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River

作 だいぞう

不思議な気分だった。
ふわりと身体が軽くて
まるで、夏の空のような
清々しい気持ちに包まれている。

どうやら僕は死んだようだ。
“死”というものを初めて体験したから
当たり前と言えばそうなのだが
得も言われぬ感覚に陥っていた。

僕が死んだのには理由がある。
ある人からの依頼で
三途の河に橋を架けるから
手伝って欲しいとのことだった。

いやはや、
理由が理由ではあるが
それだけで命を賭けることはできない。

僕がこの世界に足を踏み入れたのには
他の理由が大きく関係していた。



閻魔様の遣いが
黄泉の国に入る時に
教えてくれた
光の方向へと歩き出す。
「決して振り返るな。」
というアドバイスは
ちゃんと守ることにした。

もう1時間か
3日経ったのか
とりわけ 時間 という
感覚がない世界だから
説明が難しい。

腹が減ったと思えば
グーっと鳴るし
カレーライスを食べたいと思うと
口に中に味と香りが溢れて
腹がいっぱいになる。

想像したとおりに
具現化されるシステムのようだ。

なんとも
便利で面倒臭い世界だ。

面倒臭いといえば
僕の人生もそうだった。
人見知りで
あまり人と関わりたくない僕は
建築物に興味を持った。

好きになると
ハマってしまう
オタク体質で
図書室にある建築関係の本を
たくさん読んだ。

そして、
ある本に衝撃を受けたのを
はっきりと覚えている。

アントニ・ガウディだった。
芸術と呼ばれる
彼の建築物は
今の時代にも受け継がれ
なんと、彼が設計したアパートは
いまだに現役で
愛されているという。

僕は彼に夢中になった。

ガウディが作った建築物を
見てみたいと思った。

スペイン。
旅費をためるために
バイトをしようと思ったが
コミュ障の僕は
ことごとく面接に落ちた。

みかねた母さんが
彼氏の志郎さんに頼んで 
お店で皿洗いを
させてもらえることになった。

志郎さんは
本当によくしてくれた。
父親というものを
知らずに育った僕は
志郎さんを兄貴のように慕い
親父というものを
体験させてもらった。

高校3年生の夏休み。
僕は満を持してスペインへと飛んだ。

バルセロナの街は
僕の人生に
大きな影響を及ぼした。

街の雰囲気
人々のノリの良さ
情熱的な踊り

そして、何より
サグラダファミリアは
圧巻で 見上げたその場所から
動くことが出来なかった。

僕はこれを見るために
触れるために
感じるために
ここへやってきたのだ。

夢の中にいるような
バルセロナでの10日間。
僕は胸いっぱいに
この街の空気を吸って
日本へと戻った。

大学受験をして
建築を専攻し
3回生になったある日
ゼミの先生と話をしていて
バルセロナの旅の話になった。

先生はちょうどいいと
OBの狭間さんを
紹介してくださった。

初めてあったのは
先生が懇意にしている
居酒屋 お多福だった。
「狭間です。
よろしゅうな。」と
関西弁のおじさんは
(株)狭間設計事務所 
と書かれた名刺を僕に差し出した。
大学時代はワンダーホーゲル部の主将だったそうで
ゴツゴツとした手が印象的だった。


世界中の山と建築物を
登ったり、見たりするのが
好きで 今も旅は狭間さんの
ライフワークだそうだ。

とりわけ、
ガウディが大好きで
この日は先生をそっちのけで
語ったことを覚えている。
人見知りの僕が
あんなにすぐに
心を許したのは
ガウディという
共通項のおかげだろう。

