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日本で売られているレッドBULLには入っていない成分

今年もFormula One(F1)の日本グランプリが開催され(9月24日決勝)、Red Bull Racingレッド・ブル・レイシングがチームとしての年間王者になりました。(選手個人のチャンピオンは未決定)

親会社はもちろん、飲料を製造販売しているオーストリアの企業です。

(同国の公用語であるドイツ語ではRedのdは濁らずにtのような発音をするらしいですよ)

同社の飲料は、元々タイでリポビタンDに対抗するべく売られていた「クラティン・デーン」(赤い雄牛、の意)という栄養ドリンクにヒントを得て、それをヨーロッパ人の舌に合うように味を変えたものです。

ラーメンのジャンルを表す言い方になぞらえると、「クラティン・デーン・インスパイア系」飲料です。

「1984年にオーストリア人のディートリヒ・マテシッツが国際的な販売権を獲得。独自の配合で数年をかけて改良を行い、Red Bull「レッドブル」の名称で販売を始めた。(中略)
商品開発に当たっては、特に日本のリポビタンDから大きな影響を受けているとインタビューで語っており、その成分が参考にされた。」
ウィキペディア

こういう経緯だそうなので「リポビタンD・インスパイア系」とも言えるでしょう。

今回の投稿ではこのbullという単語を掘り下げてみます。意外と奥が深い探検となりました。

bull

bullという動物

「牛」を表す英単語はcowなど色々あることはご存じの通りですが、bullに関しては「去勢していない、成長した雄牛」を指します。

また、牛以外に「大型の獣(象、鯨など)の雄」や「ブルドッグ」のことも言います。

bulldogは、雄牛と犬を闘わせる「牛攻め」のために品種改良された犬種であり、bullとdogを足して作られた名称です。せっかく足したのに、またdogを引いてbullだけで「ブルドッグ」を指すなんて…

bullという人間

辞書には人間を意味する用法も載っており、「(雄牛のように)大柄ながっしりした人」「警官」という意味で使われることがあるそうです。

また、「値段が上がると考えて株・商品を買う人」のことも指しますが、以前の投稿『BEARの害はBEARできない』で引用した説明を再びご覧ください。

「ブル・ベアとは、相場の強気・弱気を示す言葉です。
ブル(Bull)は強気のことで、雄牛が角を下から上へ突き上げる仕草から相場が上昇していることを表し、ベア(Bear)は弱気のことで、熊が前足を振り下ろす仕草、あるいは背中を丸めている姿から相場が下落していることを表す言葉として使われています。(後略)」
SMBC日興証券のサイトより)

辞書に載っている使い方ではありませんが、アメリカのイリノイ州シカゴに本拠を構えるバスケットボールの「Chicago Bulls」の選手もBullと呼ばれる人間です。「俺達は雄牛達だ」と名乗っている訳なので、その一員は「雄牛一頭」という理屈になります。すなわち「a member of the Chicago Bulls=a Bull」です。

「Jordan's last game as a Bull, on June 14, 1998, proved to be a memorable one.
(マイクル・ジョーダンの、ブルズの選手として最後の試合は西暦1998年6月14日だったが、それは後々記憶に残る試合となった)」
Pinterest

「チーム名はイリノイ州で畜産が盛んだったこと、MLB、NFLのチーム名が獣の名前であったことに由来する。」
ウィキペディア

シカゴにはかつて大規模な食肉加工場があって、その業界ではアメリカの中心地だったそうです。

Bullsが創設される前には当地にPackersという名のチームが存在していました。この場合何をpackするのかというとmeatであり、つまりpackerは「精肉出荷業者」の意です。

シカゴにあるMLB(野球)のチーム2つの内1つはChicago Cubsで「小熊達」、NFL(アメリカン・フットボール)については「Chicago Bears」で「熊達」です。

さきほどの相場関連の意味を見た後に「シカゴの町の中でbullとbearが揃っている」と知ると、ここが商品取引所を抱える町であるだけに、ちょっとおもしろい気がします。

慣用表現の中に出てくるbull

ダーツをされる方にとっての「ブル」とは「標的の中心部」でしょう。

正式にはbull's-eyeですが、「hit the bull's-eye」と言った場合、文字通りに「的の中心を射る」を意味する以外に、言葉が「的(まと)を射ている」とか、物事に「成功する」の比喩として用いられます。

雄牛に暴れられるのはただでさえ困ったことですが、それが割れ物のある空間であれば尚更です。

「a bull in a china shop
はた迷惑な乱暴[そこつ]者
《★【由来】 「陶磁器屋に闖入(ちんにゆう)した雄牛」の意から》.」
(研究社新英和中辞典)

例えばこのように使います。

「As a politician, he was a bull in a china shop and often had to apologize for his rough speech.
(政治家として彼は、注意が必要な場面で無神経な振る舞いをする人物だった。荒い言葉遣いをしたために謝罪しなければならないこともしばしばだった)」
(Merriam-Webster)

