)一部筆者により現代語化。
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4150444/0502_p213.pdf

1950年以前の論文でヒットしたはこの1件のみであり、しかも論文の本題とは離れた言及であることを承知であるが、ここでは(おそらく金融機関の自己資金規制を背景に)「得られた利益を積立金に回す」という意味での内部留保として用いているようである。

続いて1950年以降になると、ヒット数は一気に増えるが、例えば以下のような言及がある。

したがつて企業利益の処分にあたつても、資本の人格化なれたものとしての機能資本家に対し、実は見えざる強制が働く。単なる利益処分ではなくて、企業資本の集中・集積を常に考応の上に、より有利な利益の処分‐社外流出(主として配当)と直接的自己蓄積への分割‐が決定される。現金配当は資本の社外流出を招来しはするが、一旦流出したこの配当を槓杆に、量的には、分離された配当金に加えて、更に社会的に蓄積された資本をも集中する普通の増資を可能ならしめる。直接的蓄積は通常、利益の内部留保‐利益剰余金の積立によって行われる

当期純利益の資本金への組入れも、その単なる内部留保=積立金の形成も、剰余価値の資本化という社会的総資本観点から、或は所有関係を抜きにした個別資本段階でとらえる限り同一である。

片山伍一「株式配当企業資本の蓄積 (一)」(1960)
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4362501/2603_p111.pdf

ここでも「利益を積立金に回す」という意味で用いていると思われる。

さて、ここまででみる限り、「内部留保」とは「利益の内部留保」、単年度の利益の扱い、フローとしての用いられ方をしていると思われる。

その後、「内部留保」をめぐる様々な考えの対立があったようである。

野村秀和「内部留保分析批判-角瀬教授の批判に応えて」(1983)(比較表が切れているのが惜しい)は「内部蓄積」「公表利益留保」のような隣接概念と計算項目の異同について比較検討している。
(追記:比較表が切れていないものの情報提供をいただいた。https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8969535/www.econ.kyoto-u.ac.jp/ronsou/10006368.pdf
そのうえで、「内部留保」を構成する項目について以下のように述べる。

…ここで問題とする内部留保は,利益の集積である残留利益を中心とするとはいえ,それにとど まらず損益計算制度による制度的留保を加えたものである。このことは,企業内留保力の構成物でもある含み利益を排除するだけでなく,一時的、特殊的資金留保例えば支配力を活用した流通信用に基づく回転差資金などをも含めてい ないことを意味している。この点は,私が資金留保一般を内部留保の中に含め ている(角瀬教授の誤解の 1つはこの点にかかわっている)のではないことを示すものである 。
 制度的留保の内容は,減価償却引当金,退職給与引当金などいわゆる内部(自己〉金融による資金留保である。これは資金一般の留保でなく,損益計算制度に基づく集積としての内部留保という概念規定に基づいている。すなわちそれは,損益計算制度上,収益から控除されながら支出にならないで企業内に集積されているのである。その理論的性格は,利潤の費用化部分と本来の費用 とが含てれいるとみられるが,その区分は計算技術的に困難であり,一定の条件の下では,両者合わせて支出にならず,企業内に半永久的に留保され,企業資本に再転化して機能しているのである。
 したがって,内部留保指標は,当期増分としてのフローと累積額として示されるストックの一種類で,公表利益留保,評価性引当金,同定負債性引当金で構成される

野村秀和「内部留保分析批判-角瀬教授の批判に応えて」(1983)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/134006/1/eca1325-6_301.pdf

キャッシュフロー計算書が登場した2000年代になると、キャッシュフローから内部留保を理解しようとするものも登場した。

配当金を控除したフリー・キャッシュフローは内部留保にほかならない
 フリー・キャッシュフローは内部資金がどれくらい確保されているかを表す。…

熊谷重勝「キャッシユ・フロー計算書と内部留保」(2001)
https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/record/2747/files/KJ00004801519.pdf

さて現代、昨今の内部留保の話題の端緒になる財務省の「法人企業統計調査」では、以下のように用いている。

内部留保は利益留保、引当金、特別法上の準備金、その他の負債(未払金等)の調査対象年度中の増減額。ただし、企業間信用差額{(受取手形+売掛金+受取手形割引残高)-(支払手形+買掛金)}の調査対象年度中の増減額の値が負の場合は内部留保に含む。」

年次別法人企業統計調査(令和5年度)

はて、この定義の意味するところはよく理解できない。
そもそもこの表は「資金調達の構成(フローベース)」とあるが何を言わんとしているのだろうか。
項目からするに、貸借対照表の貸方の項目のようにも読めるが、減価償却という項目があることの意味するところはなんであろうか(自己金融効果的な資金留保の考えであろうか)。

次にデータセット情報の累年比較(調査年月2022年度)をみると、「損益及び剰余金の配当の状況」では「内部留保=当期純利益-配当金」であると注記されている。
ここからは、内部留保が企業内外のどこに行ったかを、配当金から見ようとしているようである。(なぜ配当金を選択したかは不明である)
しかしこの出し方からみるに、利益剰余金と一致する概念とも言えないように思える。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?stat_infid=000040172279

このデータで少し遊んで、各年度の内部留保(「当期純利益-配当金」という意味での)と当期純利益の割合をみると、高くても60%で、毎年ほぼ横ばいのようである。

ちなみに内部留保の定義は平成19年から変更になっている。

(注)
1.内部留保=[平成18年度調査以前] 内部留保=当期純利益-役員賞与-配当金
[平成19年度調査以降] 内部留保=当期純利益-配当金
2.役員賞与は平成18年度調査以前では、利益処分項目として調査を行っていたため内部留保の計算式に組み込まれていたが、平成19年度調査以降は費用項目として調査を行っているため「-」と表示している。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?stat_infid=000031450738

ところで以下のニュース記事では「財務省が2日発表した法人企業統計調査によると、企業の利益から税金や配当を差し引いた「内部留保(利益剰余金)」は2023年度末に600兆9857億円となった。」とあるが、「四半期別法人企業統計調査(令和6年4~6月期)結果の概要」をみると「内部留保」という言葉は用いていない。

利益剰余金の項目を探してみると、「1.全産業 資産・負債・純資産,及び損益」では約588兆円である。

「3.〔金融業、保険業を含む全産業〕 資産・負債・純資産及び損益 と 規模別主要項目」では昨年から600兆円を超えている。

時系列データで「繰越利益剰余金」をみると423兆円ほどのようである。

(追記)
「利益準備金+積立金+繰越利益剰余金」が「利益剰余金」で679兆円あり、ここから金融業・保険業の78兆円を除くと601兆円となるとのご指摘をいただいた。

はて、上記の記事の内部留保とはどの項目のことなのであろうか。
(追記)
「内部留保(利益剰余金)」は2023年度末に600兆9857億円となった。」については2023年度(令和5年度)末の年次別法人企業統計調査(表6)であるとのご指摘をいただいた。

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