その後も何度も
狭間さんは食事に誘ってくださったり
雪山の登山にも
誘ってくださった。
あれは辛かったが
僕は狭間さんの会社に
就職することを決めた。


狭間さんの会社は
とりわけ橋を専門に設計する会社で
かなり専門的な内容だった。

僕は寝る間を惜しんで勉強した。
まるで、子供が新しいおもちゃを
与えられたように
無我夢中で 
橋についての知識を深めていった。

狭間社長も
他の先輩社員も
たくさんのことを教えてくれた。
僕はいつしか
橋の専門家になっていた。

大きなプロジェクトや
海外の仕事も
こなせるようになっていた。

主任という文字が
僕の名刺についた。

若い会社ではあったが
本当に毎日忙しく
充実していた。

30歳の誕生日を
恵比寿のビストロで
部のメンバーに
お祝いしてもらった。

次の日、調子に乗って飲みすぎた
二日酔いの頭痛を抱えながら
出社すると 社内は騒然としていた。

狭間社長が倒れた。
朝、奥さんが自宅の書斎を覗くと
机に項垂れるようにしていたので
声をかけると
ピクリとも動かなかったらしい。

救急搬送され
そのまま社長は死んだ。

亡くなったというには
あまりに早いスピードで
悲しみすら実感できずにいた。

間違いなく
僕にとって
大恩人だった人。

そんな社長の死は
僕の心に
大きな大きな穴を開けた。

通夜と葬式。
不思議な気分だった。
涙を流す沢山の人。
狭間社長がどれだけ多くの人に
愛されていたのかがよくわかる光景だった。
その中でひとり ポツンと
置いていかれるそんな気分がしていた。

