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第4話 福島県・郡山市編|あつかんオン・ザ・ロード|DJ Yudetaro

さて、米子にやってきたと云うのに、肝腎の伯耆の大山は、一向に姿を見せなかった。雲煙縹緲。案内の人達から、大山について、千万言説明されてみたって、見えない山は、仕方がない。なにしろ、うまいものを喰べにやってきたなどと云う、不心得者を相手にしては、大山女史も、その容姿を隠すのだろう。

檀一雄「美味放浪記」

真夜中のオン・ザ・ロード

福島県の郡山に熱燗を飲みに行くが、その前に朝から安達太良山に登る予定なので、前日の夜に千葉県の柏で、同行するDJ RAZZと待ち合わせ、彼の運転で柏から深夜の道を北上した。
少し進むとバイパスから折れて、「この道を真っ直ぐ進めば郡山の方に着く」という。信じられなかったが、にわかに興奮をおぼえた。
柏と郡山が線で結びつかず、頭の中の地図はぐしゃぐしゃだ。知らない土地、真夜中の道路、異世界に連れていかれる気がする。

国道294号線

ロードサイドの闇に、深夜の道の駅やマクドナルドのドライブスルーが明かるく浮かんでいた。こういう何でもない光景こそ、不思議と心に長く刻み込まれ、忘れないものだ。
やがて瞼が自然に閉じてしまって、次に目を開けたら福島県にいた。
登山口まで行くと、さっきまでの蒸し暑さから一転して空気がひんやりと冷たい。
ふたたび朝まで仮眠をとる。

不心得者、安達太良山へ

さて、安達太良山といえば高村光太郎「智恵子抄」のフレーズ「本当の青い空」が有名だが、せっかく苦労してロープウェイも使わずに登頂したのに、肝心の青い空は姿を見せなかった。
麓の二本松市は朝から青空が広がっていたが、登り進めるにつれ雲が増えてきて、山の上まで来るとすっかり雲煙に覆われている。
まあ檀一雄と同様、私もうまい熱燗を飲みに福島にやってきたという不心得者なのだから、当然の罰なのだろう。

曇りの山頂

でも、智恵子の青空は拝めなかったとはいえ、頂までの道中は充分楽しむことができた。
樹林帯の狭い急峻な道を息を詰まらせながら登るあいだは苦しかったが、稜線に出て、パッと視界が開けた瞬間は感動的だった。独特の茶色と白で彩られた火口の絶景、その勇壮さ、迫力に圧倒される。冷たい風が汗まみれの膚を癒してくれるように吹きつけて、心地よかった。

なんとなく美味しそうな景色

下山後は登山口にある温泉でひと風呂浴び、二本松から郡山に移動する。
宿に車を停めてチェックインし、しばらく身体を休めたあと、市街地を散歩しつつ今宵の酒場「嘉肴 鷹野」へと向かった。

郡山の繁華街を彷徨う

ちょうど夜の帳が降りる時間帯、ここは関東よりも湿度が低いようで、市街地なのに気候が爽やかで涼しく感じられる。
DJ RAZZと駅まで続く真っ直ぐな広い道を気持ちよく歩きながら、「郡山って何があるんだろう?」という話になった。
生活するには便利そうで住みやすそうだという印象は受けたが、いわゆる観光名所というのは少ないようだ。
しかし、ホテルのロビーも、胃を広げるためにビールを飲みに入ったチェーンの居酒屋も、大勢の人で賑わっていた。それなりの規模の都市で、産業があって、ビジネス目的で来る人が多いのではないかと思われる。

繁華街と大通りの交差点

大きな交差点をすぎると、景色が繁華街になった。
ライブハウスやクラブ、バーの前に人があふれて屯している。想像していたよりも若々しくエネルギーに溢れた街だ。
目抜き通りから一本入ってみると、古い飲食店が立ち並ぶ路地裏があり、探検しがいもありそうである。
駅のそばは、スナック、キャバクラ、ガールズバーの看板を多く掲げた雑居ビルがひしめいていた。みると、どこもエリートという会社の物件のようだ。

こんなビルが林立している

美しい酒器と感動の熱燗

さて、今回の土地は今までと違い知己に頼れないので、シリーズ4回目にして初の試みで、知らない店を一見で訪問するのだ。
事前にGoogleマップで「熱燗」と検索して表示されたなかから目星をつけて予約したのが「日本酒バー 嘉肴 鷹野」であった。
場所は郡山駅からほど近いアーケードの商店街の中にあり、入り口からは安達太良山の1000分の1程度の標高差を登って、2階がお店となる。

鷹野の入り口

特に予約席は用意されていないようだったが、カウンターは満席で、小上がりに通された。こちらにはまだ先客がいないようだ。
掘りこたつの座敷はテーブルが広く、とても落ち着ける空間である。
メニューには福島県の地酒がずらりと揃っており、期待に胸が高鳴った。
注文をとりにきた女将さんと、私たちが遠方から来たことや安達太良山に登ってきたことを会話する。
割烹のような店構えから、一見の客には敷居が高いかもしれないと心配していたが、とても優しく接してくださり、ほっとした。
全種お燗OKということを確認し、おすすめされた喜多方の地酒「奈良萬 純米酒」の熱燗と料理を何品か注文して待つ。
「熱燗ですと、少々お時間いただきますが、よろしいですか?」
もちろん快諾したが、電子レンジではなくちゃんと湯煎して丁寧に燗をつけている証左だ。

