雑文「小説道場・月姫編」

 続いては門弟志望、那須キノコ(このペンネームなんとかならんかね)『ツキヒメ』。五千枚(長い!)の力作である。
 いまは懐かしい「吸血鬼モノ」(ときめきトゥナイト!)なのだが、アニメと私小説がごっちゃになったような不思議な読み味の作品だった。キャラクターの描写もほとんどマンガで、登場人物が多いわりに三人ぐらいまでの書き分けしかできていない。世界観は魅力的なので、いいイラストレーターと組んで挿絵がつけば、若干、印象はマシになるのかもしれないとは思う。
 文章について指摘すると、ところどころに光る修辞はあるものの、全体的に表現が冗長で硬い。へんへーにはすごく、だれかから批判されることを恐れてわざと難解にした、防衛的な硬さに思えたね。ただ、この硬さがバシッと決まる場面もあるので、もっと読者に対するガードを下げて、短くて平易な文章を意識して増やすといい。そうすれば、ずっととっつきやすくなるだろう。
 キツイことを言うようだけど、いまの君にはまだ、この規模の群像劇をキチンと書き上げるだけの地力はない。もっと登場人物を減らして、いちばん書きたい関係だけにしぼってごらん。そうして、少しずつ書ける範囲を広げていったほうがいい。ほんとうは、先輩なんかとではなく、もっと妹との関係を掘り下げたかったんじゃないの? たいせつなのは、物語がどう動きたがっているかの声をじっくりと聞いてあげることだ。それは同時に、自分の心を知る作業に他ならない。
 そして、ひとつ私が大きな瑕疵であると感じるのは、不死身の吸血鬼をそれと知らずに殺害してしまうくだりだ。夢の中で人を殺してしまい、汗びっしょりに目を覚まして、夢だったことにホッと安堵する。そんな経験はだれにでもあるだろう。着想の原点はそのあたりじゃないかと思うが、殺人(この場合、殺バンパイアか)を肯定するために「天涯孤独の粛清マシーン」みたいな設定をひねりだしたところで、主人公の動機が「快楽殺人を目的とした通り魔」のそれであることは決して消えやしないのだ。もちろん、小説に書いてはいけないことなどない。しかし、君があつかおうとしているのは、死ぬほどデリカシーのいる、極めてセンシティブな内容だ。君にその覚悟があったとは、とうてい思えない。力量もだ。自分の娘を通り魔に殺された両親の気持ちが、いったい君に想像できるのかね?
 なるほど、君は自分の苦しさのために書いたのであって、その人たちのために書いたのではないと言うのかもしれない。だが、小説を世に問うというのは、そういうことなのだ。娘を殺された両親の元へこの作品が届き、彼らの感じることに対していっさいの申し開きが許されないということなのだ。かように、書くことは地獄だ。けれど、先生はこの地獄が嫌いではないのだよ、那須。もしかすると君はまだ若く、切実に自分が救われることを願っていて、そんな親の苦しみなんて薬にもしたくないと思っているのかもしれない。君に必要なのは、おそらく時間であり、人生経験だろう。しかし、あせって大人になることはない。愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。きっといつか、私の言うことがわかる時が来ると思う。
 最後に辛辣なことを言ったが、世界観や造語のセンスにはキラリと光るところがある(ような気がする)。いちど吸血鬼モノから離れた別の作品を見せてください。四級。

 ……そして、次作の『Fate/stay night』で、大絶賛から初段へ昇格するイメージ。

 うーん、ツギハギって感じで、似ないなー。これでシンエヴァ批評やりたいのになー。

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