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膝枕外伝  膝月記 「順子さんと膝枕くん」 

 実はやらなきゃいけないことが沢山あるのだが、ちょっと息を抜きたくなり、軽い気持ちでこの物語を書いてみた。
 中学生の時に教科書に載っていた山月記にとても惹かれていた。人間が虎になってしまう奇想天外な展開に非常に驚いた。何か漫画みたいな展開だと思った。教科書に載っている作者の写真をチェックしてみると、更に驚いた。眼鏡をかけていて神経質そうな印象を受けた。もうちょっと線を細くすると私の父にそっくりだったのだ。
 また10年前に文豪ストレイドッグスと言う漫画で中島敦と出会った。この漫画は太宰治や芥川龍之介、夏目漱石、宮沢賢治、江戸川乱歩が登場して、それぞれ異能(超能力)という能力を持っていてバトルする。ある意味ぶっ飛んでいる漫画である。
簡単に言ってしまえば、文豪版ジョジョの奇妙な冒険バトル。その中でも主人公の中島敦の能力が月下獣と言って、巨大で獰猛な虎に変化する。
自分の制御は効かない。
微妙に中島敦の山月記のエピソードが入っているので、私はこの作品が好きである。
だから中島敦の山月記をモデルにして、膝月記にしたら面白いのでは?と軽いノリで書き始めた。
そして今回も順子さんに協力していただいて、ゆるっとふわっとしている不思議な話になりそうである。

