見出し画像

小説「春枕」特別編〜隔てゆく世々の面影かきくらし(2)〜

(つづき)

「これまでの人生でわたしはたくさんの人と出会ってきたけれど、自然と会わなくなってしまった人たちのほうが大半です。むしろ、ずっと一緒にいられる人のほうが少ない。それを思うと、人のご縁って不思議です」

わたしはしみじみと呟いた。

「長い人生を思えば、ほんの一瞬だけかりそめのように一緒にいるに過ぎないのでしょうね。まるで、雪が降り止むのを待つ間だけ、同じ屋根の下で過ごすように。人との出会いは儚いですね…。でも、だからこそ、美しいのではないでしょうか」

「本当に、春花さんのおっしゃる通りね。

 昔別れた恋人、旧友…あんなに濃い時間を過ごしたはずなのに、今となってはもう、どこで何をしているのかさえわかりません。良いことも悪いことも本当に色々なことがあったはずなのに、どんどん薄れていく。人間同士だから、傷付けたり傷付けられたりしたことも、当然ありました。そのすべてがぼんやりとしたセピア色の輪郭になって、懐かしく、愛おしく思えてくるような気がします。記憶の外に追い出されてしまって、もう忘れてしまったこともたくさんあるかもしれない。

 それでもただ一つ言えることは、遥か遠くなってしまったあの人もこの人も幸せでいてくれたらいいな、ということ。もうわたしはそれを確かめることすらできない。だからこそ、幸せであってほしいと願ってしまいます。」

どうか、今夜街を包み込むこの雪が、わたしが出会ってきたすべての人に優しく降りますように。この真っ白な雪を、美しいと感じられていますように。ひとりで寒い思いをして、震えていませんように。

もう二度と会うことはないだろうけれど、同じ空の下で懸命に生きているあなたたちを、わたしはずっと応援しているよ。

自然と頬を温かい涙が伝っていた。ああなんだ、わたしはこんなにも人を愛してきたのか。  

「ピコン」

スマホの音で、わたしは夢から醒めた。

「お誕生日おめでとう!いつも優しい綺子さんが大好き。あなたに出会えて、本当に良かったよ。産まれてきてくれてありがとう」

それは、友だちからのメッセージだった。わたしはたくさんの人を愛してきた代わりに、ちゃんと愛されていた。

大切な友だちがいて、たしかな絆がある。わたしはこの手をきっと、離さない。「絶対」とは言い切れないのが人生だ。いつか必ず別れはやってくる。それでもわたしにとって目の前にいてくれる人たちがすべてで、かけがえのない存在だ。このぬくもりさえあれば、わたしは何だって乗り越えられる気がする。わたしがこれまで生きてこられたのだって、今まで出会い、別れてきた人たちのおかげなのだろう。

大それたことなんて、何も成し遂げられなくていい。お客さまの笑顔を励みに働いて、家族や友だちと笑い合って、好きな人と何気ない会話ができたら、わたしは幸せだ。大切な人を大切にして、このままずっとそんな幸せを積み重ねて生きてゆくのだと思う。

「なかなか悪くない人生じゃない。これからもよろしくね、綺子。お誕生日おめでとう」 

わたしはひとり呟いて、微笑んだ。

降り続いていた雪はいつの間にかに止み、一面、銀世界になっていた。この雪の下に、わたしの大切な想い出たちが眠っている。その美しく清らかな結晶は、しずかに輝き続ける。

(おわり)

🌸

今回の特別編は、わたしの大切な友人を登場人物にして書きました。

女性らしい気遣いにあふれた、とても思いやりのある素敵なひとなのです。彼女の優しさが伝わるような物語になったかな。

いつも、本当にありがとう♡
感謝の気持ちを込めて。

「隔てゆく世々の面影かきくらし
 雪とふりぬる 年の暮れかな」

 新古今和歌集•藤原俊成女

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?