デジタルとアナログとリアルとコピー

 夏休みになったら小説を書きまくる! と思いながら書いてないのですが、困ったものですね。
 仕方ないので、多少本業に近い「ゲーム」についてちょっと書いてみます。「ゲーム」といってもアレです。ヴァーチャルリアリティ(VR)です。

 2016年にPS4用にPSVRというのが発売され、当時は品薄でなかなか手に入れることができなかった思い出があります。この時、業界では「いよいよVR元年か!」などと騒がれていたのですが、その気運は急速にしぼみました。

 なぜか。

 ひとつめの理由は、各ソフトメーカーがあまりVRタイトルを作らず、市場が盛り上がらなかったからです。

 ソフトメーカーからしてみれば、VRタイトルを本気で作ろうとしたら、ものすごくお金がかかってしまいます。

 単純な話で、VR空間をCGで作ろうとしたら、360度全周、のみならず天井も作らないといけません。ふだんみなさんがプレイしているゲームは、極端な話「見える所」しか作られていません。

 いわゆる大作のオープンワールドのRPGやFPS(First Person Shooting)は見える世界すべて作り込まれているじゃないか、と思われるかもしれませんが、それらのタイトルは全世界で何百万本も売れる、ということが前提になっています。だから大金を投じることができるのです。

 ところが、VRは小さな市場です。2016年当時はPSVRの国内史上は数万台とか全世界でも数十万台とか、そんなものだったと思います。
 だからたいして儲からないし、儲からない市場に投資はできません。したがって大手ゲームメーカーはVRに興味を持ちませんでした。

 もう一つの理由。それは装着性です。

 VRを体験するためには、顔を覆うゴーグルを装着する必要がありますが、これが重いし、夏だとむちゃくちゃ蒸れます。これは致し方ないとして、PCやPS4など、ゲームを処理する本体とケーブルで接続しなければならない。これが厄介です。

「異空間にダイブしてください! そこではめくるめく体験が貴方をお待ちしております!」って言われても、ヒモでつながってますしね。からむし、危ない。

 ようするに、アプリにはたいしたものはないし、それを体験するための手間もかかるし、ストレスまでたまる。だから、流行らなかったのです。

 ところが、2020年、Oculus Quest 2の発売あたりから状況が変わってきました。

 VRヘッドセットのメーカーには大小ありますが、大手といえば、コンシューマーではPSVRのソニー、PC用VRヘッドセットでは台湾HTC社のVIVE、あとFacebook傘下のOculus、といったところです。

 このうちのOculusは、もともとPC用のVRヘッドセットも作っていたのですが、スタンドアロンタイプの製品を発売しました。それがOculus Questで、昨年発売されたQuset 2はその新型ということになります。

 Quest2は初代Questと同価格で大幅に性能を上げてきました。

 その結果、Quest 2はめっちゃ売れたんですね。それまでの数倍売れるようになって、VRヘッドセットの市場でも圧倒的なシェアを占めるようになりました。(どこかの記事では市場の75%とか)

 Quest 2が売れた理由の一つは価格です。Quest 2はミニマムな構成なら3万円台で買えるんです。

 スタンドアロンなので、他にPCだったりPS4だったりを買う必要もありません。Quest 2本体を買って、アプリを買ってインストールすれば、それでVR体験が楽しめます。

 ちなみにPSVRは、発売当初は45,000円くらいで、さらにプレミア価格になっていました。(テンバイヤーめ)

 今は3万円台で買えると思いますが、じきにPS5用のVRヘッドセットが出ますから、今からPS4用のPSVRを買おう、という方はあまりいないのではないでしょうか。

 HTC VIVEは今年新型が出ましたが、高性能ではあるものの、10万円をはるかに超えます。また、高性能なビデオカードを積んだPCが必要なので、初期投資額は30万円とか、下手すればそれ以上かかります。(VIVEもスタンドアロン型の新製品を出しましたが、業務用で、パーソナルユースではありません。そしてやはり10万円をはるかに超えます……)

 つまり、今は価格面でいえば、Oculus Quest 2の一人勝ち状態なのです。

 次に、手軽さ。Oculus Quest 2はバッテリ駆動なので、電源ケーブルが必要ありません。また、本体にプロセッサが搭載されているので、PCやPS4とつなぐ必要もありません。

 VRを始めるためにはヘッドセットを被ってコントローラーを手にするだけ。ケーブルの取り回しから解き放たれた解放感はかなりのものです。

 では、アプリはどうなんだ、という話ですが、端的にいえば、Oculus Quest 2の処理用のプロセッサは現行のハイエンドスマホと同等です。PCやPS4、あるいはPS5といった高性能なハードよりは劣っています。

 上の方でも書きましたが、VRのゲームを本気で作るとお金がかかります。

 また、性能的にもスタンドアロンVRは制限を受けます。

 だから、Oculus Quest用のゲームは、比較的安く作れるものが多く、本格的な大作ソフトは少ない。ですが、ハードが売れてたくさん出回れば、一定度以上の水準のタイトルはそれなりに売れていきます。つまり市場としてはうまく回るようになります。

 その要因のひとつは、初代Questから二代目Quest 2になって、解像度が向上したことが大きいと思います。初代Questは片目あたり1600ドット×1440ドットで、Quest2は1831ドット×1920ドットになっています。