 最近僕はおかしい。毎日続くこの地獄のような暑さで僕の脳みそもやられてしまったのだろうか?時々意識が飛んで記憶が曖昧になる。
 元々とても神経質で寝ていても、ちょっと物音がしただけで目が覚めてしまう。
 おーっと僕の自己紹介をまだしていなかったな。僕は都内の大学に通う大学一年生だ。
僕は一浪しているのだが、翌年も志望校の大学に落ちてしまった。とりあえず滑り止めで受かった大学に通っているが、全然愛着はない。本音は働きたくなかったので、どこでもいいから大学に行きたかったのだ。
 もう1ヶ月も大学に行ってない。そろそろ行かないとさすがに単位がやばいな。
そういう訳なので、僕はいやいや1人暮らしをしているマンションを後にした。
 マンションから一歩出た瞬間、ジリジリと焼けるような暑さに、思わずうっとなり、一瞬マンションに戻ろうと思った、その時だった。
 どー➖➖んと物凄い勢いで何者か?に体当たりされて、僕は吹っ飛ばされた。
「うわー、痛‥」
と僕が言うより前に、
「ちょっと気をつけなさいよ、ひ.ざ.ま .く.ら.く.ん」
と女性の声がして僕が逆に怒られてしまった。
「?な、なんだと?ぶつかってきたのはそっちの方だろ?僕は君がぶつかった勢いで、ひっくり返ってしまったんだぞ。むしろ謝るのは君の方だろ?」
「あら、そうだったかしら?」
ぶつかって来た女性は悪気なく屈託ない笑顔で言った。
(な、何だよ?この子の満面の笑みは?)小心者の僕は当人は言えず、心の中で言い返した。
「だ、だいたい、初対面でぶつかっておいて、人のせいにして‥それも膝枕って訳わかんないこと言ってきて‥」
 それでも何か言わなかないけないと思い、精一杯の勇気を出して僕は彼女に抗議した。
「えーー?ひざまくらくん、膝枕なのに、膝枕知らないの?面白〜い」
(ダメだ。彼女はマイペース過ぎる。僕の言うこと一言も届いてないぞ。) 
「‥‥」
僕は暫く言葉を失っていると、彼女から思いもよらない言葉が返ってきた。
「だってあなた、10秒に1回、膝枕になってるもの。」
「え?そ、そんなバカな?」
僕は目を丸くした。
「あたしは勿論、あなたがそのことに気づいてると思ったの。だってそうじゃあなければ、外に出ようと思わないじゃない?」
「そう言われればそうだな」
彼女の言ってることは的を得てるので、返す言葉もない。
「よく今まで気がつかなかったわね。」
「ああ。確かに。元々学校もさぼりがちだったしな。特に最近は何もやる気おきなくて、ベットでゴロゴロして、本を読むか※1オトゲしてるかだったからな。まあ、今の状態は僕が不真面目で良かったと言えるだろ!
「そんなの自慢にならないわ」
彼女は呆れた顔をした。
「だってよく考えてみろよ!大学の授業中や電車の通学中に人間が膝枕になったら、周りがびっくりして騒ぎたてるだろ。」
「まあそれはそうね。あたしと出逢った時に分かって良かったわね。」
「‥うーん。そうなのかなあ?」
僕は曖昧に返事をする。
(そんなこと分からないだろう?と続けたかったのどが、この手のタイプの人間には逆らうと厄介はことを僕は知っている。前に付き合っていた彼女が感情的で、そんな時はひたすら黙って話を聞いて、頷いておくに限る。無論彼女の言ってる意味は殆ど分からなかった。いつも話すだけ話させると勝手に自分で解決する。(したように見える。真相は不明だが)
「そう言えばまだあたしの名前、言ってなかったよね。人に名前を聞いて自分が名乗らないのは礼儀知らずだよね」
(いやいや、そもそも僕は今も君に正式な名前を名乗ってない。彼女の頭では僕が名前を名乗ったことになっているのだろうが、そんなことはない)
「あたしの名前は順子。あたしは将来世界一のアイドルになる!」
某少年漫画の主人公の口調で言った。目がキラキラしている。 希望に満ちた顔。
(確かにこの満面の笑顔はちょっとアイドルぽっいかも‥いや、いかん。いかん。これではすっかり彼女のペースじゃないか?)僕は首を左右に振って冷静さを保とうとした。
「ところでひざまくらくんの名前は?」
「え?今更?僕の名前は健生(タケオ)だけど)」
「ねぇ、どんな漢字書くの?」
「健康の健に生きるって書く」
「アッハハハ。名前と真逆の生活してるじゃん。」
「うるさいなー!どんな生活を送ろうが僕の勝手だろ。」
「やっぱりひざまくらくんって※2膝枕廃人ハマダに出てくるはまちゃんに似てる」
「おいおい‥散々人の名前聞いておいて結局ひざまくらくんって呼ぶんだ!」
「うん。やっぱりこの名前の方が落ち着くんだもん。でもこれでひざまくらくんの記憶が飛ぶ理由が少し分かってきたじゃない? え?ひざまくらくんは分からないの」
「ああ。ちょっとそれぽっいなあと思ってるところはあるけど、はっきりとは‥」
「神経質そうな顔してるのに、案外鈍いのね」
(「大きなお世話だ。そう言う君の方こそ、デリカシー無さすぎだよ」健生の心の声)
そう言い返したかったが、そこをぐっと堪えて、
「君が分かったなら、理由を教えてくれ!一刻も早く理由を知りたい。そしてこんなふざけた体質を改善したい」 
と順子に聞く。
「ひざまくらくんが膝枕化し始めたからじゃない。本人自覚ないみたいだけど。あたしの予想だと、ひざまくらくんが膝枕になってる間の記憶がないんじゃない?」
順子は明るい声で真面目な顔して言った。
「あっ‥なるほどな。そうかも知れない。
しかし原因が分かったところで僕の体質の治し方が分からなければ意味なくないか?」
「‥‥」
2人は一瞬無言になった。その後、順子が沈黙を破った。
「大丈夫よ!ひざまくら君」
順子が明るい声で言って、健生の両手を握った。
「どこが大丈夫なんだよ!変な気休めならよしてくれ!」
