見出し画像

記憶がリアルすぎる子ども時代

昔はどんな子どもだったか 1ヶ月書くチャレンジ9日目

会社員の父と、当時は専業主婦の母の第一子として生まれた私。

一番変えたいことでも書いたけど、体が弱くてしょっちゅう風邪を引いていた。

肌も弱くてアトピー性皮膚炎もあった。とにかく中学生頃までは病弱だった。


どんな子どもだったか一言で説明すると…
母親を悩ませるほどの食べ物の好き嫌いが激しい子だと思う。

実はこれは今でも続いていることなので、もう味覚が敏感すぎて食べることは一生ないんだと諦めているし、食べられなくても悲しいとは全く思わないので、お気になさらず。


幼稚園から始まった「給食」という時間が大嫌いだった。

特に小学校時代
先生からの「残してはいけません!」がしんどくてしんどくて、本当に嫌だった。

時間内にどうしても食べられないから、私の手のひらに残した物を全て乗せ(食器を片付けるため)

教室のすみっこだったか、校庭側にあるベランダ(教室の外)に出されて、食べ終わるまで出てきてはいけませんよと言われるのである。


学校は好きだった。
でも給食だけは地獄だった。


アレルギーで食べられないとも違う。

うまく説明できないけど、食感や匂いや味がとにかくダメ。だから飲み込めない。

それでも食べろ!と言われるので、小学校低学年の私も知恵を振り絞ったのだろうな

口の中に嫌いな物を詰め込んで、トイレへ駆け込んだ。

ほんのちょっと我慢をすれば、さよならできるから。

それもクラスメイトの女子に見つかってしまい、先生に報告されてしまったけれど。


今の子ども達がこんなことされていたら、虐待だ!と言われてもおかしくない。
私だってきっと言う。


こんな子ども時代だった。


私の子ども達が、同じ味覚過敏じゃなくて本当に良かったと思うし、私が食べられなくても家族が何も言わないでいてくれるだけで、


私はここに居てもいいって心から思えるんだ。

今日はここまで

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?