福島の地酒メニュー

やがて運ばれてきた奈良萬の熱燗だが、飲む前に嬉しい驚きがあった。
酒器がとてつもなく美しいものだったのである。
見事な朱色の徳利に、ロマンチックな貝殻のような薄紫色の平杯。
お通しの「金目鯛の刺身」とあわせて三点を配置したら、ちょっとした絵画のようにみえた。後で訊いたら、会津若松の慶山焼のものだという。

お通しと燗酒。酒器も箸も素敵すぎる

手に持った時の感触、馴染み方も最高なそれらの器で味わった奈良萬の燗は、忘れられない一杯となった。
そこまで重くはないタイプで味がバランスよくまとまっているが、米の旨み、コクは豊かで深い。そして、喉に入ったあとの、余韻が良い。とにかく沁みる。喉にも胃にも心にも沁みた。奈良萬の酒質ももちろん、燗の付け方も相当上手なのだと分かった。
DJ RAZZも、すっと鼻に抜けるような余韻に驚き、感激している。

私たちが奈良萬の夢心地に浸っているうちに、頼んでいた「会津馬刺し」「クリームチーズ酒盗」が到着した。
馬刺しは地域によって食べ方が違い、福島では辛子味噌をつけていただくようだ。クリームチーズ酒盗の見た目は、まるで活火山で、安達太良山から見えた景色にそっくりだった。どちらも最高の酒肴(アテ)だったのは言うまでもない。

辛子味噌でいただく馬刺し
食べる安達太良山

素晴らしい店に入ったと喜ぶ反面、満席のためカウンターに移動できないのがもどかしく感じられた。
できればカウンターで、おかみさんや、ほかのお客さんと言葉を交わしてみたという欲が湧いてくる。このまま会計が終わってしまうと、胃は満足だろうが、一抹の疎外感が残り、悔やまれる気がするのだった。
しかし、私の思いに反し店内はグループ客が入り、お座敷も混み合う状況となっていく。

飯豊山の幸。爽やかでクリーミー

私たちも仕方なく2回ほど席を移動することとなったが、そのお詫びにということなのか、飯豊山で採れたものだという「わらびの塩漬け」がサービスされた。わらびというと苦い印象だが、天然のそれは噛みしめると、山のエネルギーを感じさせるクリーミーなエキスが口の中に広がる。
そのクリーミーさは、2本目の燗に頼んだ「会津娘 純米」のライトなコクと、極めて絶妙な融合をはたした。双方の甘味、コクともに、控えめで優しい。会津娘は東京の居酒屋や、取り寄せて家でも飲んだことがあったが、断トツにこの店の熱燗が美味しかった。馬刺しとも抜群の相性だ。

燗冷ましも最高な会津娘

すっかり席が埋まった店内を見渡すと、お客がずいぶんと若いことに気付く。ほぼ全員20~30代ではないか。見かけもメニューも渋い店なのに、ここまで若い人が多いのは意外に思った。郡山の街のエネルギッシュな若さを目のあたりにした。
両隣のグループは、どちらも大学か会社かの同期の集まりのようで、お酒をどんどん注文して、大いに盛り上がっている。
ただ、見る限り燗酒はいっさい頼んでおらず、ぜんぶ冷やのようだった。

「熱燗を飲んでいるのは私たちだけですね?」
「そうですね、冬は燗酒もよく出ますが、いまの時期は冷やですね」
そりゃ8月に燗を頼むのは私たちくらいで、普通はこの暑さでは冷酒しか飲む気が起きないだろう。

私たちもここで冷酒を挟むことにして、郡山の商店街のアーケードに広告が貼られていた「三春駒」を頼もうとするが、あいにく切らしているというので、同じ酒蔵の「純米吟醸 愛姫(めごひめ)」という銘柄を注文する。
愛姫は奈良萬や会津娘とはずいぶん味わいが異なり、吟醸香が強めで華やかなお酒だった。肴は「真鱈の塩焼き」。とてもジューシーで美味しい。

このお皿もなかなか良い

おかみさんは注文を捌くのに大忙しだが、それでも気を遣ってちょくちょく私たちに話しかけてくださる。
なんて優しい人なのだろう。つい手伝ってあげたくなってしまうが、なんと実際に手伝っているお客がいた。

常連だという若い女性が2人ほど、注文を取ったり、お酒を冷蔵庫から出して注いで運んだりしている。
「ごめんなさい、騒がしくて。なんかお酒頼まれますか?」
ワンピース姿のほっそりしたお姉さんが我々の座敷にもあいさつに来たが、かなり出来上がっているようだ。
だが彼女が、私たちを密林の急坂から開けた稜線へと連れ出してくれ、そして風を運んできてくれる精霊のような気がした。

