コンテンツ大賞(23年1~3月編)
コンテンツnoteには大変な欠点がある
1年も前のこと覚えてるわけねぇだろバカ
3ヶ月に1本は出すぞ!出すぞ!(ほんとう?)
○4:やがて君になる
Ameba無料から再読。最終巻あたりより、6巻付近のほうが好き。
侑の優しさと絶望シーンが好きの8割を担っています。
○5:ブルーアーカイブ
今年ののっけから凄まじい勢いを見せている。
ソシャゲのシナリオを一旦きちんと畳む姿勢を見せてくれるだけでも、ダラダラと続けないぞ、書きたいもの書くぞというのを感じ取れて、嬉しい。いや正確には終わらないだろうけども(追記:エンディングあったぞ)
最終編(~3章)
明るい青春物語やってるところに、急に隕石打ち込まれる感覚
日常を前振りでもないくらい長くやってるところに、その日常を根拠にして急にシリアスやってくるの好きすぎる!
エデン条約感あってたまんね~~~
あまねく奇跡の始発点編(4章読破後)
すげ〜〜〜〜〜〜〜良かった
ひたすらにメタ的構成と演出が凄まじい、ソシャゲじゃないよこれ。
最後の最後までひたすらにコンセプト(というか意思)を貫き通しているところが◎。クリア後にタイトル画面が変わるゲームは名作。
・あまねく奇跡の始発点編は、シロコ(クロコ)を助けるための話だった。(ふせったーのやつ)
無名の司祭によって、プレナパテスは己の意思を持てなくなった。ただプレナパテスもまた、向こうの世界の先生だった。私を殺さないという選択を取り、滅亡という役割を与えられてしまったシロコだけでも、どうにか助けてやらなければならない。
助けるには、別世界線の自分を信じ、託すしかなかった。
「生徒たちを…よろしくお願いします」
先生はそれを受け取る。自分ではなく、シロコ(クロコ)を逃がす。
苦しむために生まれてきたなんて、そう思う必要などない。そう思わせてはいけない。そう思う生徒がいるのなら、大人の自分が責任を取らなくてはいけない。先生が生徒に対して責任を負う。また、プレナパテスが負う自信があったからこそ、シロコを助ける奇跡を導けた。そしてまた、託されたアロナもA.R.O.N.Aを助ける。
この出来事がA.R.O.N.Aを動かす。プレナパテスと向こうの先生は同一人物で、敵対することが正しくないと、ここで初めて和解する。
この奇跡が、シロコ(クロコ)も助け、先生も助かるような、"ご都合主義的展開"を引き寄せることが出来たのだ。もちろんこれは嫌味でない。
読者や無名の司祭にとっての価値でなく、生徒たち本人の、ただ純粋な感情や個性の全てを守り、尊重するための、あまねく奇跡の始発点だ。
・おまけ
シロコ(クロコ)、「マフラーをもらわずに、そのまま、倒れていたら…」って言うけど、アビドスに来る時に、遭難して空腹で倒れていた先生に、最初に飲み物をあげたのはシロコなんだよな…
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コウの考察
ネルのヤンキー美学がかっこよく、ミカを叩くモブがダサく見える
ラベル付けで判断しているオタクを釣った説教か?
先生として「生徒には好きに生きてほしい」とプレイヤーに言わせる
そうすることで、表面しか見ていないオタクへの自己説教となる
オタク、というか人間は好きに生きるべきで、表面がどうだから、ルールだから、悪だから、という視点から入るのは、マクロであって、お前一人のミクロでない。お前の意見はなんだ、お前の感想はなんだ。
トキ:絆ストーリー3
初見は実況内、全然引く気なかったけど引いちゃった。トキ×女先生の発言で解釈が大助かりした。
(不安に揺れる瞳と視線がぶつかった)から、急に文章の雰囲気変わった。
メモロビ3の最後の空背景シーンあたり、百合(自分定義では恋愛色強め)とも少し違うけど、女同士の友情ならではの雰囲気があって大好物。「無意識化で心地いいと感じている」の最高、おそらく癖。
似ているものは、原神:綾華の伝説任務(主人公:蛍)の最後に別れたあとの蛍。俺なんかより詳しい人なら、何かしら他に適切な単語を導き出せそう、心当たりの方は連絡ください、似ているシチュエーションもください(マシュマロ)。
☆?:月曜日の友達
言語化しにくい子供のころの葛藤とかを書いている
感覚的、漫画だからこそ感強い
月曜日は自分がどうしようもなく、無力な人間であることを突きつけられる曜日。そういう無力な2人が、学校に集まって、2人だけが決めた普通を幻想的に過ごす。そうやって普通を過ごす中で、ズレから互いを傷つけてしまったり、悔いたりして未来へと進む。
好きなセリフは「人が自ずと特別になるんじゃない。人の心が人を特別にするんだ」。無力から向けだすために可能性を追いかけたい。でもそれだけが人生でもない。既にある幸せを噛みしめるのも、地味だが人生だ。
この漫画は感覚的に読もうって感じする。嘘、毎回言っているね。言葉で語る場所で言葉で語ることを諦めるなよ。年々言語化を諦めてしまうことが多くなっている自分が悲しい、言語野が弱い。この漫画に従うなら、乏しい言語野で言葉を綴るのもありと信じたいが。
設定が中学生なのが良い、単語に縛られることがないことで、2人の中の普通が際立つ。
あ、置いときます
☆1:私の初恋相手がキスしてた
3巻完結の百合ラノベ、安達としまむら作者。
3巻の中盤までは結構好きなんだけど、途中で材料ひっくり返して、良し悪しがわからなくなった。マジで何だったんだこれ(批判というより困惑)
平たく言うと百合BSSなのかな
嘘、先ではないわ、NTRか?
