ロードレースとプロテクター:レース編ほか
※本記事は私が以前書いた「ロードレースとプロテクター:アンケート考察・ファーストインプレッション編」の続きとなっております。ご覧になっていない方は、先に前回の記事をお読みいただくことを推奨いたします。
はじめに
前回の記事では自転車競技において求められるプロテクターの要素についてアンケートをもとに考察し、それをもとに購入したプロテクター(以下「サステック」)を実際にロードバイクに乗って使ってみるというところまでを書きました。ありがたいことにこれらの内容は多くの方の目に触れ、様々な角度からのご意見を頂けました。本記事のメインはタイトルにある通りレース編ですが、その前に前回の記事に寄せられた意見をもとに考えたり、試してみたことやその他レース外でのサステックに対する気づきなどを皆さんと共有しておきたいと思います。
プロテクターと空力改善
前回の記事に寄せられた意見の中に「プロテクターに空力を改善する装備としての面を持たせることで選手側の拒否感を緩和させる」といった趣旨のものがいくつかありました。確かに現状プロテクターは装着すれば重量増加とともに暑さが増すという、走行するうえでは悪影響しか及ぼさない代物ですが、これに空力改善という要素を加えることで走行時にもメリットがあるとアピールするのは選手側に受け入れられるために取り得る一つの方策かもしれません。
しかし私の個人的な意見を言わせてもらえれば、少しでも早くプロテクターを自転車競技に導入するためには初期の段階においてプロテクターに空力改善のための機能を付加するのは避けるべきだと考えています。理由としては、自転車競技向けのプロテクターというものが市場に存在しない現状においてプロテクターにエアロ効果まで求めるというのは開発を難航、長期化させるとともに規則をも複雑化させる原因になると考えているからです。そもそも選手として考えた時にプロテクターを着たくない最も大きな理由は暑さに対する懸念であるため、プロテクター導入に際しては空力面からのアプローチはコストパフォーマンスが高いとは言い難いように思います。レースシーンへプロテクターが浸透していくためにはまず安全性と快適性に焦点を当てて開発された製品がいち早く出回ることが必要不可欠ですし、プロテクターが義務化される際にもそのような安全性・快適性に特化した製品の使用を想定した規則が作られるべきでしょう。一度義務化されてしまえば、その後は規則の枠内で各メーカーがより軽く、より安全で、そしてより空力的に優れている製品を作ろうと競いだすでしょうから、プロテクターに空力という概念が本格的に導入されるのはその段階で良いというのが私の考えです。
騎手用のプロテクター
前回の記事に対する意見として、「競馬の騎手用のプロテクターは自転車向けとしても使えるのではないか」というものもありました。私としても確かに競馬は速度域も乗り手の姿勢もロードバイクと近く、またバイク用のプロテクターよりも軽いものが多い傾向にあるため自転車向けに採用できるかもしれないと考えていました。偶然にも競馬好きの父が騎手用のプロテクターを購入してきたので、私もそれを貸してもらい着用感や走ってみての感想などを書いていこうと思います。
まず着る前の印象ですが、私が購入したサステックが胸と背面部にのみ柔らかいプロテクターを配置しているのに対して騎手用のものは肩やわき腹にも満遍なく硬めの防護素材を配置しており、重量的にはサステックよりも軽いもののややゴツゴツとしているといった印象を受けました。実際に着てみてもやはりゴツゴツとしていて、守られている感は強いものの身体の動きにやや制限がかかり、熱も逃げていきにくそうだと感じました。実際に走り出してみると平坦での暑さこそ思ったほどではなかったものの、速度が20km/hほどに落ちる登りになるとかなり暑さを感じるようになり、またダンシングをしてみると縫い目が体と擦れる感覚もあってあまり長時間着用するのには適していなさそうだという印象を受けました。
ここまで辛口のインプレッションになってしまいましたが、これらはあくまで競馬騎手向けの製品を自転車で使うというイレギュラーな行為によって発生したものであり、今回検証した製品も騎手たちには高い評価を得ているモデルです。速度域や体勢が近いとは言っても競馬と自転車では競技時間や着用者の動きなどに大きな違いがあり、求められる性能は違ったものになっているのでしょう。
サステックの撥水性
前回の記事を書いた後にサステックを洗っていて気づいたことなのですが、サステックのプロテクター部分には完全ではないものの撥水性がありました。サステックのプロテクターは柔軟性があるため雨や汗を吸って重量が余計に増加してしまうのではないかという懸念がありましたが、プロテクター部分に撥水加工がなされていると気付いたことでその懸念もかなり薄れました。ベスト部分はただの生地の薄いベストであるため水を吸いますが、これは通常のインナーを装着した際にも起こることであるためネガティブな要素ではないでしょう。前回の記事では触れなかった部分ですが、このような工夫も自転車競技向けのプロテクターに求められる要素の一つになるのではないかと思います。
レース編
さて、ここからはいよいよ今回の本題、レース編になります。前回の記事ではプロテクターを着用していても普段と変わらない走りができると書いていたわけですが、それはあくまで一人で走った際の主観的な意見に過ぎませんでした。レースの場で、ほかの選手と競い合う中でプロテクターが体にどのような影響をもたらすのかというのはこれまで、そして今後において最も重要な検証課題となるでしょう。その最初の一歩として、今回私がJBCFの南魚沼ロードレースに参加した際の所感について書いていこうと思います。
検証の前提
所感について書いていく前に今回の検証に関する前提についていくつか確認していこうと思います。
まず今回の検証に用いたプロテクターは前回の記事にて紹介し、この記事においてもすでに名前が出てきているサステックです。
