前門の虎、後門の狼

 隋の時代、中国の辺地に習という豪族がいた。習は領民から搾取した財産を屋敷に溜め込んでいたが、盗みに遭った。そこで習は屋敷の門に虎を配し、不審人物の出入りを見張らせ、あやしきものはこれを食い殺せと命じた。ところが盗人に後門から潜入され、領民から搾取した金品を盗まれた。そこで習は後門に狼を配し、不審人物の出入りを見張らせ、あやしきものはこれを食い殺せと命じた。ところが盗人が虎と狼に肉を与え、虎と狼がその骨をしゃぶり気をゆるめた隙に屋敷に潜入され、領民から搾取した財貨を盗まれた。そこで習はいよいよ激昂し、お前達には毎朝毎晩、うさぎ一匹とヤギ一匹を与える。どんな者が来ようとも容易に通してはならぬ、あやしきものはこれを食い殺せと命じた。虎と狼は主人の命令をよく守り、近づくものは誰であれ牙を向いてうなり、門に寄せ付けなかった。するとついに盗人はあきらめ、屋敷の財宝は増えるばかりであった。

 ところが習の親族縁者は獣を恐れて次第に屋敷から足が遠のき、余録に与ろうとおべっかを使っていた遊び人も去り、使用人も一人また一人と暇を乞い、ついには妻子まで郷里に帰ってしまった。習は誰とも話すことなく屋敷で金銀に取り囲まれて過ごしていたが、さびしさのせいであろうか、病を得てほどなく死んだ。主人を失った虎と狼は屋敷を去り、野山に戻った。無人の屋敷に盗人が忍び込み、財貨を持ち帰った。

 以上の故事から、過剰に敵を警戒して防備をかため、富を守ろうとすることで、かえって命を縮めることを「前門の虎、後門の狼」と言う。巷間には「強力な敵に挟み撃ちにされ絶体絶命である様子」という間違った解釈がしばしば見られるが、初学者はこうした妄説に惑わされず、故事をよくよく学び、その意図するところを深く心に刻まねばならない。

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