英語以外のヨーロッパ言語にも類似表現があるのですが、そこでは「雄牛」ではなく「象」が姿を現します。

独:ein【Elefant】《im Porzellanladen》
仏:un【éléphant】《dans un magasin de porcelaine》
西:un【elefante】《en una cristalería》

独・仏は「不定冠詞+【象】+《磁器の店の中》」、
西は「不定冠詞+【象】+《ガラス製品の店の中》」
という具合に構成されています。

次にご紹介するのは「〔take〕the【bull】《by the horns》」で、文字通りには闘牛士が「雄牛の角を掴(つか)んで」制禦(せいぎょ)することですが、比喩的に「決然と困難に立ち向かう」ことを意味します。

これも各国語に類似表現があります。

独:den【Stier】《bei den Hörnern》〔packen〕
仏:〔prendre〕le【taureau】《par les cornes》
西:〔coger〕al【toro】《por los cuernos》

独は「定冠詞+【雄牛】+《角で》+〔掴む〕」、
仏は「〔掴む〕+定冠詞+【雄牛】+《角で》」、
西は「〔掴む〕+前置詞と定冠詞の縮約形+【雄牛】+《角で》」
という組み立てなので、英語とほぼ同じです。

bullを構成要素に含んだ単語

畜産にちなんだ単語であるbullpenがそうです。

元々は「牛の囲い場」のことであり、そこから「仮留置場」や野球の「リリーフ投手の練習場、ブルペン」を意味するようにもなりました。

先程bull+dog=bulldogの話をしましたが、bull+frog=bullfrogは日本語でも同じ構造である「牛蛙(うしがえる)」のことです。

『Hey Bulldog』は西暦1969年/昭和44年発表の、the Beatlesの曲です。

「本作は当初「Hey Bullfrog」というタイトルで作曲され、リハーサルが行なわれていたが、レノンとマッカートニーが犬の吠え声を真似たコーラスを入れることになり、「Hey Bulldog」に改題することとなった。」
ウィキペディア

改題されはしたものの、bullfrogという言葉は歌詞の中に残っています。

『The Beatles - Hey Bulldog (Promo video)』(字幕を表示させてご覧ください)
https://www.youtube.com/watch?v=M4vbJQ-MrKo

(マッカートニーが優れたベース奏者であることが改めて感じられます)

bullの動詞用法

雄牛の「突進」のイメージを持つ動詞としてbullを使うことがあります。

wayという単語を「進む道」「行く手」の意で使い、直訳すれば「進んで行く先の道を作る」になる「make one's way」が「進む」を意味するのは学習されたことがあるかと思います。

このmakeを他の動詞に取り替えてその動詞の持つニュアンスを「進む」に上乗せする表現がしばしば見られます。例えば、「elbow one's way」ならば「肘(ひじ)を使って押し分けて」+「進む」となります。

使う動詞がbullならば雄牛のイメージがトッピングされて、「力強く進む」を意味します。

カナダの財務大臣などを務めた政治家Jim Flahertyジム・フラァティが亡くなった際に、同国の雑誌『Maclean's』が葬儀の模様について出した記事があります。

同一文章の中で「make one's way」と「bull one's way」の両方が出てくるので、比較してみましょう。

「(前略)they made their way to Toronto’s St. James Cathedral.
(人々はトロントの聖ヤコブ大聖堂へと向かった)」

これは会葬者達が葬儀の会場へ向かう様子であり、ごく普通の表現であるmakeの方が使われています。

一方、フラァティの親しい友人でトロント市長であるRob Fordロブ・フォード(この人も今では故人)に関しては次のように描写されています。

「Ford, accompanied by his wife Renata, bulled his way through a crowd of television cameras with the help of his bodyguard.
(フォードはラナータ夫人を同伴し、護衛の助けを借りながら、テレビ・カメラの群れの間をぐいぐいと進んだ)」

有名人からコメントを取ろうとメディアの人間が群がる中をかき分けるように押し進んで行く様子を、bullのニュアンスで表現しています。

bullの動詞用法にはこの他に、何かを「強引に通す」というのがあり、例えば、反対があってもbill(法案)をParliament(議会)で通すことを表すには…

「The government got the bill through Parliament.
The government pushed the bill through Parliament.」

というように、動詞はgetやpushを使うのが一般的ですが、ここにbullを使うこともできます。

「bull a bill through a committee
議案を委員会で強引に通す」
(研究社新英和中辞典)

「強引に通す」として使える別の動詞にbulldozeというのがありますが、これのbullもやはり「雄牛」です。

bulldozeに-erを付ければ、ご存じ建設機械「ブルドーザー」になります。

(名前の由来についてはウィキペディアのページをご覧ください)

bulldozeが「ブルドーザーで均(なら)す」という意味の他に、「強引に通す」の意で使えるのは、いかにもブルドーザーのイメージにぴったりです。

「bulldoze an amendment through Congress
修正案を議会に強引に通過させる」(同)

