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保険に対する不信感から考える〜私の想いは私のものだ〜
保険に対する不信感
先日、今入っている保険の見直しとともに信頼している元々の知り合いの人に保険の契約を乗り換えようと思い連絡を入れた。
「Kさんに保険の一切をお任せしたいと思います。お願いできますか?」
「本当ですか?僕で良いんですか?」
「Kさんで、でなくKさんが良いと思っています。ぜひよろしくお願い致します。」
Kさんは、嬉しそうにしながらも驚きつつ快諾した。
というのも、もう何年も前から保険の話を頂いていてその度に丁重にお断りを入れていたからだ。
保険なんてどこも一緒。切り替えるのも見直して組み直すのも面倒な作業と認識していた私は一切の迷いなくお断りし続けていた。
それなのに何度も何度も、”絶対に後悔させない、みんなに喜んでもらっている話があるから”とにかく話をさせてほしい。と言ってくる。
そのうんざりとするような誘い文句が余計保険に対して、またKさんに対しての不信感に繋がった事は確かだ。
マイナスイメージが払拭されるキッカケ
その印象が変わったのは保険の話とは一切抜きにその方と時間を共にする機会の事であった。
Kさん自身が元々保険に対して良くないイメージを持っていた事、自身のお父さんが事情により保健に入れず家族をどうやって守れば良いのか毎晩憂いていた事。
そこから保険業会のイメージを自分が変えていきたいという想い
携われている人たちへの感謝の想い
仕事に対する姿勢を熱く語ってくれた。
話の内容はもちろんだけど、印象的だったのは彼の目が夢を語っている目ではなく。本気で自分が変えていきたい!という想いを持った強い目を見た事だった。
わかりやすく例えると少年のようにキラキラしていたように思える。
Kさんの仕事に対する想いを聞き、その真っ直ぐな目を見て
私は人を表面の部分しか見ていないのに全てを知ったような気になっていた。
と気付いた。
特段何を言われたわけでもないが、Kさんは信頼できる男だと頭で考えるより先に心で感じた。
人間はやはり話してみてその人の目や仕草、そぶりを見てみないとわからないものだと改めて感じた。
こうして私は保険に対する、そしてKさんに対するマイナスイメージが見事払拭されたのであった。
人間関係はいつだってシンプルなのかもしれない。
難しい時は面と向かって、ストレートな気持ちを表現する。
想いの強さが強ければ共鳴する人には必ず届くものなのかもしれないな。
そんな事をKさんから教わった気がした。
いざ、保険の商談をしてみる
時間にして約2時間たっぷりと今後の私の人生設計、それにかかる不安要素や補強していく考え方について話をしてくれた。
やはり、プロの方だけあって向かっていく方向が単純明快だと感じた。
”今、ガンになったら初期費用はどうするか?”
”自分が亡くなった時のお葬式やお墓の費用はどうなるのか?”
”老後は何歳から?どんな生活をしたい?それにはどのくらいお金が必要か?”
恥ずかしながらこんな事を今まで考えた事がなかった私は回答につまるどころか。わからない…などと小学生の返答みたいな回答を何度もしてしまっていた。
自分の人生を踏みしめて歩く良いきっかけになったと感じる。
恥ずかしいという感情は時として大切な事を教えてくれる。
ただ、その話の時々で心に引っかかる感情が見え隠れしている事に自分自身気付いていた。
話を進めれば進めるほどその引っかかりは強くなっていく。。
どうしてだろうか。
Kさんとは来週また商談の続きをする約束をしてその日を終えた。
心の引っ掛かりとは何だったのか?
時間が経てば経つほど心の引っ掛かりを無視できなくなるほど大きなものになってきた。
それはなんだったのか。
答えは明確だった。
私はKさんに質問を投げかけられた答えを考えているときに、知らず知らずの内に誘導されているような感覚を持っていたのだった。
つまり、私の気持ちを無視され勝手に決めつけられていると感じていたのだ。
例えば、
「もしもという時にその状態に合わせて何人もの人に連絡しないといけないのと、一人の人に連絡すれば全て完結するのと どちらが良いと思いますか?」
といったような質問。
これはそれだけの文面で見れば明らかに後者を選ぶに決まっているし、そう答えるように意図されているものと感じる。
一つ一つデメリットとメリットを説明してクライアントに判断させるのは時間もかかるし、一般的な幸せの答えを知っているプロにするともどかしいのかもしれない。
だけど、人は自分で考え自分で決断することにある種快感を得ている部分があるはずだ。
Kさんは、このように予め答えが決まっていてそれに導いていくようなやり方をしていると気付いてしまったのだ。
これは、私の考えを頭から否定しているようなものと同じだと感じた。
考えを否定されるのは言葉選びにもよるところはあるが、自分を否定されている又は自分の生きてきた人生を否定されているように思う。
言葉の持つ力
実際、私は心に引っ掛かりをもち尚かつ話をした後にしばらく元気をなくしてしまった。
言葉というのは使い方次第で相手を励ますこともできれば、簡単に元気を奪う事もできる。
たしか…かの有名なゲーテの小説”若きウェルテルの悩み”が発表された1770年代のドイツでは、その小説の恋焦がれ実らぬ恋の行く末に自殺を図ってしまうという文章力の鋭さに影響されてか自殺ブームが起こったと聞く。
それほど、言葉というのはプラスにもマイナスにも力をもつものだと思っている。
信じた自分を信じてみたい
実際に私は元気がなくなり、保険の契約ももちろん取りやめにしたいと考えてた。
けれど、それ以上に彼に対して一度信頼したのだという事もありもう一度その話を踏まえた上でお願いしてみようと思ったのだ。そして、一度信頼した彼に対してその言葉の持つ力というのを伝えておきたいと思ったのだ。
信頼した自分に正しかったよ。と言ってあげたいという気持ちもあるのだが、これは、最初に彼から教わった
”人を表面だけで知った気にならない”
という教訓を生かしての事だ。
彼から教わったのだから、当然もう一度彼を信頼してお願いしてみるべきだ。
その上で同じ事が繰り返されたのなら、それはまたその時考えれば良い。
ただ、私は人を疑っているときより信頼している自分が好きだ。
騙される事があってもやはり人を信じて生きていきたい。
もし誰かに騙された時は、信頼している人にばかだね。って一緒に笑い合って生きていきたい。
しあわせの形は人それぞれだ。
私は信頼できる人が自分の周りにいてくれて、些細な喜びや変化を一緒に喜び合える事がとても幸福な事だと感じる。
綺麗事を言っているように思われるかもしれないし、今までもたくさんそういった事はあった。けれど、やっぱり私は自分が好きで人が好き。
だから人と笑い合える時がとても嬉しい。
保険は人生を任せる大切な役割だ。
その大切な自分の人生を信頼している人に任せられるのはとても幸せな事なのだと思う。
だから、多少がっくりしただけでは違う人に任せようと思うはずがない。
むしろそれを超えたところにまた得られなかったものが景色があるはずだから。
そして。私が自分で判断して選んだ人なのだから。
その人を信じた私を信じてあげたい。
次の記事に続きます。
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