「気休めじゃないわよ!もし本当にひざまくらくんが膝枕になったら、あたしが責任持って、あなたを引きとるから安心して!」
「はっ?どーゆー事だ?それは‥?意味がイマイチ分からないのだが」
「だからひざまくらくんをきちんと引き取って面倒見るから。安心して膝枕になってね!」
「安心って何だよ?何で膝枕になる事前提で話を進める?僕にだって将来やりたい事‥」
健生は自分で言っておいて、ふと気がついた。
将来美大に行って、デザイナーやクリエィティブ系の仕事、美術教員になりたかった。
でも現実はその美大にすら受かることさえできない。
志しと現実が違いすぎる、人生の壁にぶつかっている。
「ねえ、その続きは?肝心なところで黙ってるけど」
「確かに君の言う事は当たってるかも知れない。僕が膝枕になってる時、意識が飛んで記憶が無くなっている」
「ねえそうでしょ」
「今の現実から逃げ出したくて、他のものになりたかった、その願望はある」
「うん、うん。」
順子は納得して頷く。
「だからと言ってなあー、膝枕は納得できないぞ!だいたい僕はそんな膝枕なんて見た事ないし、興味もない!変わるならもっと違ったモノになりたかった!何でひざまくらなんだよ?」
健生は心の底からそう思って叫んだ。
「あたしに怒っても仕方ないでしょ」
「ごめん。ついやり場のない怒りに囚われて怒鳴ってしまった」
「分かればよろしい」
(「何だ?この展開?何か不思議な主従関係が出来上がってないか」)
「でもひざまくらくんの気持ち、よく分かるわ。あたしも理不尽な理由で?アイドルのオーディションよく落ちるから」
「え?そうなのか?それで何で嫌にならないんだ?アイドルの夢、諦めるってことにならないのか?」
「だって夢を叶えるってそんなに簡単なものじゃないじゃない。成れる人間なんて、限られてるんだから大変で当たり前」
順子の言葉に健生は思わず拍手してしまった。
「君、若いのに凄いな。」
「え?どうしたの急にあたしを褒めるなんて」
「別に深い意味はないよ。素直にそう思っただけだ」
「って偉そうなこと言っちゃったけど、あたしが頑張れるのは応援してくれる人達がいるからよ。※おもにゃんや鈴蘭マスター達がいる。だからオーディションで落ちて落ち込んでも立ち直れるの。1人じゃとっくに諦めていると思う」
(「それは一理あるかもしれない。僕には友人と呼べる人がいない。大学に落ちてから、人間関係がめんどくさくなって、引きこもりに近い生活を送っている。自分の心配をしてくれる両親も煩わしく思って、僕から電話をかけることはほぼない。今漸く気がついた。僕は美大を落ちたことでいじけてるだけじゃないか!意外に僕は子供ぽっいんだなあ」)
「ひざまくらくんが何で膝枕化したはっきりとした理由は分からないし、それを止める方法も今は分からない。だったら発想を変えるしかないよね」 
「発想を変える?」
「まずはパターン1、ひざまくらくんが膝枕化しないで人間に戻った時、これはいつもの生活に戻るだけなので、何の問題もないわ。強いて言えば、何か目標もった方がいいけど」
「目標って?いきなりハードル高くないか?」
「何でもいいのよ。例えば明日の朝、30分早く起きて散歩してから大学行くとか、今まで読んだことない本を読んでみるとか、部屋を掃除してみるとかね。とりあえずはできそうなところからやってみるの」
「なるほど」
「あんまり最初から目標を高くすると嫌になるから。目標ができて、達成すると嬉しいでしょ。初めはその繰り返し。そうすることによって自分も嬉しいし、自信にも繋がると思う」
「何だが※3RPGの※4レベリングに似てるな」
「そうよ。人生はRPGに似てるわ」
「1番不安な僕が膝枕になるかもしれない問題は?」
「そうなった時は何度も言ってるけど、あたしが責任をもって引き取るわ」
「そんな保証はどこにあるんだ?君とは今会ったばかりじゃないか」
健生は不安な気持ちで順子に聞いた。
「あ、そう。あたしを信用してくれないなら仕方ないわね。これまで捨てられた膝枕のように悲惨な未来が待ってるだけだから。人が親切で言ってるのに‥じゃあ、バイバイ、ひざまくらくん」
順子は手を振って、その場を離れようとした時、
「わーごめん、ごめん。僕が悪かった。順子様。お許しください。今からシャインマスカットのパフェか桃のパフェ、奢るから‥それじゃあダメかな?
健生は柄にもなくちょっと可愛く言ってみた。
「許す!やったー!パフェだ、パフェだ!しかも奢りなんて最高!」
順子は飛び跳ねて喜ぶ。
(「この子は何て簡単に食べ物に買収されるんだ。こちらはそのおかげで助かったけど。)
「そうと決まったら早く行こうよ!」
順子と健生はパフェのお店に向かって歩き出した。
行く途中で健生が膝枕になってしまう不安が無くなった訳ではない。
作者も健生も順子の食い意地には勝てなかった。
何一つ問題は解決していない。
でも不思議に健生の心が軽くなった。
久しぶりに健生は心から笑った。
今年の異常な暑さと同じぐらい不思議な出来事だった。
 
  ※1オンラインゲームの略。パソコンやスマホなどの端末、ゲーム機(プレステ)経由して、ほかのコンピューターとデータを交換しながらゲームを進めること。
 ※2  今井雅子先生の膝枕外伝の一つ。
 ※3 ロールプレイングゲームのことで参加者がキャラクターを操作してお互いに協力し合って、架空の目的を達成するゲームのこと。
 ※5 レベルを上げること。

[完」
 最後まで読んでいただきありがとうございました。




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