金髪主人公→茶髪の話なのだが、茶髪の方が女子高生好きの女性に買われて、そのまま…
おまけに金髪にも手を出そうとするし、一番の問題は2巻最後で、その女性が茶髪の腹違いの姉であることも発覚、倫理観がない?
結局表紙の2人はくっつかず、茶髪姉妹が同棲する。同棲の前夜に、金髪が「女子高生じゃなくなったら死ぬ」って清々しく宣言するのを、どうにも止められない金髪主人公のシーンが好き。
「姉が好きなのは女子高生だから」というひどい理由だが、「今以上には絶対にならない」って自覚し、覚悟してる。
茶髪は正しさで攻めようとしても「正しさの恩恵に預かれる」ほど、金髪の家庭や経済環境は真っ当にない。これ以上、金髪に姉妹を止める資格はなかった。
~~~~~~
で、終われば大分好きだったんですけど~
久々に会った金髪がキャラ変してて、茶髪の思い出の恋が崩れ、信じられるのは自分の居場所だけだ、と覚悟が決まり、女子高生好きの姉みたいに、女を漁るようになって終わり、後味の悪い映画?
幕の始まりから終わりに根拠を設けろって侑も言ってた。
多分だけど焦点は血縁なのかな
血縁のなかった買春姉は、お金で寂しさを埋めるしかなかったが、そこで妹を見つけて、最後には同棲する。一方の茶髪主人公は、頼れる血縁関係がおらず、姉のようになる。
これの嫌なところは、茶髪主人公側の家族関係が明かされていない(= 買春姉と同じように血縁を見つけ、同時に誰かを狂わせそうな)ところ
あとがきで、It is not Infinity loop!ってあるが、女女に出産能力がないからこの連鎖は別に続かないよ、みたいな皮肉じゃないよな、流石に
○3:ウマ娘(ファインモーション)
メモ程度ではあるけどあげとく
「終わりに向き合う」系が好きって、スタァライトで癖ついたかも
☆1:トワツガイ
百合ソシャゲ、1年持たない(ネタバレ)
スタッフが「男性向けの色気は出さない」というだけあって、キャラとキャラの距離感がべたべたしていない。主人公ペアとかだいたい片方がグイグイだったりする(きららの見すぎ?)けど、仮のペアを組んでいる(ツンデレでなく)とか発言したり、結構カラっとした関係の印象。
おそらくメインコンテンツである、2人だけの空間を眺められる庭園(メモロビ的な)でも身体接触がほぼない。この点は結構好き。
ちなみに、ソシャゲでは珍しく幼馴染ペアのフラミンゴ→フクロウの矢印が恋と明言されている。自分が他に知っているのはD4DJあたりか?
あと参照している百合が少し古典気味、おそらく詳しいスタッフがいるのかな?
