誰もが加害者、被害者予備軍となりうる異常社会への警鐘

 これは写真集なのだろうか、物語なのだろうか。現実なのだろうか、虚構なのだろうか。

『Hijack Geni』は、徹底的なリサーチによる裏付けのもと構成された写真と文章によるフィクションである。断片的な大量のナラティブは、報道や書籍以上に、特殊詐欺という犯罪の真相を抉り出しているように思えた。他人事ではない。本当に日本は安全な社会なのだろうかと寒気を感じた。

 612ページ、重さ2kg。その外観はイエローページをイメージしている。特殊詐欺のターゲット名簿の6割は、電話帳からピックアップされていたことによる。電話帳に使われている紙と同じものを用いた限定90部のアーティストブックである。

 特殊詐欺の犯人や被害者を実際に撮影することは、ほとんど不可能だ。90人に及ぶ高齢者と若者のポートレートは、すべて千賀健史本人の写真をスマホアプリで加工したものだ。それに架空の名前をつけて、誰もが加害者にも被害者にもなりうることを暗示している。また、ちぎれたり水に溶けたりして顔が判別できない抽象的表現も目を惹く。これは、犯人グループが証拠隠滅のためにリストを印刷した水溶紙を溶かしてすべてがなかったことにしていた事実に起因した表現だ。

 このような写真に手を加えた表現は、インパクトが大きい。だが、読み進むうちに、だんだん、この作品の凄みは、さりげないイメージカットにあるような気がしてきた。千賀は、実際にコインロッカーから別のロッカーに荷物を運んでみる、高齢者に会いに行ってみるなど犯人の行動をなぞっている。また、会議室を借りて、多数のプリペイド携帯やホワイトボードなどを用意してアジトのイメージを再現している。なにげない新宿駅前や児童遊園の写真が現金受け渡しの現場に見え、談笑している生徒のうちの誰かが、将来受け子になってもおかしくないという気がしてくる。警視庁のtwitterからの特殊詐欺被害の情報や詐欺電話の会話を再現する文字情報は、重低音となって頭の中で鳴り響き始める。

 いわゆる裏社会の人間ではなく、一般人が「仕事」として詐欺行為を行うような異常な社会への警鐘である。

 写真新世紀2021で『OS』(当時のタイトル)が優秀賞受賞。このときすでに特殊詐欺を扱った本プロジェクトのダミーブックは12冊。そこからさらに進化を経て本書にいたる。2022年シンガポール国際写真祭でダミーブックアワード受賞。タイトルはChiga Kenjiのアナグラムでもある。

千賀健史『Hijack Geni』 



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