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文脈依存 わたしにとっての文脈・有機的自律運動の重なり

窓辺からこんにちは。
ガラス窓のあちら側では、葉の緑に光が当たって地面の白いタイルに影がゆらゆらユラめいています。

「高架下」という言葉が認識できない。
人の名前を思い出すのに苦労する。
モノに絡まれる。

上に書いた枠の中の状態は、なにに関することだと思いますか?

以前に「ざわり」について書いた
例えば、
人の名前を思い出すときに感触から辿れる木の枝のような脈があって、文脈を持たない名詞(名前)と、ある接点でリンクすることがある、というわたしの特徴からきている。

記憶ってなんだろう?
と、こういうことから考えさせられる。

わたしにとってはもしかしたらだけど、直線的なつながりではなくて、
その時々に点滅する、あちこちに散らばっている元素、のようなものかもしれない気がしている。

「バラバラ・その時々の現れ」 「連続的・線的な現れ」

わたしにとっての枝葉・脈はほんの微かなもの、頼りないもの。
太くしっかりした木の枝を持たない。
ゆらゆらユレている柳の枝くらい絶えずゆらいでいるもの。

遠くのもの(昔)も、近くのもの(最近)も、等価に光ってくる。その時々の強さを持って、点滅して、ざわったり星座に成ったり。
いいかげんといえばいいかげん。

他の人の枝葉って、どんななんだろう。
わたしからは、しっかり根を張った太く強い枝葉に見える。
いつでもそこにあるから、いつでもそこを辿れるし、戻れる、容易に接続できるから思い出しもスムーズ。


わたしは九九の暗唱ができるようにならなかった。
教室の後ろに立たされて、最後まで取り残された。

これについても、なにが起きているか、言えると思う。
「似ているもの」に引っ張られ、「関連が見えないもの」と接続されない。
文脈を辿れないが起きる時、機能停止が起きる。

わたしの中にも文脈は存在する。
ただ、その文脈が、多くの人の文脈、集団の輪っかとは一致していない可能性。


20代の頃、わたしは地元の石川県で、東京に恋焦がれた人が住んでいて、その人と知り合って間もなくの頃、じゃあ次の待ち合わせは「〇〇ね」と言われた時、
その人の発している「高架下」が、わたしには聞こえなかった。

現れない言葉

音は聞こえている。音量は足りている。
なのに、「高架下」が、現れてこない。

何度も聞き返すと、「耳が悪いの?」と呆れた顔で言われた。

聞こえているけど、認識できない。
わたしの生活の中に、高架下がなかった。高架下の認知がなかった。
移動は自転車だったし、高架下を自転車で通り抜けても、「高架下」という言葉を使ったことはなかったし、人との会話で出てくることもなかった。

なのに、恋焦がれた人の口から、当然のように、「高架下ね」と言われた時、わたしの中で粒とつながり線がワッサーーーーっとひっくり返った。
ない。
聞こえているけど、なんていっているかわからない。
無重力状態のようだ。

ざわりの宙に浮く

え?え?え?
もう一回言って。
え?え?え?
日本語?
なんて?

思い返しても恐ろしい。
現れない。
なんど聞いても。

その人にとっては高架下は生活の一部だし、待ち合わせに使ったり、会話に出てきたり、あったんだろう。
高架下、の領土はその人の中に存在している。

わたしにはなかった。
高架下の領土はなかった。

「高架下」が聞こえない体験と、九九が暗唱できるようにならなかった経験と、人の名前が思い出せない現象と、モノに絡まれる経験は、実は似たようなところからきているんじゃないか

というのが、わたしに関するわたしの問いだ。

今日の記事のタイトルにしてみた。

記憶より文脈依存寄りだし、その文脈も、有機的自律運動のはたらきに依っている割合が大きい、という気がしているのだ。


問いがでてきたところで、今日はここまでにしよう。
また次回、この続きができるかな。
寄り道に逸れていくかな。
どうかな。

そっちはどっちだ !

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