がんばれ、ブルー。

「ぼくはヒーローになるんだ!」

 4歳の息子はそう言って、見よう見まねの筋トレに励むようになった。日曜朝のヒーロー番組が影響したものらしい。小さいうちから筋肉隆々なんてやめてね、と思うものの、同番組を一緒に楽しんで見ている母としてはちょっと嬉しい。「そうか、うちの息子はヒーローになるのか。頑張れ」と、生あたたかく見守ることにした。

 あれから5年。息子は今日もヒーロー目指してトレーニングを積んでいる。小学校入学後に始めた空手は特に気に入って続けているが、本人としては剣道にも興味があるらしい。

「だって、剣とか使って戦うことも多いから」

 というのが理由らしい。

「そういうことを言ってるうちは剣道はやらせません」

 ちょっと真顔になって言ってみた。剣道はそういうものではないような気がするからだ。

 息子は不満そうに口をとがらせていたが、しつこく理由を尋ねてはこなかった。そして翌日、学校から帰ってくるなり、

「ヒーローは礼儀正しくなくちゃいけない。そして心も強くなくちゃいけない。だから僕は剣道をやって心も体も強くなりたいんだ」

 などと言ってきた。何やら学んできたらしい。

「なるほど。どこでそういう考えを仕入れてきたの?」

 試しに聞いてみると、

「さやかちゃんが剣道やってるからね」

 と照れくさそうに付け加えたので、思わず笑ってしまった。

 さやかちゃんは、幼稚園のときから仲のいい女の子だ。明るくて活発で、物怖じせずにはっきりと自分の意見の言える子なので、やや口下手なところのあるわが息子には頼もしい存在でもあるらしい。そして、息子いわく“イエロー候補”でもあるそうだ。ヒーローって、そっちか! と思ったことを母はよく覚えている。つまり、仮面ライダーではなく戦隊ヒーローなわけだ。

「あら、いつから? 奈良さんのところの道場?」

「うん。3年になって始めたんだ」

 月曜と木曜に通っているという。ちなみに奈良さんは母のほうに同級生のいる家庭で、長いこと剣道場を開いている。

「タカヒロも行きたいって言ってるけど、まだお母さんがいいって言ってくれないんだって」

 ほほう、いずこも同じなのだな。タカヒロは小学校1年のときから同じクラスの、やんちゃなところもあるけれど決して弱い者いじめをしない男の子だ。息子の中ではもちろん“レッド候補”である。こちらも親子ともに面識のある家なので、さやかちゃんとタカヒロ君の両家に少し話を聞きにいってみようと思った。

 さて、こんな話をしていた時から、さらに5年が過ぎた。

 息子は、タカヒロ、さやかと共に剣道部所属。そこそこ強くもなったし、親が言うのもなんだがそれなりのイケメンにもなった。困っている人や間違っていることは見過ごせないようで、感謝されることもあれば逆ギレされて嫌な思いをすることもあるらしい。そんなところも、そのうちうまくやれるようになるだろうと母は楽観的である。そして、休日には、3人のヒーロー候補と一緒にごみ拾いのボランティアに参加している。母としてはなかなかに楽しい日々だ。

 ところが最近、息子には悩みがあるようだ。

「レッドとイエローは仲がいいんだけどさ――」

 おや? と横顔を見遣る。タカヒロ・さやかをレッド・イエローと呼ぶのは珍しくないが、ため息まじりに彼らの話をするのは珍しい。もしかして三角関係? なんて、ちょっとわくわくしたのだが。

「あと2人が見つからないんだよなー…」

 そっちかよ!!

「頭のいいグリーンと優しいピンク、どっかにいないかな」

 そういう構成にしたいらしい。息子はいたって真面目である。

「そうねぇ――」

 3人の戦隊もあるじゃないのとか、いっそのこと防衛軍を作って集まったメンバーの中から選んだらどうかしらとか思いつつ、

「高校できっと素敵な出会いがあるよ」

 と言っておいた。

「そうかも」

 軽く納得する息子の素直さを、親ばかの母は美徳だと思っている。そして、勉強をするために自室へ向かう背を見ながら、そっと呟いた。

「大丈夫、きっと仲間は集まるよ」

 だから頑張れ、わが家のブルー。

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