こっちにも「雄牛」がいた

さて、ホンダが動力源を供給しているのはレッド・ブル・レイシングのみではありません。

レッド・ブルは以前、イタリアのチームであるミナルディを買収して傘下に置き、レッド・ブル・レイシングのセカンド・チームとしました。名前は「トロ・ロッソ」に改められました。

Toro RossoとはRed Bullをイタリア語に直しただけの名称です。もっとも、英語は「形容詞+名詞」、イタリア語は「名詞+形容詞」という語順の違いがありますが。

その後、西暦2020年/令和2年から更に名称変更をし、レッド・ブル傘下のファッション・ブランド名を冠してAlphaTauriアルファタウリとなりました。

先程「雄牛の角を掴んて」の話の所で出てきたフランス語のtaureauとスペイン語のtoro、そしてイタリア語のtoroも、AlphaTauriの「Tauri」の部分と語源的なつながりがあります。

ラテン語で「雄牛」を意味する語、taurusタウルスが元になっています。

この言葉は星座の「牡牛座」を表すのにも使われます。

1等星Aldebaran[ældébərənアルデバラン]が「その星座の中で最も明るい星=α星」なのですが、「牡牛座のα星」を意味するラテン語がAlpha Tauriです。

taurusの-usという語尾が-iに変わっていますが、これは単数・属格の活用形なので「牡牛座の」の意になるわけです。

英語におけるTaurus

ラテン語taurusが、イタリア語、スペイン語、フランス語では前述のようなつづりで「雄牛」を意味する普通の単語になったのですが、英語におけるTaurusは「牡牛座」や「占いの星座が牡牛座の人」のことを表す限定的な言葉です。

小学館プログレッシブ英和中辞典で引くと、複数形はTauriだと載っています。アルファ・タウリと同じく-iで終わっていますが、そちらがラテン語の単数・属格の形だったのに対して、同じつづりであるものの、こちらは複数・主格の形ではないかと思います。

音楽に関係するTaurus

ところで、英語での発音は[tɔ́ːrəs]、複数形は[tɔ́ːrai]なので「トーラス」「トーライ」が妥当なカタカナ表記ですが、「トーラス」という文字面を見て早見優を連想する方はいらっしゃいませんか?

トーラスレコード(Taurus Records inc./taurus)は、かつて存在した日本のレコード会社である。(中略)
「夏色のナンシー」でヒットした早見優、晩年のテレサ・テン、「会いたい」がロングヒットした沢田知可子や渡哲也が所属していたことで知られる。」

プログレッシブ・ロックやハード・ロックを愛好する方たちにとってTaurusとは、Moogモウグ社のシンセサイザーの1つの名前の印象が強いのではないでしょうか。

これを足で演奏してシンセ音を出すと同時に、手の方はギターやベースなど他の楽器を演奏することも可能であるわけです。

下記はアマチュアによる「弾いてみた」動画ですが、どんな感じかが掴めるのではないでしょうか。

『RUSH - The Spirit Of Radio (Exit...Stage Left) : Rickenbacker 4001, Moog Taurus Pedals』
https://www.youtube.com/watch?v=xevauQePIuE

片方は形容詞、片方は名詞

さて、英語の世界では「棲息」する範囲の大きさでbullに勝てなかったtaurusですが、「雄牛の」「雄牛に似た」の意の形容詞がtaurineという形で細々と生きています。

「taurine tenacity
種牛のようなねばり強さ」
(大修館書店ジーニアス英和大辞典)

ラテン語でtaurusから生まれたtaurinusに由来する言葉で、発音は[tɔ́ːrainトーライン]となります。

一方同じつづりながら、「taurocholicタウロコール酸」という単語(を省略したもの)に-ineを付けて作られたtaurineは[tˈɔːriːnトーリーン]と発音します。

これが「タウリン1000mg配合」でお馴染みの「タウリン」のことです。

牛の胆汁の中から発見されたので牛に関係する名前となったそうです。

リポビタンDを始めとして各種栄養ドリンクに含まれており、リポビタンDのライバル商品「クラティン・デーン」にも入っています。

牛に由来する名を持つ物質が、牛の名を持つ飲料の成分になっていることになります。

そして、リポビタンD・インスパイア系であるレッド・ブルにも含有されています。日本国外では。

「「レッドブル」「モンスターエナジー」などに代表されるエナジードリンクは、諸外国ではタウリンを含んだ形で販売されるが、日本では清涼飲料水(食品)としての規格の下で製造・発売されているためにタウリンを使用することができず、アルギニンなどで代用されている。」
ウィキペディア

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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