見出し画像

=音楽を小説にする= ココロカラシネヨ

IIOT  『ココロカラシネヨ』
2023.11.10 release

5曲入りアルバム内の1曲を先行配信。
電車に乗っていたとき、一人の高校生が「おまえ、死ねよ?心から死ねよ?」と同級生たちに言われているところに遭遇したことがきっかけで作った楽曲。




暑くも寒くもない過ごしやすい気候の割には、なんだかとても、ダルい。
ゴールデンウィークが終わり、日常に引き戻された休み明けの、四限終わりの昼休み。世間では五月病が萬栄するとされる時期だった。

「そういえばさ、お前の押しって誰なの?」

家から持ってきたいつもの味がする弁当を食べ終わり、眠気を頭の中で転がしながらウトウトしていたところを、唐突に後ろ方向から声をかけられた。僕は、反射的に
「押し?そんなの、いない。」
と答えていた。

聞いてきたのは、薄いピンク色の髪をトレードマークにしているクラスメイト。彼が、人数が沢山所属しているアイドルグループのファンで、押し活に勤しんでいるらしいことは、なんとなくは知っていた。
僕は、誰かを押したいという願望自体がよく分からなかったし、彼と仲が良いわけでもなかったから、そのことについて、尋ねてみたり話したことは無い。それに、会話をしたところで、彼にとっても僕にとっても有意義な時間になるはずがない、と思う。

僕にも、好きな芸能人やミュージシャンはいるし、お気に入りのアニメなんかもある。けれど、のめり込んでいるか、といわれれば、そういうわけでもない。誰よりも詳しいか、といわれれば、僕より詳しい人は、きっと山ほどいると答えるしかない。
その時々で興味のもったことや、やりたいと思ったことを適当にやっている、ただそれだけのことだった。
それに、やりたいこと、と言っても、まったく大したことではない。
動画を見るとか、ラジオや音楽を聴くとか、取り立てて誰かに言う必要もないくらいのことだ。

高校生にもなって、やりたいことっていうのがその程度のことしかないことについては、多少の焦りを感じてもいる。
ただ、現時点で、何かを真剣に目指して努力しているわけではなかったし、一定の焦りがあったところで、突然ニョロニョロっと(将来の夢)が生えてくるようなことは、今のところ、なかった。

家の居間で付きっぱなしになっているテレビ番組があまりにも面白くなくて、ネット動画や動画配信サービスに移行しただけだし、ラジオは、中学生になったあたりに、偶然聞いた番組がたまたま面白かったから、なんとなく聞き続けているだけだ。

ラジオに関してあえて言うならば、平日の夕方から夜九時までやっている、グルービーラインという番組は割とかかさずに聞いている。番組頭から終わりまで通して聞くって感じじゃなくて、聞ける時に聞くスタイルが僕の日常。
このラジオ番組で流れた曲がきっかけで好きになったアーティストやバンドは沢山いる。今、日本で人気のあるアーティストではなく、洋楽やコアな邦楽を教えてくれるのが、面白いし好きなところだった。

ただ、特定の対象の人だけを応援したり、時間やお金をつぎ込んだりすることに、僕はあまり興味がない。
そういう僕みたいな人もいる、ただそれだけの話だ。

それだけの話、で終わらないのは、僕が高校生だからなのだろうか。はたまた、高校を卒業しても、集団の中で生活していると、こういうことが起きるのだろうか。

「押しはいない」と答えたその瞬間から、僕が座っていた椅子半径三十センチメートル以外の学校内の敷地にいる生徒達ほぼ全員から、蔑まれるようになってしまった。

蔑まれるという言い方は正しいかはわからない。それをいじめという人もいるだろうし、いじめではないという人もいるだろうから、僕にはどんな言葉でカテゴライズすればいいのかは判断がつけられない。

ただ、日常生活が埃っぽいグレーな色で他人に塗りつぶされていくのは確かだった。

--------

ここから先は

6,195字

¥ 350

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?