次の日、
ベッドから起き上がることが出来なかった。
会社を休んだ。
その次の日も、次の日も、
僕は会社を休んだ。

今思うと、
鬱状態だったんだろう。

部の連中から
心配の連絡がひっきりなしにくる。

わかっている。
会社に行かなくちゃと思うのだが
心に闇が襲い
体が重くなる。

やっとの思いで
出社した。
みんなは心配してくれた。
申し訳ないと頭を下げ
溜まりに溜まった
仕事をこなしていく。

狭間社長の49日。
僕は心も体もボロボロだった。

仕事をしなくちゃいけないという
使命感と 恩人の死。
耐えられなかった。

僕は会社に辞表を出した。

君を見ていられなかったと
上司が声をかけてくれた。

辞表は預かっておくから
しばらく休みを取れと
言ってくれた。

中途半端なことはしたくなかったが
それすらも判断が出来なかった僕は
言われるがまま自宅にひきこもった。

カーテンを閉め切り
今が夜か朝か
わからない日々。

無気力感。
溜まっていくゴミ。
生きることの意味をずっと考えていた。


ある日、
メールを見ていると
振り込み連絡の通知が来ていた。

会社から
傷病手当が振り込まれた。

会社が鬱病と認めたようだ。

僕はハッとなった。
狭間社長が命がけで作った会社。
大恩人の会社に
自分は今、貢献できているのだろうか。

そんなことを思っていると
狭間社長と登った
あの雪山に行きたくなった。

今は夏だから
雪は降っていないが
すぐに支度をして
宿を取り
すぐに出かけた。

富山県に入り
途中まではバスに乗り
そこから登山道へ。

夏山は冬に比べて
楽に登れた。
気持ちいい風
緑いっぱいの景色。

ちっぽけな自分。
それが今の僕には
妙に心地よかった。

てっぺんに到着して
夏空の下
コーヒーを飲んでいると
あの時、狭間社長が淹れてくれた
雪山のテントでの
コーヒーを思い出した。

芯まで冷えた体が
ポカポカと温まる。
満面の笑みで
「うまいやろ?」と
話してくれた社長。

季節は違えど
涙がこぼれてきた。

下山の途中、
この旅を終わらせたくないと思い
僕は次の行先を模索していた。

温泉町に一泊し
ふらっと入った
ワインBarが SOLという名前だった。
なんともこの街には似つかわしくない
洒落た名前の店だった。

寡黙な店主が
ハウスボトルで注いでくれた
真っ赤なワインを飲んでいると
スペインへと行きたくなった。

会社にはやはり辞表を受理してもらい
辞めさせてもらった。
この旅の始まりを
鎖で繋がれていたくなかったからだ。

退職金もいただき
貯めていた貯金で
バルセロナへの片道切符を購入し
数日間の宿をネットで取って
僕はいざスペインへと飛んだ。
あの時の自分に会える気がしていた。

スペインはあの頃のまま
僕を受け入れてくれた。

沈んでいた気持ちも
情熱的なこの国のオーラに当てられ
元気になっていく自分を感じていた。

街をフラフラと歩き
懐かしさと
新しい発見を楽しんでいた。

気ままな一人旅。
夜に大衆的な店に入り
ワインを飲んでいた。

すると、
一人の女性が声をかけてきた。
「すいません。日本の方ですか?」
小柄で華奢なその女性は
声を震わせながら
困った顔でこちらを見ている。

「はい。そうですが…どうかされましたか?」
すると、彼女はほっとした顔で
「いや、あの、実は…」と話し出した。

どうやら、
彼女も一人旅で
スペインへとやってきたが
バッグを盗まれてしまい
途方に暮れているとのことだった。

まぁ、”海外あるある”
の話だった。

困った時はお互い様。
中華屋の志郎さんも
狭間社長もいつも言っていた。

とにかく、
彼女に飲み物と食事をご馳走し
話を聞くことにした。

どうやら、
一緒に住んでいた男が
浮気をして 捨てられてしまい
傷心旅行に
憧れだったスペインに来てみたものの
悪いことは続き
この始末という話だった。

よほど不安だったのか
彼女はポロポロと
大粒の涙を流し
「ありがとうございます。ありがとうございます。」と
何度もお礼を言われ 
人見知りの僕は
正直困った。
それが 詩織との出会いだった。

詩織とは気があったのか
しばらく二人で過ごした。

詩織はなんでも
話を聞いてくれた。

僕の母親のこと
志郎さんのこと
狭間社長のこと
大学生の時にできた
初めての彼女の話なんかもした。

とにかく詩織は聞き上手で
気付かぬうちに
いらないことまで
しゃべっていた。

僕の人生であれほど
自分のことを話したのは
詩織だけだ。


詩織と過ごした日々は
本当に楽しかった。

マドリードまで
出かけたこともあったし

港町でパエリアなんかも
一緒に食べた。

ワインを飲んで
フラメンコを観たり
ギターの音色に
酔いしれていた。

何より彼女が淹れてくれる
朝のコーヒーが
たまらなく好きだった。

ある朝、目覚めたら
彼女はいなくなっていた。

散歩に出たのか
買い物か、
待てど暮らせど
彼女は帰ってこなかった。

数少ない知り合いに
見なかったかと聞いて周り、
いつも一緒に行ったカフェやバーも
何度も探した。

ふらっと
まるで猫のように
彼女は消えた。

詩織の影を
追うことさえできなくなった僕は
仕方なく
日本へと帰国した。

彼女のことを
何一つ知らない僕。

僕はいつも
自分のことばかり
彼女に話をしていた。

日本へ戻ってきたとて、
彼女を探す術がなかった。

どこで聞きつけたか、
僕が日本へと戻ってきていることを
聞きつけた友人が
仕事を手伝えと言ってきたので
働かせてもらうことにした。

元々、得意だった
設計の仕事だった。

僕は一生懸命働いた。
全てを吹っ切るように
我武者羅になって
仕事をした。

同僚と
近くの中華屋で
冷やし中華を食べていた。
ちょうど夏の甲子園で
奮闘する球児たちが
薄汚れたテレビの中で
必死のパッチで
白球を追いかけていた。

お昼のニュースになり
パリッとした
スーツ姿のキャスターが
ニュースを伝えた。

そのニュースに僕は愕然とした。

バルセロナで
邦人が車に飛び込み
自殺をしたというニュースだった。
サグラダファミリアの近くで
車を運転していた男が
有名なサッカー選手ということもあり
ニュースにとりあげられようだ。