 Quest2では、片目あたり、ほぼ2K解像度になっているのですね。

 ちなみに、初代PSVRは片目960ドット×1080ドットでした。正直、画像には網目感がともないます。つまり、目の前に広がっている空間が「モニターに表示されている絵だな」と思えてしまいます。

 Quest2では、その4倍くらいの解像度になっているわけで、「完璧」とは言いませんが、かなりスッキリして見えます。没入感を損なうことがすくないのです。

 そこそこ性能がよく、安くて、手軽にVR体験ができてしまう。

 この三つの点がクロスしたところが、「コレでいいんじゃないの」ラインなんじゃないか、と自分は思ったのです。

「コレでいいんじゃないの」ラインというのは、たとえば音楽についていえば、皆さん、スマホでYoutubeでMVを見たり、Spotifyなどのストリーミングで聴いたりして、それで満足していますよね? その状態のことです。

 音楽、音というのは空気の波です。楽器や人間の声は「波」として発せられ、聴く人の耳に届いて「いいなコレ」となるわけです。

 その「波」を記録するのが録音で、かつて主流だったのは「アナログレコーディング」です。これはたとえば磁気テープに「波」をそのまま保存するやり方です。起源を遡ればエジソンのロウ管まで行き着きます。これは「原音」の「波」そのものを、物理的にであったり、電磁的にであったり、そのまま記録しようというやり方です。

 一方、現在はデジタルレコーディングが主流です。再生もデジタルです。CDとかがそうですし、ネットから配信される音楽もすべてデジタル処理されたものです。

 デジタル処理されるということは、「波」を数値に置き換えるわけです。いわば、近似値を取っているのです。デジタル化された時点で、実は「波」は「波形データ」という別のものになっているのです。 

 自分は別にアナログ信者というわけではありません。
 ここで言いたいのは、今の人々はデジタル化された音でも「別にいいじゃん」と思うようになっているということです。その境目はどこにあるのでしょう?

 たとえば、mp3という圧縮音源の規格があります。自分などは、CDを買ってきたら速攻でmp3にして、PCやスマホで聴いています。(もちろん個人使用に限定していますとも)

 mp3では、どれくらい圧縮するかをbpsという単位で表します。bpsとはbit per second、1秒あたりの転送量です。この数値を小さくすると圧縮率が高くなり、ファイルサイズが小さくなります。逆に大きくすると音質がよくなるがファイルサイズは大きくなる、という理屈です。128kbpsの場合は、CDのデータ(wavファイル)の十分の一程度のファイルサイズになります。320kbpsの場合でも四分の一くらいにまで圧縮されるのです。その分、データは間引かれている、と言えます。

 自分の耳では256kbpsだともう、CD音源との違いはわかりません。今は、最上限の320kbpsでリッピングしていますが、音質に不満を感じたことは一度もありません。ストアで配信されている圧縮音源もだいたいこれくらいの圧縮率のようです。つまり、「データが間引かれていても」もう誰も文句はいわないのです。

 これが音楽における「コレでいいんじゃないの」ラインです。

 似た事例は、映像配信にもあります。映画館に行かなくてもテレビでいいや、テレビがなくてもスマホでyoutube見るからいいや――

 人はしばしば「最高の体験」を求めますが、しかし、価格や手軽さと引き換えに、妥協することもできるのです。

 いや、妥協というよりは、ニーズは、クオリティと、価格と、手軽さで、バランスしていくのです。そしてそれが定着すれば、メインストリームはそちらに移っていきます。

 長くなりましたが、VRゲームにおいては、Oculus Quest 2が、今いちばんこのバランスを満たしていると自分は思っています。

 ソニーはPS5用の高性能なVRヘッドセットを発売するそうです。これは片目2,000ドット×2,040ドットと言われています。これはQuest 2よりも高解像度です。PS5という超高性能マシンとセットになることを考えても、非常に高度なVR体験が可能になると思われます。

 ですが、今の時点の情報では、やはりケーブル接続が必要なようです。USB Type-C 一本で映像・音声の伝送も電源もまかなうようですが、ケーブルがあるのとないのとでは大違いです。

 そしてハードの価格はやはり高いものになるでしょう。

 ソフトに関して言えば、PS5用のソフトにさらにVR用の作り込みをするとなったら、コストは想像を絶します。おそらく、潤沢にVRタイトルが揃うことはないでしょう。

 つまり、クオリティは高いとしても、価格と手軽さでは圧倒的に不利なままです。このままだと初代PSVRの悲劇が繰り返されることになってしまうだろうな……というのが現時点での自分の感想です。

 まあ、それはそれとして、VRの体験はなかなかにおもしろいです。人間の識閾について考えたくなります。

「コレでいいんじゃないの」ラインは、現実と仮想の間にもあるような気がします。

 バーチャルな存在がどこまでリアルに迫っていくのか。

 どこまでいけば、われわれは「コレでいいんじゃないの」と思ってしまうのか? もしかしたらそのラインはすでに目の前にあるのかもしれません。

 本当に語りたいことは実はこの先にあるのですが、それは小説で表現するのがあるべき道ですね。

 ということで、雑談をおわりにします。

 ありがとうございました。

 

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