2人がツガイ化(姉妹制とも違う?)する時には、心中のメタファーとして塔の上から飛び降りたり、主人公ペアの必殺技ムービーでは、互いの指を噛んで、血を交換?する。
心中の方で、大学の授業の一環でやった70年代のレズビアンものを思い出した(多分、摩耶の葬列あたりだったと思う)。同性愛を描きたいものの、世間からはタブーのために、悲劇的な結末を描くというやつ。
逆にダメな点は、もちろんゲーム性とスクエニと、後ろにある世界観があんまり見えてこないところ。何のために戦っているのかぼやっとしてるし、ギフトに関する深掘りも今のところ見えてこない。
あとは「男性向けの色気は出さない」を強調しようとしすぎて、冒頭で男がガッツリ悪と定義されているのも、ちょっと対立煽りっぽくて好きじゃない。おかげで過激派の集まりみたいな雰囲気になっている。
☆4:亜人ちゃんは語りたい
亜人(デミ)との共存?を描いた漫画
アニメは見てたけど、一応☆で(新規コンテンツ)
亜人だからどうという訳でもなく、割と共存している世界観。
例えば、ヴァンパイアは政府から血の支給があったり、デュラハンは補助道具駆使して胸のあたりに頭を置いていたりなど、現代への適応度は高め。
「語りたい」というだけあって、「亜人だから」ではなく、亜人のこういう性質がどうこう…と考えていく漫画。理解のできない不思議な種族を通じて、自分たちの世間や常識に落とし込める理解を形成していく。亜人という材料をキャラクターとしてそのまま消費するのではなく、そういう材料があることを踏まえてどういう思考、伝達、理解をするかに重きを置いている。
違いとはなにか、差別とはなにか、そうした思考が日常の中に転がっている。亜人だからこういうことが起きたりするんじゃなくて、亜人でも現実世界の人間でも、結局は互いに語って、理解しあうってことが言いたいんだろうなぁって漫画。
なんか終わり方も劇的な展開があって、終わった~、完結した~って感じじゃなくて、こちら側から向こうへの観測手段を失ってしまったなって感触。
正直かなり良かったです。
以下、好きな回羅列
・51話
亜人への理解が、バグを理解へと変える。
今までの亜人との「語り」の集大成、伏線回収のような回
新キャラ2人の登場に意味を持たせていたのに唸った
デュラハンは首が、座敷童子は存在ごと異空間に存在する。また、座敷童子を観測できる霊能力者と、人のオーラを色で読めるキムジナーは異空間の観測が可能。その中でも、デュラハンは明らかに首から頭に空間の異質さが現れている。
それがあるからこそ、先生は亜人の存在を強く認識できる。
最も空間の異質さが大きいデュラハンが、霊ではない座敷童子そのものを認識する。空間を超越する、次元を超越する。世界がバグる。
・58話
花火回とデュラハンの昔話
花火を見に、デュラハンの家に行く。家なのは安全性の問題からだ
性質上、昔から過保護に育てられた。
ある日、花火を見たそうにしていたが、その時は我慢させた。すんなりと納得してくれたが、後に部屋の隅で泣いていた、子供に遠慮させてしまった。だから、マンションの一室を買った。
今でもデュラハンは花火が好き
…でもない、母が言うに普通くらい
それでも良いと続ける。そういう選択の数々が今を創っている
今現に、この一室に亜人の友達2人が来てくれている。
過去は過去、過去を理由にして未来を決めていたら固まってしまう
未来を決めるのは今だ
・60話~61話
・60話
えっろ~~~~~~
作者ごめんな、こんな単純な読者で
すみません、基本平穏な展開の漫画やアニメが、急にシリアス感で牙を剥くのが、癖でして…(さっきの51話とかブルアカ最終編とかね)
それがヴァンパイアにこう乗ってくるか…
ぜんぜん百合として見てなかったのに、流石にこりは…
血を飲まないで生きるヴァンパイアを見て、変わらなきゃって
変わる人を見て変われると思わなきゃとなる、そういう苦しさ
・61話
続き、妹に優しいのは何故か問うヴァンパイア姉、亜人だから?
「….考えたこともなかったなぁ」
(おねーちゃんも同じくらい私に優しいじゃない)
亜人だからではない、その種族のくくりはこの作品では理由にならない。
作品の方向性を決める上で、全てが作品のテーマにつながると非常にわかりやすい反面、どうせここに着地するんだろうな、という陳腐感が生まれる。自分は作品の正義、と呼んでいるがアイドル物ならアイドル、恋愛ものなら恋愛みたいな。
パターン化された(略)じゃないけど、こういう正義が一方向に決まらないと、リアリティが1つ上に行く感じがしてかなり好き。
☆1:ONE-PIECE-FILM-RED
卯月コウの同時視聴から
ワンピース自体が初なので正統派見に来たのに、だいぶイロモノお出しされた。もしかして世間の皆さん、逆張りが順張りになってる?
ワンピエアプだし、文脈というより感覚的に楽しむ部分が大きいので内容はあんま触れないけど、コウがプロセカやって「エ口ゲやん」って言ってるの思い出した。
コンテンツとしてテンポが早くて、感覚的に理解できる気がする。ミュージカル感もあり、原作見たことなかったが退屈はしなかった。別の同時視聴のハリーポッター見た時と同じ感覚、覇権コンテンツってみんなこの条件を満たしているのか?