日本人の
名前と写真が公開された。
江東詩織(28)と
テロップに表示された。

詩織だった。

彼女はまだスペインにいたのだ。
信じられなかった。

今すぐにでも
スペインへと飛びたかった。

ただ、いま、
どうしても、
どうしても、
離せない仕事があった。
冷たいようだが
今の僕にその自由はなかった。

焦る日々
苛立つ毎日
ただただこなしていく仕事。

疲れて寝るだけの部屋に戻り
いつものように
郵便受けを開け
ポストインのチラシを
ゴミ箱に捨てる。

うん!?
その中に見慣れない封筒がある。
アンティークのおしゃれな切手が貼ってあり
細い字で書かれた僕の名前。

宛先人を確認すると
Lad pan S
と表記されていた。

封筒をハサミで開けると
ひらりと落ちた写真。

サグラダファミリアの前で
詩織と撮った写真だった。

手紙とさらに小さい封筒が入っていた。

手紙を先に読むことにした。

詩織からの手紙だった。

お元気ですか?
詩織です。
突然、あなたの前からいなくなってしまい
本当にごめんなさい。
あなたと過ごしたバルセロナの日々は
私にとって大切な思い出です。
たくさんの思い出をありがとう。
この手紙をあなたが受け取る頃
私はこの世にはいないでしょう。
わたしはずっとずっと
苦しんでいます。
罪と罰を背負い
時代という旅を繰り返しています。
詳しく申し上げられないのですが
あなたの前からわたしが消えたことは
あなたがわたしの希望だったから。
わたしは償えぬ罪を償ってきます。
お許しが出た時は
あなたに逢いたい。
本当は生きていたかった。
もし、あなたがわたしに逢いたいと思ってくださるなら
もう一枚の封筒を持って
戸隠の神社へとおいでくださいませ。
そのチャンスをお伝えするには
酷な話ではありますが
我儘をどうか。。。

と、〆てあった。


小さい封筒の中には
髪の毛の束が
和紙の帯で束ねてあった。

僕は募りに募った想いが止めきれず
次の日、レンタカーを借り
長野県戸隠へと向かった。

長い長い杉の一本道。
陽の光が後光のように差し
道を照らしてる。

一歩一歩踏み出すたびに
疲れていた体が
軽くなった。

そして、現れたのは岩山。
天照大神が閉じこもった
天の岩戸。

その岩山を登ると
九頭龍社という社があった。

その中から
微かに声がする。
その瞬間、
僕の体は吸い込まれるように
社の中へと
引き込まれた。

社の中は真っ暗で
頭の中にテレパシーのように
声が入ってくる。

「我が名は閻魔。
黄泉の国の王。
生前の罪を裁くもの。
貴様に命ず
詩織の罰を終わらせるべく
三途の河に橋を架けろ。」

閻魔が言うには

「昨今、人の数が以上に増え
三途の河の橋渡しが
渋滞し 魂たちが
黄泉の国へと行けずに
彷徨っている。
そこで、三途の河に
橋をかけようということになり
最先端の技術を持った者を
責任者にしたが
この男が
おまえがいないと
橋は完成しないといいはる。
そこでお前のことを調べたら
なんと、詩織の想い人というのが
わかった。
詩織というのは
可哀想な女でな、、、
おっと、この話は今は良いか。
兎にも角にも
すぐに三途の河へと向かい
橋をかけよ。
さすれば、詩織にあうことも
叶うであろう。」

僕は閻魔に問いただした。
「詩織にあえるのか?
もう一度会えるなら 
橋をかける手伝いでも
なんでもやります。」

すると閻魔様は
「あいわかった。
さすれば、貴様の命、
わしが預かるぞ。」

その瞬間、
体がズンと重くなり、
手足の先から
血の気がさっと引いていくのを感じた。
どんどん体は冷たくなり
やがて心臓の鼓動が止んだ。

どうやら、僕は死んだようだ。

ふと目を開けると
そこには男が立っていた。

閻魔様の遣いだと
男は言った。
ひどく懐かしい
どこかで会ったことがあるような顔だった。
思い出せない。
男は「こっちだ。」と
僕を誘導し
大きな広場に連れてきた。

「ここからずっと 真っ直ぐ進め。
そして、決して振り返るな。
そしてこれを持っていけ。」

と、古びたジッポライターを手渡してくれた。

「なんだこれ。」

男に問いただしても
何も答えない。

「さぁいけ!」と男は
ボクの背中を押した。

また、目の前が暗くなり、
右も左もわからなくなった。
「なるほど、だからジッポライターか。」と
火をつけた。
火は優しく揺めき
火の玉となって
大きく舞い上がり
そして弾けた。

ファーっと周りが明るくなった。
昔々の記憶が
脳裏に浮かんだ。
自分が幼すぎて
覚えていない記憶。
そう、父の記憶だ。
まだ、赤ん坊だった僕。
一度泣き出すとなかなか泣き止まず、
父がジッポをカチンと開けたり閉じたりすると
笑い出したそうだ。
そうか、親父だったんだ。

次の瞬間、
体はふわっと軽くなり
どうやらスタート地点に
舞い降りたようだ。

数日歩いたのか
どうなのか。

歩を進めていくと
目標にしていた
光が大きくなり
その中から
懐かしい声がした。
「おーい!おーーーい!」
この声は狭間さんだ!

