「忘れてください」とあの人は言った

 スマートフォンを触っていると、三年前の今日に撮った写真を振り返ろうとポップアップが言ってきた。何となくその通知をタップすると、写真アプリが開き、私が過去に撮ったらしい写真が表示された。そこには、あの頃の君がいた。

 まだ私を見つけて笑ってくれるときの君。まだ悲しい目をしていないときの君。懐かしいというよりも、あのとき幸せだった自分が今ここにいるかのような感覚になる。今ここにいる自分が泣きそうになって、あのときの自分が時間を通り越して安堵する。生きるたびに重さを忘れ、身軽になっていくことが怖かった。些細なきっかけで、今までに何度繰り返しただろうか。

 好きな人のことはずっと好きでいたい。全てを当時の感覚のまま、いつでも思い出すことができて、現実になるようにしていたい。君との全てをあの時の空気ごと新鮮なまま永遠にしたい。いつでもあの瞬間が肌触りや匂いをもって浮かび上がるように。君のことを誰かに話したりして、言葉にするとあの瞬間が変わってしまいそうで怖い。ずっと空気に触れさせず、そのままにしておきたい。全てを独り占めにしていたい。喜怒哀楽で描けないような名前のない感情も全部。

 今にも壊れそうな欲望が確かな狂気に変わることはない。私の背中には、どんなときでも、ひんやりとした視線が張り付いているから。もう随分と、君の名前が付けられたアルバムを自分の意志では開いていなかった。今ここにいる私は、今この瞬間に幸せを感じていたいと願っている。今までの幸せだった一つ一つの瞬間が決して消えず、なくならないものだとしても。

ここから先は

395字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?