やがて君になる 再読メモ



きっかけ

Ameba TV 無料配信で試聴しなおし、そのまま原作再読

やがて君になるを好きな理由は、百合漫画だからではなく、恋愛漫画だからでもなく、あなたを、自身を、肯定するための話だからだと思う。


アニメ範囲

・6話ラスト:河原
自分自身を肯定できない七海に、侑が変わりたい気持ちを抑えて支えることにしたシーン。

「嘘をついたのは、きっと私も寂しいからだ」と言っていたが、好きになれる可能性の保持と変われる可能性の困難さを差し引いても、「先輩のこと 好きにならないよ」と、七海のそばにいることにした侑の優しすぎるところが出ていて好きです。(勝手に可哀想がるな?)


・8話:雨 ~ 9話:リレー

雨のシーンは「デートの邪魔しちゃ悪いし」という謙虚さが、七海と普通に楽しく帰れることになっている報酬に繋がっているのが好き。七海が「嬉しかった?」と聞くシーンは少し苦手。
書きながら、自分も侑が「いっぱいいっぱいになって」幸せになって欲しいって思っているのかもな、とか考えたり。

リレーではその最大の報酬が侑に帰ってくる。侑が好きを知る。好きのきっかけが、難しいことを考えないで済んでいる姿というのも美しい
アニメの演出凄い好きです、少女漫画読んでときめいてる女の子になってしまった。


・12話:先輩のバーカ
段々と侑が動き出す。

七海の目指していた姉が完璧でなく、指針が不明になる。
「誰かにならなきゃ駄目ですか」と声を掛けても、応えてはくれない。
「私の嫌いなものを好きって言ってくる人のこと 好きになれないでしょ?」
「わたしの好きなもののこと、嫌いにならないでよ」


原作範囲

・原作28話:もらったものをなかったことにしないでください

なんとなくこの作品は百合姫じゃ書けないと思っていたが、それに一番近いシーンのような気がする、七海からキスさせてと言われてするのが百合姫。(本誌も買ったことないイメージで語ってます、殴らないで)
してしまえば、七海の「自分には何もない」をまた肯定してしまう。

この作品の序盤好き成分、侑の優しさで出来てるよ~

佐伯も説得しようとしてけど、ある意味「嫌われる覚悟」を持ってしまったから失敗したのかなぁ、とも思う。



・原作34話:ごめんなさい、わたしだって変わるんです
「やがて君になるを6巻まで貸し出せ」という名台詞があるわけですが…

文化祭の演劇が終わって、わたしのものだと受け取れるようになった七海。七海からしたら、侑はずっと今までどおり。

「これからも今までどおり、そばにいてくれたら嬉しいな」
今までどおり、劇が終わっても続く。
いてくれたら嬉しいな、自分を確かめる好きはもうしない。
自分を認められるようになった新しい日常が待っている、そんな晴れやかな気持ち。

「ごめんなさい、わたしだって変わるんです」
「七海先輩、好きです」

関係は変えようとしなくても変わる。
侑が変わらない保証など、どこにもなかった。
優しい侑はどこから変わって、私はどれだけ侑を拘束していたのだろうか

でも、七海はその好きを好きで肯定できない、これまで侑に掛けた好きは拘束の言葉。その言葉は、本来の働きを失っている。
七海の一方的な好きで、自身を確かめていた代償が返ってくる。


見てこれ、侑のこんな絶望的な好きあるかい?(各ご家庭のやが君6巻をご用意ください)
七海の想像していた新しいいつもどおりと、侑のどうしようもない好きの全てが破壊されて、最悪で良い。

32話の七海の好きだというシーンのハグが、「好き」ではなく感謝のハグだってところも絶望ポイント高い。
ダンロンの黒幕?


・38話:悔しいなぁ
紗弥香の告白返事シーン

互いの選択に泣く
七海は、好きを選択する重大さに
紗弥香は、自分の遅すぎた踏み込みに

告白が断るシーンって、関係性の破壊や矢印が攻撃性に反転するような、相互理解とかけ離れているのが好きじゃないんですが、このシーンには全くそれがない。

それどころか、
「あなたは悪くない」という関係性の継続と理解。
「好きって選ぶことなんだ こんなに重い なんて知らなかった」
という、新しい創造と理解。

終わっても、終わらない。



・44話:オチ
最終巻でだけする漫画は名作


「終わっても、終わらない。」じゃあないんだよな


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