満面の笑みで
迎えてくれた狭間さん。

「ようきたな。この世の果てに。
って、呼んだのは俺やったな。」

ガッハッハと笑う狭間さんは
生前と変わらず
嬉しかった。

「よし、案内するわ。」と
誘導してくれた。
丘の上に立つと
そこには物凄い光景が広がっていた。

最新鋭の重機、
見たこともない機械の数々。

どーだと言わんばかりの顔で
狭間さんはこちらを見ていた。

「早速だが飯を食いながらミーティングをしようや。
 死人だから飯は食わんくてもええんやけど
 なんやそれやったら味気ないやろ。」と
併設された小屋で
用意された飯をほうばりながら
狭間さんの話を聞いた。

話によると
三途の河に橋をかけるのは
一筋縄ではいかない話のようで
これまでの常識が通用しないらしい。

郷に入れば郷に従えと言う言葉もある通り
僕は黄泉の国にある書物を読みたいと
狭間さんに申し出た。

それなら、
「天界に行かなあかんな。
簡単や天界電車に乗って
5つ目の駅で降りたら
目の前にごっつい図書館があるで。」

言われた通り、
電車に乗り、
駅で降りて、
図書館へと向かった。
図書館はこれまで見たことないような
大きな建物で
僕はここでも勉強に徹した。

便利なもので
時間という感覚がないから
ほとんどの本を
あっという間に読み漁り
狭間さんの元へ戻った。

戻った時には
黄泉の国に職人さんと
同じレベルで話ができるまでになっていた。

プロジェクトメンバーと話をしていると
どうやら橋の継ぎ目に問題があるようで
ここがどうもうまくいかないことがわかった。
独創的で画期的なアイデアが欲しかった。

にっちもさっちも行かなくなり
閻魔様に相談を持ちかけてみた。
閻魔様は
「では、ひとり天才と呼ばれた職人に手伝わせよう。」と
提案してくださり
3日後、
その男はやってきた。

彼はいきなり
「あの橋の継ぎ目の部分だが
 美しくないな。」そいうと、
おもむろに紙に設計図を書きはじめた。

サラサラと
描き終えた設計図の隅に
A.Gaudiのサイン。

閻魔様がよこした助っ人は
僕が焦がれに焦がれた
天才 ガウディだった。

余計な言葉はいらなかった。
僕の技術とガウディのセンスが
みるみるうちに
問題を解決していった。

ガウディは甘党で
僕が日本のおはぎを紹介したら
はまってしまい
午後のコーヒーと共に
毎回おはぎをほうばっていた。

ガウディとの
建築話は楽しかった。
サグラダファミリアへの想いや
彼の恋愛観についても
たくさん話をした。

工事を順調に進み出したある日、
工作員たちに
指示を出していると
数人の男がやってきた。

「責任者を出せ!」
物凄い剣幕で 怒鳴り散らしてる。

なんだなんだと
話を聞いてみると
彼たちは
三途の河の船頭だという。

「このまま橋が完成しちまったら
俺っちたちの仕事がなくなっちまう。
俺っちたちは長年三途の河の橋渡しとして
仕えてきただ。毎日毎日休むことなく
頑張ってきただ。
確かに死人が増え、
ローテーションが足りねぇことも
よくわかるだ。
しかし、こったらことされたら
俺っちたちはこれから途方に暮れちまう。」

確かに、船頭たちの気持ちもわかる。

閻魔様に相談すべきか。
どうするか。
双方、うまくいく方法はないものかと
考えていたら

狭間さんが
船頭の頭領を呼びつけ
こう言った。

「橋の通行料は10文にするわ。
橋渡しの舟より4文も高いやろ。
銭のない奴らや
雰囲気を楽しみたいやつは
船に乗る。
俺らは10文払うてでも
渡りたいと思える橋をつくるさかい、
船頭さんたちも
サービスや案内を充実させて
客を満足させたらええやろ。」