次に、今回の検証の比較対象とするために私の以前の成績を確認しておきます。今回参加したのはJBCFのE1クラスとなりますが、今シーズン私はE1のロードレースに5回出場してすべて完走しており、順位については最高19位、最低35位となっています。各レースの参加人数については約70名から100名程で、今回のレースは出走94名であったためこれらの5レースは比較対象として問題がないように思えます。またこれらのレースと今回の南魚沼ロードとの間でパワーの飛躍的な向上はなかったものの、体重が2kgほど落ちています。
以上の条件から今回の検証では、30位以内でレースを完走できれば客観的に見てプロテクター着用による悪影響はあまり大きなものではないと言えそうですね。
プロテクターと規則
JCFが公開している競技規則集(2022年7月11日版)には「衣類の品目は競技者の身体形態を修正してはならず,そして衣類または保護のみを目的としない,いかなる必須はでない要素または考案物も禁じられる」「すべての衣類は織物の元々の性質を維持しなければならず,形態制約を一体とするような方法は適当でない.したがって,着用されていない時に,決して衣類はいかなる自立要素または堅い部分も含んではならない」といった記載があります。これらの記載はサステックのようなタイプのプロテクターを着用した状態でのレース参加を認めないようにも受け取れるため、JBCFに対して確認をとったところ、「規則上、身体形状の変更がそこまでないのであればプロテクターは安全上の観点から着用を妨げられるものではない、とも読めることから着用は可能」といった趣旨の回答を頂けました。これはJBCFの見解であるため他のレース団体に対しても都度確認をとる必要はあるでしょうが、日本において大きな影響力を持つレース団体がプロテクターの着用に関してこのような見解を示したことには大きな意義があると思います。
レースにおける所感
今回参加した南魚沼ロードレースのE1は距離84km(12km×7周回)で、レース時間は2時間強といったところ。天気は晴れで気温も最高35℃程度まで達する暑い一日でした。
レースの内容については本題から外れるので簡潔に書くと、中盤までは集団後方で走り中盤には先頭交代にも顔を出してみつつ、最終周の登りで遅れた後はグルペットで回して無事に完走。順位は18位で今シーズンのE1最高順位を更新しました。
肝心のプロテクターについてですが、やはり着ないで走った際と比べて大きな違いはなかったように感じます。暑さ、苦しさが増してくるレース終盤になればこれまで検証では感じなかった悪影響が出てくるかもしれないとも考えていましたが、むしろ終盤の最も苦しい時間帯に差し掛かる頃にはプロテクターの存在について意識すらしていませんでした。検証者としては良くないことですが、選手としてレースに没頭できるほどプロテクターが違和感なく体に馴染んでいたとも言えます。また集団内部でもボトルからの給水や背面ポケットからの補給食の出し入れなどの動作が問題なくできることを確認できました。
レース後には今年のこれまでのレースや去年の南魚沼ロードのデータなどと今回のデータを比較してみたりもしましたが、こちらでもパワーや心拍数において有意な差はありませんでした。
おわりに
さて、ついにプロテクターを着用して実際のレースを走ってみたわけですが、やはりプロテクターはロードレースをはじめとした自転車競技に導入可能なものであるという私の考えに変わりはありません。というよりも、実際のレースによる検証がこの考えをさらに強固にしてくれました。より気温が上がる真夏での検証ができていないことなどはいまだ懸念点として挙げられますが、自転車競技向けの製品ではないサステックですら真夏日のレースを問題なく走り切ったのですから、今後自転車競技向けにより耐暑性を重視したプロテクターが開発されれば暑さへの懸念は十分に解決されうる問題となるでしょう。自転車競技へのプロテクターの導入について残った障壁は、いかにしてベンチマークとなるプロテクターが開発され、そして選手たちがそれを受け入れてくれるのかというものになるでしょう。
開発に対するアイデアとして今回新たに得たのは、上にも書いた競馬の騎手用のプロテクターに関係するものです。騎手用のプロテクターは1990年代当時、落馬による負傷・死亡事故が絶えない状況を見かねたJRAがプロテクター開発の公募をすることによって誕生したという経緯があるそうです。自転車競技においても選手の身体保護のため、UCIやJCFが公募、あるいはメーカー側との共同開発という手段に乗り出してもよいのではないでしょうか。
プロテクター導入を選手たちにいかに受け入れてもらうのかというのは難しい問題になるでしょうが、やはり同じ選手目線での発信というのは今後も大事になってくると思います。喜ばしいことに今回の南魚沼では、私の記事を読んでプロテクターを導入したという選手がいらっしゃいました。彼のように今後も自主的にプロテクターを使ってみて、さらに進んでその所感を発信してくれるような選手が増えれば徐々に風向きが変わってくれるかもしれません。その発信は国内向けでもよいですし、もちろん海外向けでもよいでしょう。最終的にはUCIを動かさなければならないのですから、海外向けの発信に力を入れるというのは大事なことになってくると思います。
私はほんの1年や2年でプロテクターがロードレースに浸透するとは考えていません。ヘルメットの時にはツール・ド・フランスで死亡事故が発生してからプロ選手に義務化されるまで10年もかかっていますし、プロテクターの導入に関してもそれと同じか、製品が存在しない現状を考えればそれ以上の時間がかかるかもしれないとすら考えています。しかしその間にもレースは世界中で開催されるでしょうし、レースの中では当然落車も起こり続けることでしょう。そのため私は願望として、できるだけ早く自転車競技にプロテクターが導入されてほしいと願っています。そのためには一刻も早く活発な議論が可能な土壌を作り上げ、そして議論を続けていかなくてはなりません。そんな土壌の素として、Twitterで「#ProtectCyclists」というハッシュタグを決めました。今後自転車競技とプロテクターとの関係に関わる様々な議論において活用していただければ幸いです。
今回も長々とした文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。