おはようが言えなくて
連日の朝寝坊。
『っていうかさ、眠れないんだよね、夜』
なんてことを思いながら、朝子はもぞもぞと布団を抜け出した。
ふかふかで温かい羽毛布団は、それはもう恋しくて恋しくて仕方がない。冬に限らず一年中、それはもう好きで好きで仕方がない。できることなら一日中この布団の中で過ごしたいくらいだ。きっとそう思っている人は世の中に数え切れないほどいるはず。でも多分、私が一番強くそう思ってるんだから。
なんてことを考えて再び布団に戻りたくなるのを、必死に抑えながら着替えていく。
実際のところ彼女は、少しくらい寝坊をしようが、一日中布団をかぶってごろごろしていようが、怒られもしなければ嫌な思いをすることもない。ただ少し、家でやっている翻訳の仕事の締め切りまでの時間が減り、やがておなかがすいてきて寂しい気持ちになってくるだけのことだ。
『おなかがすくのはよくないよね』
空腹は心を萎えさせる。これは朝子の経験からくる実感だ。仕事でミスをしたときや、収入の予定が狂ってお金が足りないときなどに空腹が重なると、途端に泣きたくなってしまうのだ。
『だから何はともあれご飯を食べよう』
顔を洗い、キッチンへ行ったところで気がついた。ゴミの日だ。
「なんで出してくれないかなぁ」
本日最初の発声がこれだ。いけない、気をつけなければ、と密かに思う。嫌な気持ちを増幅させてはいけない。
朝子には同居人がいる。いや、同居人から夫となった相手がいて、婚姻関係を結んだ時期からいけばまだ新婚と呼ばれる時期でもある。だがしかし、彼が出勤していくのにも気づかずに朝子は眠っていたのだ。それを差し置いて、ゴミを出さない彼への不満を露わにするのはフェアではないだろう。そのくらいのことはさすがに思うのだ。
「う、う、う、う、う」
違う違う、口にしたいのはこんな言葉にもなっていないうなり声じゃない。
『落ち着け、私。まだゴミ収集には間に合う時間だ。今日はそんなに大寝坊じゃない。まだ朝の挨拶が十分できる時間だ』
そうだ、まだ朝なんだ、とゴミ袋を手にして顔を上げる。
「おはよう!」
とりあえず、キッチンで栽培中のハーブに笑顔で挨拶。今日のところはこれでよしとしておく。
『あしたは彼におはようって言おう。そのためにも今日を元気に生きよう』
軽く息を吐いて、朝子は玄関へと歩き出した。
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