船頭たちは
狭間さんの言葉に
ざわついていたが
頭領が
「あいわかった。」と
大きく相槌を打ち
周りの人達も拍手で
この裁きを称賛した。


狭間さんの言葉には
昔から人の心を
動かす力があるように思う。

閻魔様も
ガウディも
この僕も
狭間さんに
心を動かされている
うちのひとりだろう。

そして、
この偏屈親父も
狭間さんの
ココロイキにひかれた
ひとりだろう。

その名は葛飾北斎。

誰もが知っている
稀代の天才絵師だ。

ガウディの芸術センスも
抜群だったのだが
狭間さんは和こだわった。

ガウディのデザインは
どうしても洋になる。

そこで、
狭間さんは自ら
黄泉の国へと赴き
北斎を連れてきた。

まぁ、頑固者で
こだわりが強いこの親父が
狭間さんの話だけは
よく聞くのである。

狭間さんに
こっそり、
北斎の説得をどうしたか聞いたけど、
同じ穴のムジナやな。と
笑うだけだった。

北斎の
デザインは
本当に素晴らしかった。

死に際、
「あと、10年生きたいが せめてあと5年命があったら
本当の絵師になれるのだが。」と残した彼は
死後、己の技術を進化させていた。

豪華絢爛で
豪快さと繊細さを
優艶に表現されたデザイン。

橋を渡るものが
生前残した心残りを
吹っ切り
歩いて行けるように
デザインされていた。

橋は完成した。
この橋を天界からご覧になっていた
お釈迦様が直々に
“夢望橋”(ゆぼうきょう)と
名付けてくださった。

開橋式には
閻魔様もご列席され
三日三晩 宴が繰り広げられた。

三途の河の船頭たちも
夢望橋遊覧クルーズをオープンさせ
こちらも大人気だった。

宴も終わり、
僕は橋を歩いていた。

これまであった
いろいろなことを
思いだしていた。

三途の河のせせらぎは
心地よく
幸せな気持ちにしてくれる。

見上げれば
極楽鳥や
龍が舞い
桜も紅葉も金木犀も
場所を変えて咲いている。

いいもんだなと
自分の仕事に
少し酔いしれていたら

コツコツコツと
向こうから誰かが歩いてくる。

彼岸以外
黄泉の国から
誰かが来ることは
珍しい。

光のベールから
ぼんやりと現れたのは
詩織だった。

「詩織!!」
大声をあげて
彼女の名前を叫んだ。

そして、
走って彼女の元へ向かった。
走っても走っても
彼女の元に辿り着かない。

必死で彼女の影を追うように
全速力で走り続けた。

その時、
突風が吹き
着物の胸元に入れておいた
彼女の髪の束が
ふわっと飛ばされた。

髪は舞い上がり
気づいたら
僕はひとりたたずんでいた。

腑に落ちるというの
こういうことなのか。

僕は詩織の全てを悟った。

神から贈られし
大切な箱を開けてしまった彼女。

怒り、悲しみ、
憎しみ、悪が
その箱を飛び出し
この世界に溢れた。

今の時代、
世の中が息苦しく
世知辛く
不自由な生活を強いられているのは
そんな彼女のせいなのか。

詩織は何度も何度も生まれ変わり
いくつもの時代の中
その罪を償っている。

禍となり
旅していた彼女の前に
現れた僕は
彼女の希望だったわけだ。

パンドラが開けた箱の
最後に入っていたのは 希望。

バルセロナで
過ごした日々は
詩織にとって
笑顔で過ごせた時間。
それこそ
彼女の夢だった。

「もういいだろう!
彼女は罪を償っただろう。
僕が橋をかけたら
彼女を解放してくれるんじゃないのか!!」

僕は叫んだ。

空に浮かんだ彼女の顔が
ニコッと笑った。

あ り が と う

風と共に
詩織の声が聞こえた。

「しおりーーーーー!!」
僕は叫んだ。
ただただ叫んだ。

その叫びは

あの日の
夏空に吸い込まれていった。

おわり。



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