かえるマークでおなじみ仁井田本家のおだやか

郡山に蔵を構える仁井田本家の酒「おだやか」を冷酒で頼み、せっかくだからとお姉さんにも「どうぞ」とお猪口を勧めると、テキーラのショットのようにコンマ1秒で飲み干してしまう。

酒の精、酒薫る風、本当の青空

すると、このタイミングで席が空き、我々は念願のカウンターに移動できることになった。
今まで隔ていた仕切りのようなものは取り払われ、一気に私たちの視界は開け、パーティーに突入する。山頂で見損なった本当の青い空がいま見えた気がした。

自然に他のお客と入り混じって盃と皿が次々と交わされ、爽やかだが濃密な時間が流れる。全員が優しくフレンドリーだった。
座敷で盛り上がっていた威勢も体格もよい御一行は結婚式の三次会で、先ほどのお姉さんのお仲間、みなさん教師だという。
カウンターで隣り合ったのは、横浜から出張で来たという若い男性だ。私も神奈川出身だという話をするが、さほど驚かれたわけではない。このお店は県外からのお客もそれなりに多いようだ。皆、彼のようにリピーターになっていくのだろう。
そしてその隣では、なんと仁井田本家の社員の方が飲んでいた。
普段から愛飲しているファンとして、色々と仁井田のことについて会話を交わしたが、残念なことにぜんぜん覚えていない。
ただ、とにかく楽しそうにお酒を飲む方で、このくらいお酒を愛する人が働く蔵なのかと、仁井田本家に対する信頼が深まった気がした。

ゆで卵と雲丹ソースいま見るとこれも安達太良山っぽい

何皿か、小鉢が登場した。私たちが注文したのか、誰かが注文したのか、いや、ほとんどお店からのサービスだったと思う。
テンションが上がっている状態とはいえ、どれも美味で、特に「雲丹ソースとゆで卵」は抜群だったと記憶している。
最後に頼んだ熱燗は「辰泉 超辛口 真夏の!⁺12」だったが、ラベルとは裏腹に、ふわっとまろやかな旨みが広がり、むしろ甘ささえ感じたのは、さすが辰泉のなせる技なのか、それとも鷹野ならではのマジックなのか。
とにかく、その優しく膨らむ旨みが、雲丹ソースゆで卵と絶妙にマッチしたのは、酔いで脳が機能を失っていても、舌が覚えていた。

超辛口を警告しているような赤色だが、ぜんぜん辛さを感じさせず

まるで深夜時間帯のDJバーみたいだ、とDJ RAZZと笑いあった。キャパが小さいクラブとか、あとは小鳥書房でときどき開催される良夜にいるような感じだ。
なぜか「区間新記録」というワードで盛り上がっていた。注文を聞いてくれた酒豪のお姉さんが陸上の選手で、区間新記録を出したらしいのだ。こうやって文章に書くと何でもないエピソードであるが、当事者は可笑しくて仕方ない。
初めてなのに、もう何回も飲みに来ているような感覚で、全員と打ち解け、盛り上がり、喋っていたらあっという間にカンバンとなってしまった。

うろ覚えではあるが、最後は女将さんが「ゆでちゃん」と呼んでくれて私は照れ臭かったようだ。
人も料理も酒も三拍子揃った店だったが、その中心となるのは優しく包みこむような女将さんのお人柄だと思った。
もし郡山に出張する機会があったら、一人でも鷹野に立ち寄って損はない。じっくり酒と肴に向き合うもいいし、周りを向けば、寛闊な人たちが、明るく饗応してくれるであろう。

もう一軒行くかどうかの話になって、DJ RAZZは「いやもう今日は終わりにしよう」といい、爽やかな風が吹く中、また我々はホテルまで歩いて帰ったそうだ。

翌日、ホテルのすぐ近くの酒屋がなんと朝7時から開いていて、私は奈良萬の純米酒をお土産に買って帰った。

今回の取材先:
日本酒バー 嘉肴 鷹野
福島県郡山市駅前2-7-16 アーケード第2増子ビル2F
営業時間/17:00~23:00
定休日/日曜日、第1、第3月曜日


著者:DJ Yudetaro
神奈川県生まれ。DJ、プロデューサー、文筆家。
写真家の鳥野みるめ、デザイナー大久保有彩と共同で熱燗専門のZINE「あつかんファン」、マニアックなお酒とレコードを紹介するZINE「日本酒と電子音楽」を刊行中。年二回、三浦海岸の海の家「ミナトヤ」にてチルアウト・イベントを主催。
Instagram:https://www.instagram.com/udt_aka_yudetaro/
Twitter:https://twitter.com/DJYudetaro/

この連載ついて
日本酒を愛するDJ Yudetaroが全国の熱燗を求めて旅する連載企画「あつかんオン・ザ・ロード」。毎月15日の18時公開予定です。第5回は11月15日18時に公開します。

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