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話を聴く、って効く。(中編)

 「患者」さんが苦しむのは、患者にしてしまう「周囲」の人たちの接し方にあるのかも、というはなしの続きです。周囲の人たち、社会の対し方が違ってくれば、「患者」さんは患者ではなくなるのではないか、というはなしです。

 私たちの見方が、厳しすぎ、許容範囲が狭すぎるのだったら――いろんなそういう見方を、いったんは脇に置いて、ニュートラルな見方で対し始めてみよう、という作戦を私は提唱します。

 その人の特徴のうち、いいところを見るようにするだけ、というシンプルな心構え。ちゃんといいところにも注目してみる、という作戦です。

 悪いところは直さなくてもいいの?

 ――いいのです。そこはそのままでもよい、とするのです。将来のことを心配されるのであれば、今ある姿「特徴のあるおもしろい子」をやめて「特徴のない平凡な大人」になるのではなく、「特長のもっとある、もっとおもしろい大人」を目指す選択をしよう――という手です。

 特徴、と、特長、は違います。

 特徴、とは、ニュートラルにようすのありさま。特長、とはそのうちの、いいところ、です。

  私は小学生のころから野球少年だったせいで、どうしてもものを考えるのに野球に置き換えて考える寄り道をする癖があります。この作戦のことを考えるときに思い浮かぶのはあの大リーグへの道を切り開いた偉大なる日本人、野茂投手のことです。ごめんなさい。野球少年にとって野茂投手はもう歴代の総理大臣など比にならない偉大な存在なんですね。私がちょくちょく子供に聞かせるお大ざっぱな物語があります。

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 あのピッチングフォーム、見たか?投げる前に一回まうしろ向いてしまうような、あれ。あれは、ひどい。あれはもうたいてい絶対、中学とかせめて高校くらいの時に直される。お父さんも中学の時野球部員だったから、見たことがある。あの人も大阪だろ?お父さんも大阪よ。相手チームのエースが、ああいうのだった。大阪にはおるんよそういう力む少年。だからあの大回転のフォーム、近鉄バファローズのユニフォームで見たときに、ぎょっとしたよ。

 よくこれでプロまで来たなあ。あれだけ全身をひねって勢いをつければ、そりゃとても速い球を生むよね。だけどコントロールは乱れるのよ。それにフォームが大きいとランナーに走られる。おまけに彼は直球とフォークしか投げない。よぶんな変化球は拒否。ストレートが速けりゃ勝てるはず、ってことかな。だけど欠点だらけだよ。ノーコンだけど球が速いピッチャーは打席に立つと怖いぞお。本人に悪気はないだろうけど、逃げられないようなデッドボールがビュンビュン来そう。だからたいていあれは監督に直されるの。「やめとけ。バッターが気の毒じゃ。」てなもんだよ。でも、野茂投手の場合、高校・社会人・プロのどの監督も、たまたまそのフォームを直そうとしない人だったのがよかった、という話だよ。ついてたねえ。

 「おまえは特別や。フォアボールよっつ出す前に、みっつ三振とってきたらええ」

と仰木監督は言ったとか。

 コントロールは気にしない。もっともっと、誰も見たことないような速い球を投げたい――

 でもそうしてるうちに、不思議なことにコントロールは直ってくるのよ。なぜか。調子のいいストレートが速い日って、指のかかりがいい日だから、変化球がいつもより切れるのさ。ぐいってブレーキかかって曲がる。ストレートが速い日はちょっと抜いて投げる変化球と、球速の差も大きくなるからね。タイミングもとりにくい。ちょっと抜いても速いから、ちょっと抜いて彼はきもちよく投げてるのよ。すると、普段よりねらったところにいく。いや不思議じゃなくて当然です。少し抜く余裕をもてば、コントロールは整うのよ。だろ?速球だけ目指してたのに、いつの間にか変化球の切れも、コントロールもついてきたよ、っておなし。

 で、本格的に群を抜いた速球投手になった頃、彼はひどいノーコン投手じゃなくなって、そこそこのノーコン投手になりました、とさ。
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 長所を先に伸ばしたら、あとから短所も改まっちゃった、というおはなしです。

 これがほんとだかうそだかわかりません。だけど、誰かが言ってた話です。そして私はその話はほんとだと信じてます。だってあの投球フォームは、ひどい。ああいうふうに投げたい気持ちはすごくよくわかるんだけど、なかなか貫く人はいないのです。日本のコーチはすごくフォームをいじるからですね。力任せに変なフォームの人が大勢いる米国の大リーグとは全然ちがいます。みんな平凡な形に整えられちゃうんでしょうね。

 「コントロールも必要、変化球も必要、バッターとの駆け引きも必要だぞ」と説教したくなるのが普通の先輩です。

 野茂投手は、それでも調子が悪くなるとやっぱり力んで四球を連発して自滅してました。だけど後ろむくなあ。後ろむくのはやめないんだなあ…この人のスタイルはすてきでした。

 しかし、きっとこの潔くてさわやかな話には、きっと隠されたサイドストーリーがあるのです。

 (後編へ続きます)

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