ただ、感覚的に理解できる代わりに、だいたいは文脈部分が薄いので、自分としてはあまり合わなかった気がする。
でも同時視聴で、普段接しないコンテンツの摂取機会にできるのはありがてぇね。
○5:シャニマス(ダ・カラ)
浅倉透と樋口円香がまたやってくれた
幼馴染だからってどれだけ感情乗っけてもいいと思うなよ
これまで、裸眼0.5くらいだった樋口円香→浅倉透の解釈を、0.8~0.9まで上げてくれるような、ガツンと問題点をついたコミュ。俺が語っても陳腐になるだけなので、内容は伏せる。この内容で10分ちょっとってマジ?こんなもん見せてユーザーをどうする気なんだよ。
度々、作品の正義という単語を出しているが、シャニマスはアイドルという正義をきちんと裏切ってくれるのが嬉しいね。
余談:ソシャゲにおける恋愛描写
基本的に続いていくソシャゲにおいて、恋愛という要素を取り入れることは少ないと思う(夢視点はわからん)。なぜなら、特に片思いにおいて、明確な関係の進展をより期待されてしまうからだと考える。ソシャゲ運用上、キャラの成長や進展を進めすぎると、初期との乖離でユーザーが追いきれなくなってしまう。まるでシャニマスみたいだぁ
今回だけではないが、樋口円香→浅倉透への感情を確実に恋愛だ、という表現は避けてきた。穿った見方をすれば、逃げ道を残してきた、か。
オイサラバエルのラストなどは一応「透き通る」という言葉遊びで逃していたり、今回のラストでも、好きではない、嫌いと反転した強い否定を用いて
いた。
そこで考えたいのだが「嫌い」であれば、いくらでもキャラクターに話させていいのだろうか?という点である。
オタクはよく「その嫌いはもう好きじゃんw」みたいなことを言いがちだ。
しかし今回、嫌いという表現を、明確な恋愛描写にならない、として逃げ道として使用している。
あ、オチはないです。
noteで文学ぶるユーザー(🪃 )の多いシャニマスでも、表面で好きと言わなければ、恋愛描写と認められないだろう、という見解が、妙な矛盾をはらんでいるような気がして面白いな〜、ってだけです。
ちなみに私は浅倉透と樋口円香については恋愛視点で読んでいません。「これは恋愛だ」と認めると、全てが生物としての本能に結びついて、理由が陳腐になるからです。
それよりかは、"この「好き、じゃない」は円香の努力ではどうやってもたどり着けないものが…"と、文脈や作品の正義へと繋いでいる方が、ライター本来の意図した解釈だと思われるためです。最近はどこのソシャゲもサービス良すぎる(CP売り)感は否めないけども。
☆2:今日はカノジョがいないから
百合の浮気物
プライムReadingから(まだ1巻のみ)
強い女が本当に強いパターン
これ何が悪なんだろ〜って思って読んでたけど、1巻最後で「浮気するんだから、いい子も悪い子もないだろう」って書いてあって、癖のまま書いたやつだなこれ、になった。
今カノ描写が浮気の材料すぎずに、そこそこ描写あるのも良い
好きなシーンは「そんなに弱くないから」ってところ
ズバッと言える程度には主人公に軸があると嬉しくなるね。
追記:2巻読んだけど、ただのエロ本寄りになって来てがっかりした、Readingで読むくらいがちょうど良かったのかも
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・文章化のタイミングを逃したやつら
ハリポタ:同時視聴初見、ド覇権コンテンツで3時間でも飽きない、凄いね
ハイプレ:規模が規模だけに行動よりも脅しで魅せるライアーゲームって感じだった、落とし方のなるほど感。
・進行中(予告?)
・水星の魔女:今10話、自立しろというメッセージを感じる。世界観に関してめんどくさいくらい作り込まれている安心感はやはり強い。
・深世海:Apple Arcadeから、言語不使用、雰囲気探索ゲー?
・安達としまむら:Audibleから、再読代わり。何も覚えてないから聞き返したけどやっぱり密度的にはそんなにないな
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○あとがき
新規コンテンツから1つなら亜人ちゃんですかね〜
空想科学読本(読んだことがない)に萌え乗っけたような感じ。
氷菓アニメ19話の「心当たりのあるものは」と似た良さがあるかも、仮設と検証を繰り返して一つの結論を出す、みたいな。
月曜日の友達も大分良かったけど、俺の読解不足で良さを感じ取りきれてない気がする
自由ならブルアカ(最終編)
あれは「先生」を題材に掲げないと無理
どちらも「このコンテンツにしかできね〜〜〜」感が良い
〜〜〜〜〜
漫画/ラノベ:5
ソシャゲ:4
映像媒体:1
やっぱり無駄な時間使うソシャゲとかやってないでどんどん漫画とか映画とか摂取したほうが打率高いんだろうな〜〜感
〜〜〜〜〜
そういえば前回のnoteで「マイオナして〜(意訳)」って言ったけど、今回はどれがそうなんですかね
おい!
評価低い割合多いじゃねぇか!
資本主義の奴隷(?)になろう!
それではみなさんお元気で〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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