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事物起源本レビュー第一回【事物起源探究創刊号】

※松永英明個人誌『事物起源探究 創刊号』(2010年5月)より。

「事物起源」そのものをタイトルとした書籍が手元にあります。「事物起源探究」のバイブルともいえる本について、今回は戦後の三冊をレビューしてみます。

速水建夫『事物起源考』魚住書店

昭和八年(一九六三)二月十五日発行。このはしがきは熱く語る。

 われわれが生きてきた、この歴史の流れから新しい伝統発見のために、はてしない過去を潜ってみよう。本書が提起しているのは空しく忘れ去られている『日本文化・事物起源考(もののはじまり)』である。どんなものにも、きっとものの「起り」があり、「流れ」があり、「果て」がある。そうしてそれが、われわれの生きている「地上」を支配する運命とか宿命とか呼ばれているものなのである。……
 ……市井の片隅に衣食住しているわれわれ小市民が、日常絶えず使用している常識的コトバ、非常識的コトバの一つにも、それが生れ、使われ、流れるためには、その底にうごめく何かがあるのである。因果とか因縁とかいわれるものかもしれない。……
 ……われわれはまず知り、それがどうして生れたかという「起り」から、「流れ」、「果て」に注目し、叡智を大いに養いたい。現代というものの中の「今」はまさに、バランスのとれた、円満な知識人を求めているのではないだろうか。そんなとき、この『日本文化・事物起源考(もののはじまり)』の発言権も少しは認められて欲しいと思うのである。

 収録項目数は二四二一。日本史の用語集的な解説も多いが、「ミルクキヤラメル 大正三年四月森永太市がアメリカ見学中に学んだものにいろいろ工夫を加えて売り出したのが、はじめである」というような解説もある。多くは歴史解説であるが、著者の思想が盛り込まれている項目も多い。たとえば以下のとおり。

 家族主義 氏族時代の崩壊後から現われたものであつて、奈良朝時代において藤原氏の家系・家名が重んぜられたのは、この家族主義の現われである。それ以後敗戦後にいたるまで、個人の自由権利よりも家系家風を重じ家長がその成員に服従、隷属を強制する家族主義は、法律、社会、道徳を貫く鉄則となつてきた。それは日本の半封建的な極端な国家主義の道徳的社会的支柱となつていたのである。全家族の長は、天皇であり、天皇は国家社会構成の単位である個々家長を統合する族長であるといつたような封建的全体主義的基礎をもつた超国家主義イデオロギイが形成されたのであるが、敗戦後の今日も形式的にはともかく実質的には、この家族主義は清算されてはいないのである。

 大和魂 奈良朝や平安朝時代には太平洋戦争中に考えられていたような大和魂はなかつた。この時代にも大和魂とか大和心とかいう言葉はあつたが、それはいわば日本的なポン・サンス(良識)を意味していたにすぎない。幕末頃漢学精神に対する反動として、本居宣長などの国学者によつて、大和魂に一つの国民性が附与されたが、明治の教育は、大和魂を富国強兵的政策によつて特徴づけたのである。換言するならば大和魂は幕末以来意識的に形成されて来たのであると云えよう。

 事物起源を考察することは、当たり前と考えられているものを再考するきっかけになる。そんなことを思わせてくれる一冊である。

紀田順一郎『近代事物起源事典』東京堂出版

 平成四年(一九九二)九月三十日発行。近代に始まったものに限定しての事物起源で、一項目の解説がやや長く、読み物として読める。あとがきにはこう書かれている。

 本書はふだん私たちの身のまわりにある事物や概念を百数十項目えらび、原則として幕末明治のむかしから大正、昭和にいたる変遷を簡潔に跡づけようとしたものである。つまり、近代事物の起源・変遷に関する事典をめざしたものであるが、それぞれ肩のこらない読物ともなるよう工夫している。
 この本の各項目は、明治百年といわれた昭和四十三年(一九六八)前後に雑誌「小説現代」にコラム(明治百年カレンダー)として連載されたものを骨子としている。他の明治事物起源に関する文献と異なり、あくまで今日の関心に即した項目を考え、その起源を探るという方針で執筆した。

 つまり、昭和・平成からの視点をもって、近代にはじまったものごとを振り返ろうという内容だ。
 全一三七項目。その一部を抜き出してみると、アイスクリーム、悪女、運動会、映画、英語、駅弁、冤罪、温泉、ガイド、学生運動、駆落ち、傘、学校、菓子、看護婦、キッス、牛鍋、クリスマス、結婚式、戸籍、サッカー、潮干狩、自殺、自転車等々……。
 花見のように必ずしも明治に「始まった」わけではない項目もあるが、近代においてどのように再解釈され、そして新たな歴史を刻んできたかがよくわかって楽しい。
 そして、近代とそれ以前の「日本」には大きな断層があることも理解されるだろう。

楊蔭深『細説万物由来』九州出版社

 中国で買ってきた本。「著名な文学評論家・民俗学家」である楊蔭深(一九〇八~一九八九)の代表作で、一九四五年に『日常事物掌故叢書』というタイトルで発行された。私が手に入れたのは二○○五年に改題して発起された分厚い本である。
 全体は九章に分かれている。それぞれの内容は以下のとおり。

○「歳時令節」 年中行事や節句の解説。
○「神仙鬼怪」 一般に祀られている神仙や妖怪。
○「衣冠服飾」 中国の伝統的な服飾。
○「飲料食品」 茶、酒、飯、卵、油、蜜、肉など。
○「居住交通」 建物、道路、乗り物、飛行機まで。
○「器用雑物」 日用品。文房具や食器、物差し、便器など。
○「遊戯娯楽」 囲碁・将棋から歌謡、相声(中国漫才)、映画など。
○「谷蔬瓜果」 野菜・果物など。
○「花草竹木」ボタン、シャクヤク、バラ、竹、松、桐などなど。

 かなり新しい事物も含まれているが、中国数千年の歴史を感じさせる項目が多い。日本の伝統的な事物でも中国から伝来したものは当然それなりの割合にのぼるわけで、日本伝来以前の姿を知るにはこういう本の存在は非常にありがたいところである。
 節の数は一八九、ただし一節に複数の事物について書かれている部分もある。記述はやや読物的な感じで、章ごとにコラムも記載されている。中国語なので大変ではあるが、じっくり読んでみたい。

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