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部活の思い出・・・

一番初めにその競技に出会ったのは小学生の頃。
とはいえ、まだそれではなく台の上に人がのりゴールの代わりだった競技。
そして、それから一年もたたないうちに小学校のクラブ活動以外の活動として始まった「ミニバスケ」に参加したのが本格的にバスケットボールに触れた一番はじめになるのかな。

当時、ミニバスなんていっても男の子には「野球」が人気だったし、女の子には「バドミントン」や「バレー」が人気でバスケットボールはそれほど人気でもなく、という私もバドミントンの人数の申し込み人数が大幅に増えてしまい、バドミントンの抽選に落ちたからミニバスへ入ったようなもの。

バドミントンでは結構いいところまで成績を残せたんだけどね。
タイミングってなかなか合わないものです。
それから、結局小学校2年間、中学、高校と計8年近くバスケットボールと向き合う時間になりました。

中学・高校は一貫校で、しかもバスケットボール部は弱小部活。
入学した学校は「水泳部」「ソフトテニス部」「バレー部」が三強。
それ以外にも「フェンシング部」「ダンス部」なども軒並みメダルやら賞やらを取れるメンバーがそろっていた学校でした。その中で「バスケ部」は肩身の狭い思いをしてきましたよ。

バスケットコートとは言えないほどの寸借のおかしいコートでしたから、本番になるとどうしても距離感がおかしくそれにホントに苦労しました。

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それでも、学校側は私立ということもあってか
コーチだけは、体育大系の大学生が見てくれてましたので、悲しいかな
練習だけは大学の練習のメニューを少し優しくしたものになってましたし、動きや攻め方などもコーチも大学でバスケをしている人が来ていたので、それなりの動き方を教えてもらえていたのはよかったのかもしれない。

結果、それが親になって役に立つとは思わなかった。

子どもがバスケにはまり、今は審判の試験も受けたりしているバスケバカに育ってりまったけどね。

365日ほぼ休みなしの練習。夏休みには1週間避暑地(?なのかな?)へ行って合宿。
(そこでの思い出は結構忘れられないものになったなぁ)
おまけに、今のご時世のようにスマホや携帯電話などがあるわけもない時代だから、当時の合宿中の写真などあるわけもなく。

バレー部と一緒に行かされた合宿で、今では考えられない状況を目の当たりにして内心(バレー部にはいらんでよかった・・・)と本気で思ったのも思い出。

合宿終わりの日、元から実家の両親が旅行の計画を立てていた日程と丸かぶりしていたので、宿でみんなと別れ宿のスタッフさん迷惑をかけつつ待たせてもらったのもいい思い出。

二木先生お元気にしてらっしゃるんだろうか?
北村先生どうしていらっしゃるんだろうか?
木村先生も試合の日にはなぜかあの人ゲン担ぎしてくれてたんだよなぁ。
もう・・・いい御年になってるんだよなぁ。

生意気な生徒だったよなぁ。と・・・・・・・・

そして、なぜか朝練の恰好のまま制服に着替えもせずに授業うけてたけど、誰も怒らなかったよなぁ~先生たち。
あ、もしかして初めは言われてたのかもしれないけど「めんどくさいんだもん」って言ってたら何も言わなくなったのかな?
一度だけ「お前スカート丈ながい!」って制服着てたらおこられたことがあったけど「・・なんもしてないよ?先生。」っていったら
「あ。お前が正常な長さなのか・・・だめだ、、、短いのが当たり前になりつつあるな・・俺」ってぼやいてた先生がいたっけな。

そして、今もバスケが好きです。

そして、私の大好きな選手はジョン・ストックトン。
もちろん、ユタジャズが好き。


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