万葉集翻案詩:『令和の時』

 時に、初春の令月にして、
 気淑く風和らぐ。
 梅は鏡前の粉を披き、
 欄は佩後の香を薫らす。 

   加以、曙の嶺に雲移り、
 松は羅を掛けて蓋を傾く、
 夕のみねに霧結び、
 鳥は殻に封ぢられて林に迷う。
 庭に新蝶舞い、空に故雁帰る。

   ここに天を蓋にし地をしきゐにし、
 膝を促け、さかづきを飛ばす。
 言を一室の裏に忘れ、
 衿を煙霞の外に開く。
 淡然に自ら足りぬ。
 もし幹苑にあらずは
 何を以てか情ののべむ。

 詩に落梅の篇を記す、
 古と今と夫れ何か異ならむ。
 宜しく園の梅を賦して
 いささかに短詠を成すべし。

 巻⑤・梅花の歌三十二首
 序より 

 

 『令和の時』

 時は初春の
 令(うるわ)しき月頃にして
 洗練された空気は清らかで
 冬の鋭さが和らいだ風が
 優しく吹き寄せている

 今、
 梅の花は
 鏡の前に座った女性が施す
 おしろいのように白く
 欄の花は
 あの人が身に付けている
 匂い袋のように
 芳しい香りが漂っている

 それだけでなく
 曙の嶺々に雲は次々と棚引き
 松の木は薄布をまとって
 傘のように枝葉を傾けている

 夕時の山は霧が立って
 鳥は
 そこに閉じ込められたかのように
 林の中を迷い飛ぶ。

 ここは季節が交錯する場所…

 庭には
 春に羽化した蝶が舞い
 空には
 秋に居る雁が遠くに帰ってゆく

 ここに天空を傘にして
 大地を机とし
 膝を付き合わせて 
 杯を重ねよう
 集うものは皆、言葉を失くし
 霞の外を向かって衿を開く
 
 心は冷静ではあるが、
 この景色を見て
 思いは満ち足りている

 もし文筆というものが無ければ
 どうやって、この心情を
 述べることができるだろう

 漢詩にも
 梅の花が散る様が記されているが
 それは
 昔も今も何が変わろうか
 
 今こそ
 庭の梅を題材にして
 やまと歌を詠もうではないか

 そして、
 この日の
 令(うるわ)しくも
 和(やわら)ぐ風の中で
 それぞれの思いを
 繋いでは、紡いでみよう


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